第109話 デート4
そして俺たちは、ポップコーンの屋台で引換券を使って無事に交換することができた。
その引換券で交換できたのは本当に普通のサイズのポップコーンで、二人で一つだとしても十分の大きさだった。
「あ、あやくん、先いいよ」
『いや、先食べて』
「いいの?」
『うん』
「じゃあ、いただきます」
まろんはそう言ってポップコーンを一つ摘んで口に運ぶ。
「ん……おいしい……!」
まろんは本当に美味しそうな顔をしてそう言う。
やばい、可愛い。可愛すぎる。恋人補正みたいなのもあるかもしれないけど、まろんの全てが可愛く見える。我ながら重症だな……
「ど、どうしたの? なんかついてる?」
まろんはそう言って頬に手を当てた。
うわ……そのポーズ可愛すぎだろ……反則だろ……
「あやくん?」
『いや、なんでもない』
「そっか。あやくんも、食べて」
『あ、うん』
俺はまろんに差し出された紙袋に手を突っ込んでポップコーンを取り、口に運んだ。
まろんがあんな顔になるのもわかるほど、ここのポップコーンはおいしかった。こんなおいしいものを無料でもらってしまっていいのかと不安になるほどだった。
「ど、どう?」
『おいしい。初めて食べたかも』
「ほんと、おいしいよね」
『うん』
なんだか、懐かしいような気もした。久しぶりに食べたポップコーンを、好きな人と食べる。最後に食べた時も、こんな感じだった。
『このあとどうする?』
「時間的にあと一つってところ……やっぱり、観覧車乗りたいかも」
『そっか。わかった。じゃあ、ちょっと休憩したら観覧車乗ろう』
「うん」
俺たちはそんな会話を交わし、十数分かけてポップコーンの紙袋を空にした。今まで会っていなかったとはいえそれも一週間ほどの話で、それほど積もる話もなかった。でも、ただ一緒にいるだけでいいと俺は思えた。まろんがどう思っているかは知らないけど、同じように思っていたらいいな……とは思う。
「じゃあ、観覧車行こう。並んでるかもしれないし」
『そうだな……』
そして俺たちは再度マップを開いて、観覧車がある場所に向かった。観覧車自体はとても大きくて見えているのだが、マップを見ながら進んでいても一向にたどり着く気配がしなかった。それくらい人が多いのと、道が入り組んで作られていた。ただでさえ敷地が広いので無理もないが。
『ここか』
「結構並んでる……」
『まあ、並ぼう。どうせどこに行っても並ぶわけだし』
「そうだね」
そして俺たちは、待ち時間約四十五分となっていた観覧車の列に並んだ。
『そういえば、この周りって何があるんだ?』
「一方は森林。他三方は市街地。そもそもこの遊園地の範囲が広いから、見える景色も……」
『ほぼ遊園地、か。でも、観覧車は奥……森林側にあるよな? だったら……』
「森林はよく見える。……けど、森林なんて見てどうするの? いつも見てるんじゃないの? 森林なんて」
『確かに』
俺は観覧車に景色なんて期待してない。上からの景色なんて竜に乗っていればいくらでも見れるし、街の景色も来た時に見た。森林なんてもっとだ。
俺が観覧車に期待するのは、まろんと二人だけで話ができる場所だ。たとえ一般人だとしても、誰かがいる状況で話せない話題はある。そのためになんとかそういう場面を作りたかったのだが、なかなか機会がなかった。でも、今はまろんの提案のおかげでそのチャンスがある。
それから約五十分が経ち、俺たちが列の先頭となった。観覧車の動きはとても緩やかで、一周の時間は約十五分。頂点に達するまでが約七分半。話をする時間にはちょうどいいくらいだ。
「では、次どうぞー」
係の人にそう言われ、俺たちは観覧車の乗降口に案内される。
『先いいよ』
「わ、わかった」
まろんが先に乗り込み、入って右側に座る。俺はまろんと向かい合うように左側に座り、係員によって扉が閉められた。
「結構並んだね。覚悟はしてたけど」
『まあ……でも乗れたし』
「そうだね」
でも確かにずっと並んで立っているのは疲れた。やっと座れたという気持ちもなくはない。
「うわぁ……まだちょっとなのに結構見える……」
『ほんとだ』
まろんは街の方を眺めてそう呟いた。
話そうとは思ったが、この空気を壊したくないという気持ちもある。でも話さないと、機会が無くなる。どうせフラれるなら、早い方がいい。お互いのために。何も知らないまま、関係を続けたくない。
『……なあ、』
「ん……?」
『せっかく二人きりになれたから、話したいことがあるんだけど……』
「どうしたの?」
外を見ていたまろんは、俺の方に視線を向ける。
『えっと……その……俺、病気なんだ』
「病気?」
『そう。それも、数百年に一度くらいの珍しいやつ』
「数百年に一度……!?」
『うん』
そりゃ驚くよな。急に言われても困るだろうし。
「それって、治るの……?」
『わからない。治療法もわからないし、どうなるのかもわからない』
正確には、『確証がない』――という感じだが。
「そっか……」
『一応、古い文献を見つけたんだけど……その人たちはみんな俺と同じような能力を持ってて、みんな死んでる。でも、俺の能力を持つ人たちは殺されてきたって話も聞くから、病気の影響なのかわからない。だから……』
「何もわからないってことなんだね」
『ああ』
でも俺は、病気で死ぬものだと思っている。だって今でもこれだけの影響が体に出ているんだ。行きつく先は死――それ以外無いだろう。
それから少し、沈黙の時間が続く。
『……ごめん。急にこんな話。誰にも言ってないからさ、両親しか知らない。心配かけたくないから、兄ちゃんも瑠花も知らない』
そんな話、何で自分に? と思うかもしれない。俺もそう思うだろう。
『でも、まろんには知っててほしい。俺が好きな人だから』
「あや……くん……」
何をしても可愛くて、剣の技術もあって、何事も努力できる、俺はそんなまろんが好きだ。
『こんな俺でよかったら、結婚を前提に、付き合ってください』
「こんなって……私でよかったら、結婚を前提だって、お付き合いさせてください」
『まろん……』
差し込む暖かな日の光が優しく笑うまろんを照らし、まるで夢の中のような気分になる。
俺は、この笑顔を一緒忘れたりはしない。
『まろん、ありがとう』
「こちらこそ、こんな私だけど……」
「でも、こんなこと言うのもなんだけど、私は三級貴族で、あやくんは一級貴族……だから……」
『壁は両親だな、俺の。でも、それは俺に任せてほしい。どうにかする』
具体的に何をすればいいのかは全く思いついていない。そもそも、両親がどう思っているのかもわからない。でもなぜか、確実に説得できるような気がしていた。根拠のない自信だ。
「わかった。私にできることならするから。言ってね、一人で抱えないで」
『うん』




