第112話 デート7
「行け!」
ウルフはユウキの掛け声に合わせて、獲物を狩る狼のように俺に飛び掛かってくる。
確か俺が見た文書だと、二足歩行だったとか、大剣をどこかから取り出したとかが言われていたが、コイツにはそんな気配が全くない。
人工の悪性魔物ということだから、二足歩行も大剣も当たり前のように全個体ができるように作られているはずだが、その気配を見せないどころか退化しているような、知っているようなウルフの劣化版のように思えた。
もしかしたら、そんなに身構えるほど強くないかもしれない。
『雷、ユウキの方一時的に頼む』
俺が上空にいる雷に伝えると、雷は甲高い雄叫びを上げて反応した。俺の指示は相変わらず雷にしか伝わっていないので、なぜ急に雄叫びを上げたのかまろんもユウキも不思議に思っているだろう。それと同時に、もし近くまで援軍が来ていたら、この声で少しは状況を把握したり支援してくれたりしてくれたらいいなーなんて思ったりもした。
そして向かってくるウルフを引き付け、剣先を左側に向けて自分の前に剣を構え、残り二メートルほどにまで近付いてきたところで左足を一歩踏み出して地面を蹴り、ウルフに飛び込んだ。
地面を蹴ったところで魔法を剣に落とし込み、剣に炎を纏わせた状態でウルフを頭から尻尾まで一直線に切り裂いた。
「……止血」
一瞬で切り裂いて地面に着地した後、俺は言霊でウルフの出血を止め、血液が飛散するのを防いだ。
たとえ弱体化していたとしても血液の毒性は変わらないだろうから、妥当な判断だ。
ウルフは出血していなくても腹側と背中側で真っ二つになっているので確実に死んだ。
人間は殺さないのに魔物は殺すのかと思われてしまうかもしれないが、魔物は何も話さない。魔物は主人の言うことしか聞かない。そんなこちら側に利点が無く敵に従順な家畜を、生かしておくわけにはいかない。
「噓……だろ……何でこんな……簡単に……」
ユウキはとても驚いた様子でそう呟いた。
この様子だと、あのウルフが劣化版だということは知らないようだった。まさかそんなことが無いとは言い切れないが、さすがにおかしな切り捨てだと思う。
仮に捨て駒だったとしても、何の意味があってこんなことを……?
話を聞ければすぐにわかるが、ユウキがそう簡単に話してくれるとは思えない。おそらく捕らえられた後に拷問か何かしてやっと吐くレベルだと思う。
まあ、俺が相当痛めつければ話してくれるかもしれないが。
そこまでやるのも面倒くさいというか、最悪魔法などでユウキを通して見られていて、俺の手の内がどこかからバレてしまう可能性もあるし、そうなれば辺境防衛に関わる。
そんなこと気にしていたら何もできない気もするが、とりあえず今はセーブしよう。
俺はそう決めて、剣を一旦おろしてユウキの出方を窺った。
「お前、本当に何者だ?」
『名乗るほどじゃないって……言ってるだろ?』
「名乗れ! それが礼儀ってものだろ!」
知らねえよ、そんなこと。
そう言いあっているうちに、背後から援軍と思われる剣士たちの気配を感じた。
「何者だ!」
直後にそんな声が聞こえ、俺とユウキの会話は遮られた。
「仲間が来たのか、お前は」
『別に俺が呼んだわけじゃないが』
「なんかズルいな」
『敵陣に飛び込んでくる方が悪い。しかも単体で』
「それもそうだな……でも、一応俺は一人じゃなかったんだぞ? この前までは」
『は?』
魔物がいるからとかそういう意味か……?
それだったらちょっとヤバいやつっていうか……今更すぎる気もするが。
「急に知ってる剣士を見つけたとか言って喧嘩吹っ掛けに行って、そのまま行方不明だ。どうせ捕まったんだろうけど、お前何か知ってるか?」
『俺はそこまで詳しくない。下っ端だからな』
俺が来るときに出会ったあの刺客……知ってるも何も、俺がそいつを……
もちろんそんなことは言わないが。
「あ、あの、もしかして……」
やっと近くまできた援軍の一人が、俺にそう呼びかける。俺は後ろを振り返って唇に人差し指を当てながら、援軍にだけ聞こえるように「黙れ」と伝える。振り返ったことによって、俺の制服についた辺境剣士団の紋章を見て色々と察してくれただろう。
「す、すみません」
少なくとも黙って邪魔しないでくれればそれでいい。
「ああもう、こんな状況じゃまともに戦えるかよ……」
ユウキはそう呟いた後、俺のことをターゲットしたかのように視線を送り始めた。
何を考えているか全くわからない。ユウキが次に何をしてくるのか……
俺を十秒ほど睨んだ後、ユウキは目を閉じる。そのタイミングで、今までとは違う妙な気配を感じる。
『来るぞ……』
この気配の感じからして、何か大きな術式が発動されるような気がする。それはこの周囲を丸ごと吹っ飛ばしてしまうような、そんな威力の術式なのかもしれない。
その予感は的中し、ユウキは体の前に巨大な黒い玉を発生させた。
先ほど見せた攻撃とあまり変わらないように見えるが、術式に込められた力は二倍かそれ以上。術式が強ければ強いほど反動が大きいはずだから、確実に奥の手というか、最後の悪足搔きのように発動させた術式だ。
そして、その黒い玉から真っ直ぐ俺に向かって光線が放たれる。
『っ……!?』
俺は咄嗟に、未完成な自作術式を発動させて光線に対抗しようと真正面から術式をぶつける。
両手に宿した灰色の光から光線が放たれ、ユウキの光線とぶつかって大きな衝撃音を響かせると共に暴風が吹き荒れる。
ここで食い止めなければ、まずここを突き抜けて一般人に被害が出る上に、そのままここら辺一帯を焼き尽くしてしまうかもしれない。
必ずここで終わらせる。
『雷、これをどうにかしたら斬りかかりにいく。炎で背後塞いでくれ』
雷にそう指示を出すと、俺は一気に術式の出力を上げてユウキの光線を押し切る。
術式が解けて予想通り無防備になったユウキに、俺は腰の鞘に納めていた剣を引き抜いてユウキと一気に間合いを詰めて目の前に飛び込む。
どうにか動いてこの一撃だけはかわそうとするユウキだったが、すぐ後ろに雷が炎を吐いて壁を作ったため、逃げ道が塞がれてしまった。
そして俺は剣をユウキの首スレスレまで押し込み、地面に抑え込んだ。
『確保!』
俺が援軍たちに聞こえるようにそう言うと、援軍の剣士たちが一気に駆け寄ってきてユウキを捕まえて連行していった。




