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第110話 デート5

『ほんとにありがとう、まろん』


 俺は精一杯の感謝をした後、まろんの前に屈み、顎を少し持ち上げて唇同士が触れるように近付いて、まろんとキスを交わした。


 優しく微笑むまろんの少し赤く染まった頬が、俺の記憶にしっかりと染みついた。



 永遠に続いてほしいと思ったその時間を断ち切ったのは、観覧車のかごを揺らすほどの衝撃と共鳴して響き渡った金属音だった。


『な、何だ……!?』


 バランスを崩してまろんの後ろにある壁に手をついた、実質壁ドン状態で俺はそう呟く。


「見て、あれ」


 まろんがそう言って目を向けた方を見てみると、そっちには森林が変わらず広がっていたが、その中に紫黒の光が多く光っているのが見えた。


『何だ……あれ……』


 思わずそう呟いてしまった。


「キュルルッ」


 そんな鳴き声が聞こえ、今度はなんだと振り返ると、そこにいたのは雷だった。衝撃で止まった観覧車のかごの外に、雷は俺を見つけてホバリングするようにそこに飛んでいた。


『雷……何でここに……?』


 本部に預けてあるはずの雷がなぜここにいるのかわからないが、雷がいるということは何か剣士団の関連で何かあったのか……?


 もしかして、あの光が……


 俺は何かを察し、観覧車のかごのドアを言霊を駆使して割ると、雷をそばに呼び寄せる。


『どうした? 雷』

「クルルルッ」


 雷は口に咥えていたものを俺に差し出す。


『ん?』


 差し出されたものは二つあり、それを手に取ってみると、一つは俺のいつも使っている剣で、もう一つは辺境剣士団の制服の上着だった。


『やっぱり……そうか……』


 俺の雷に託していた荷物から引っ張り出してきたのだろうが、これを持って来たということは辺境剣士団の仕事ということなのだろう。


 だが、今は辺境での仕事は免除されているはずだし、それほど急を要することなら、剣士団としての何かだろう。となれば、今目の前に起こっていること。あの光の正体が何かの仕事か。


『アイツら……何なんだ……?』

「グアッ」


 雷はやけに交戦的な声を上げる。それなら、何かするにしても不可能な敵ではない。


『とにかく、見に行かないことには……』


 でも、まろんがいる状態で行動を起こすのは危険だ。俺には戦う術があるが、まろんは何もない。


『まろん、』

「どうしたの?」

『どうやら、雷によれば、アイツらはどうにかしないといけない敵らしい』

「そうなの?」

「グアッ」

「そう……なのね」


 雷の援護もあり、まろんは信じてくれたようだった。


『だから……とりあえず、一緒に来て』

「う、うん」


 俺は雷の上に飛び乗り、まろんに手を伸ばす。まろんは少し躊躇ったが、すぐに俺の手を掴んで雷の上に乗った。


 雷の上からだと、地上の様子がよくわかる。一般の警備員が一般人たちを光から遠ざけるように避難を促しているのが見える。やはりこれは、何か危機的な状況……


『雷、ちょっと近付けるか?』

「グアッ」


 俺の声に応え、雷は光の方に飛んでいく。


 そして近付くにつれて、光の正体がなんとなくわかってきた。


『あれは……』


 どこかで見たことがある魔物だ。確か、兄ちゃんが読んでいた少し前の報告書に書いてあった魔物。悪性魔物だろう。名前は思い出せないが、凶暴な大ネズミ……そんな印象を報告書からも受けた。


 今見えている魔物は、毛が逆立っていて数本の髭も捻じれている。大きく開いた口から見えるのは鋭い歯。サイズなんかも考えて、凶暴な大ネズミと言えるだろう。


 そして、光の正体はそのネズミたちが纏っている謎のオーラ。それが何でどういう意味を持つのかは全くわからない。


 でも、悪性魔物とわかった以上、これは辺境剣士団の仕事だ。


『よし、仕留めるぞ、雷』

「ちょっと待って、それってどういう……?」

『あいつらは悪性魔物だ。俺の専門』

「いや、でも……あんな数」


 まろんの言いたいことはわかる。実際のところ、数十ある光一つにつき五匹ほどのネズミが一団となって動いているため見えているよりも何倍も多い数のネズミがいる。そんな数を相手にするなんて無茶な話だが、どうせここは都市部なんだし、すぐに援軍が来るだろう。


 それに、辺境に戻る前に試してみたいものがあった。


 俺は棘病がわかってから、『せっかくファンタジー世界に来たわけだし、死ぬまでに巨大な魔法を扱えるようになってみたい』と思うようになった。それから今回ちょうどこっちに来る用ができて、なのに時間ができてしまった。その時間を使って俺は魔法の研究を始め、まだ完全ではないが術式ができていた。それほど俺は暇だったということだ。


『今対応できるのは俺だけだ。安心しろ、俺はこれだけで怪我をするような弱い剣士じゃない』

「わかってる。それはわかってるけど……」

『まろんは雷に掴まってれば大丈夫だ。雷が守ってくれる』

「じゃあ、あやくんは……」

『俺は下に降りる。実際、竜が人間二人の重さに耐えられる時間はそう長くない。戦いながらだとなおさら』


 まず、乗ったまま剣を振るうことはおそらくできない。


『雷、まろんを頼んだ』

「グアッ」

『あとはいつも通りに、な』


 雷は少し首を下げて応えると、一般人を誘導して最前線にいた警備員の上空まで戻る。


 森林側にはメイン通りが続いていて、一部が遊園地の敷地である森林の中には確か神社が何かがあったはずだ。通りは大きいので、戦うとなればこのメイン通りを使う他ないだろう。


 俺はメイン通りの警備員の少し前に雷を移動させ、辺境剣士団の上着を羽織りながら雷から飛び降り、地面に上手く着地した。


「な……何者ですか……!?」


 警備員は急に現れた俺に、怯えた声でそう尋ねる。


『辺境剣士団所属、一級貴族・水風文人。ここは俺に任せろ』


 雷の羽ばたきによって起こされた風で上着が靡き、我ながらすごく雰囲気はできている気がした。


 そして俺の言葉を信じた警備員が退避したところで俺は剣を抜き、ネズミたちを待ち構える。


 近付くにつれて、段々と気配が強くなってくる。殺意のような、暴れ狂うような、そんな気配。明らかに正気ではない。まあ、まずそもそも悪性魔物が王都にいる時点で正気ではないのだが。


 そんなことを考えていると、通りの奥からネズミの群れが向かってきた。


『ふぅ……行くぞ』


 自分に言い聞かせるようにそう呟き、俺は群れの中に突っ込んでいった。


「……速度上昇」


 言霊の力も借りながら、まず先頭のネズミから一気に斬り倒していく。


 剣先が通る感触はそれほど重くなく、一回に十匹ほど連続で持っていけるほどだった。だがその量がとても多く、剣を振る腕の力が持つかどうか少し微妙なところもある。最悪言霊で回復すればいいだけなのだが、おそらく疲れるころには援軍が来て言霊も使えなくなってしまう。やはり少し無理に挑んだ戦いなのかもしれない。


 そういえば、そもそも俺が満足に戦えることはほとんどないのだから、これくらい想定の範囲内とも言える。


 それに雷もいる。俺は大丈夫。


 雷は俺の手がまだ届かない場所に炎を吐いて、数をどんどんと減らしていく。地面には焼け焦げた跡が残るが、それもやむを得ないだろう。


 気付いた時には、雷の援護もあってネズミたちはほとんどいなくなっていた。


 本来なら素早い動きで撹乱する上に、噛みつかれたら歯から毒を盛られておしまいという厄介な奴なのだが、言霊で速度を上げたおかげで全てかわすことができて何の害も無かった。


 これで全て終わった……かと思われたその時、ネズミとは少し違ったさらに強力な気配を通りの奥から感じた。

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