第107話 デート2
それから数十分間色々なことを話しながら並び続け、やっと順番が回って来た。
ジェットコースターは幽霊が出てくるとある館を駆けまわるようなコンセプトで、乗客は何か車のようなものに乗り、それがお化けに乗っ取られた。そんなストーリーだ。
まろんの話だと、昔は他にもジェットコースター系のものはあったが、老朽化やら人気のなさやらで閉鎖され、今は新しいものを建設中とのこと。
その割には空いていた方かもしれない。
「あ、文人さん……」
『ん?』
「なんか、近付いてくると、その……」
『怖いか?』
「……すみません」
『謝ることじゃない。でもまあ、俺が付いてるから大丈夫だ』
前までの俺だったら、同じように怖がっていたかもしれない。でも今は……竜にだって乗って、刺客に襲われかけたんだ。もう怖いものはない。
「あ、ありがとうございます……!」
『無理しなくていいんだけど……』
「だ、大丈夫です! 私が誘ったので」
『……そうか』
個人的には無理してまで乗らなくてもいいし、俺もこだわりはない。
「い、行きましょう!」
『お、おう……』
乗り込む順番が来てしまい、まろんは俺の手を引いて機体に近付く。
だが、乗り込む寸前で立ち止まってしまい、少し俯く。
やっぱ怖いんじゃないか。
俺はまろんより先に乗り込み、横に二人並んで乗れるところの奥に陣取る。
そして振り返り、俺はまろんに手を差し出す。
『来い』
まろんは少し頷いて、俺の手を掴みながら無事に乗り込んだ。
説明を聞きながらシートベルトを着けると、すぐにアトラクションがスタートする。
少しずつ上っていくようなものを想像していたが、どうやら始めは平坦な場所を進んでいくようだった。
そのためどんどん加速していくが、竜に比べたら半分以下の加速力なので実際のところは全く恐怖のようなものは感じられない。
一方周りの人々にとってはこれを恐怖を感じたりしているようだったから、いかに竜が異次元かがわかる。さらに、まろんはまだ何も出てきていないのにもう怖がっている。
俺はまろんの手を握り、まろんの方を見る。
まろんは少し見上げるような形で俺の方を見るが、その瞬間、大きな下りのゾーンに突入し、空間に色んな人の悲鳴が響く。
それと同時にまろんも声にならない叫びのような状態に陥り、俺の腕をぐっと掴む。
その状況を何とも感じないわけではない。でも、どういう感情なのかを言葉で表すことができない。少なくとも、戦闘なんかとは比べられないくらい鼓動が早くなって、ジェットコースターの世界観を感じている暇もなかった。
あっという間にその時間は終わり、俺たちはジェットコースターのエリアを出た。
『大丈夫だったか?』
「は、はい……」
大丈夫ではなさそうというか、疲れているような様子だった。
「私、遊園地向いてないかもしれないですね……あはは……」
『遊園地向いてなくて困ることはないだろ』
「それはそうですけど……」
俺もこういう人が多いところはあまり好きじゃない。もうデート場所に遊園地を選ぶのはやめた方がよさそうだ。
『ちょっと休憩しようか。ずっと並んでたし、さ』
「はい……ありがとうございます」
それから俺たちは人混みをかき分け、レストランのようなところに入った。
その中はすごく混んでいたが、まだお昼時じゃなかったからか、空いている席を見つけることができた。
『大丈夫?』
「はい。すみません、私から誘ったのに、こんなことになって……」
『いいよ。怖いのは普通だし、無理しなくていいよ。俺は、まろんといられるだけでいいから』
「文人さん……ありがとうございます」
なんか、しれっとすごいことを言った気がする。
無言の時間が続くほど、恥ずかしさというか、そういうもどかしい気持ちがどんどん湧き上がってくる。
『ちょっと早いけど、何か食べる?』
「あ、私買ってきます。もちろん、私の奢りです。それくらいは、させてください」
『あ……そう……じゃあ、お願いしようかな』
「何がいいですか?」
『まろんと同じのでいいよ』
「わかりました!」
まろんはそう言って売店の方に行った。
本当は俺が行くべきなのだろうが、まろんが譲ってくれるとは思えなかった。無理矢理押し切るのもどうかと思うし、今回はもういいだろう。
そんなことを考えていると、まろんが料理を乗せたトレーを持って戻って来た。
「文人さん、買ってきました」
『ありがとう、まろん』
まろんが机に置いたトレーの上には、器の上にパイ生地が蓋のように被さって飛び出しているようなものが二つ並んでいた。
「パイ包みみたいです。中はシチューで、お口に合うかはわかりませんが……」
『大丈夫。ありがとう』
パイ包みはそれほど大きくはなく、この大きさでそんな値段するのかよ……と前の俺なら思ってしまうほどだった。ちなみに値段はなんとなくの想像だが。
「い、いただきます」
『いただきます』
パイ生地にスプーンを入れると、中のシチューが見える。
シチューはおそらくビーフシチューのようなものだろう。まだ暖かく、湯気が立っている。
俺は湯気が立っている間にパイ包みシチューを平らげ、ふぅっと息を吐いた。
『ごちそうさまでした』
そしてその数分後にまろんも食べ終え、顔を上げたまろんと目が合う。
『おいしかった』
「ですね。よかったです」
それから少しの間を開けた後、俺はずっと言いたかったことを一つずつ話していくことを決めた。
『なあ、』
「はい。なんでしょう?」
『その……二人でいる時くらいはさ、タメ口でいかない?』
「え?」
『どうかな』
「それは……」
幼いころから今までまろんが教えられていたことをいきなり曲げるようなことだが、恋人同士なら当たり前のような気がするし、せめて二人でいる時ならお互い支障がない。
『こういう、二人だけの時。メッセージ上とかも……さすがに、他に貴族がいて、俺が一級貴族だってわかるような人がいる時はあれだけどさ、お互いに』
「……わ、私は……」
『いきなりやれって言っても無理だと思うけど、少しずつ……さ』
そんな時間、俺にはないかもしれないけど。
「……わかりました。じゃあ……文人……さんっ。やっぱ無理です……!」
『呼び捨てはキツイだろうな……いきなりだし』
「すみません……」
『俺は呼び捨てでいいんだけど、まあ、難しそうだったら……』
苗字だと被りまくるし、下の名前だけとなると……
『文人くん……とか、文人……あやくんとか』
自分で言いながら笑いそうになってしまうが、それが最初の一歩としては一番いいだろう。
「わ、わかった。あやくん……やっぱり違和感が……」
『でも、ありがとう』
俺がそう返すと、まろんはにこっと笑ったような気がした。
……かわいい。




