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第105話 僕は絶対に辞めない

「正直、最近は全然人が来なくて収益ほとんどなくて、僕の仕送りで暮らすつもりらしいし、もうやめてもいいと思うんだよね。継いだところで、僕も陽音も苦しくなるだけだし。というか、さっさと畳んで別の仕事してほしい。その方が僕たちはやりたいことができるし……さ」

「そっか……」


 そんな生活なのに、よく卒業できたな……


「とにかく、僕はここを辞めるつもりはないし、家を継ぐつもりもない。でも、陽音に継ぐことを強制はしない。俺がなれたんだし、きっと剣士になれる……と思う」


 風音ははっきりとそう言った。


「……俺はそういうのよくわかんないけど、風音にはいなくなってほしくないから、協力できることあればするよ」

「ありがとう、飛翔。でも、大丈夫。うちはうちで、どうにかするから」

「そっか……」


 俺にもできることは何もない。ただでさえ辺境にいるんだ。元々、何かができるはずでもない。


「文人」

『ん?』

「文人は何か、ない?」

『何かって?』

「いや……」

『俺は……辺境にいるから何もできない。まあ、跡継ぎ問題は役所に相談してみればいいってことくらいしか言えないし』

「そんなこと知ってるの? じゃあ、文人のところも……」

『水風家は行政担当だからな。それくらいは知ってる』

「なるほど……」


 そういえば、言ってなかったな。


『あ、気になってたんだけどさ』

「どうした?」


 話の流れ的に風音に飛ばした質問だったのだが、反応したのは飛翔だった。まあ、二人に聞きたいことだったから正直どっちでもいんだが。


『二人はさ、どうやって学院入ったの? 試験とか、あっただろ? 特に実技なんてどうやって……』


 ずっと気になっていたことだ。俺は家庭教師に兄ちゃんに、色んな人に教えてもらった。たとえ勉強は自分でできたとしても、実技までは自力でできないだろう。貴族じゃないから免除っていうはずはないだろうし、仮にそうだとしても普通に腕前はあった。


「僕は、家に来てた剣士団の人に教えてもらって」

『そうなの?』

「うち、昔は剣士団お墨付きの神社だったんだけどね。今は……」

『そっか……』


 それなら、剣士団にどうにか掛け合えないのかな……いや、平民の意見なんて聞くはずないか。しかも、今は神頼みなんてしないしな……


『飛翔は?』

「俺は……見よう見まねでね」

『え……?』

「近くに衛士団があって。たまーにやる演習を覗き見してね」

『それ、大丈夫なのかよ』

「バレなかった」

『マジかよ……』


 なかなかやばいことをしている。


 大体そういう組織は秘密主義で、まず平民が武力を持つことを嫌う。バレたら何をされていたか……考えるだけでゾッとする。


「まあ、こうして剣士団でちょっとは役に立ってるからさ、バレても大丈夫でしょ」

『そういう問題じゃないだろ……』


 それにしても、二人とも苦労してここまで来たんだな……


 やっぱり、風音をやめさせたりしたくない。剣士団としては、平民の出なんてすぐにでも辞めさせたい。だから、息子を辞めさせてくれと言えば、すぐにでも辞めさせるだろう。しかも、風音のいる部隊はあまり先輩との交流もないみたいだったし、引き留める人もいない。どうにか、辞めさせずにできないのか……


 俺ができることは何もないけど。


「話聞いてくれてありがとう。僕は絶対に辞めないし、弟も剣士にする。家は……まあ、役所に相談してみる。二人とも、ありがとう。じゃあ、そろそろ昼終わるから、もう行くね」

「ああ、うん」


 風音はそう言って、中庭を去っていく。


『風音、』


 俺がそう呼びかけると、風音は足を止めて振り返る。


『大丈夫?』

「……うん。大丈夫」

『……そっか』

「じゃあ」


 風音は今度こそ、中庭を後にしていった。


 謎の間が気になる。でも、結局俺にできることはない。


「文人、どうかしたの?」

『なんていうか、風音、大丈夫かなって』

「え?」

『あの部隊、楽しいのかなって』

「なるほど……確かに、個性はないよね、部隊に」

『うーん……』

「でも、それが個性っていうか……」

『……まあ、仕事に楽しさ求めたら終わりかな』

「俺は楽しいけどね」


 風音がこのままがいいと言うならそれでいいんだが……少し元気がないように見えたから、ちょっと心配だ。


「まあ、普段命懸けてる文人が気にすることじゃないよ」

『確かに、それもそうだね』


 俺が気にしたところで、何かが変わるわけじゃない。


「そろそろ空いただろうし、昼食べに行こ」

『う、うん』


 そして飛翔は、俺の手を引いて食堂に向かった。



  ◇◇◇



「検査は、何も問題なかったようです」

『そうですか。よかったです。ありがとうございます』


 その日の夜、俺は帰ってきた雷に会おうと、竜小屋を訪れていた。


 あいにく、雷は疲れ切って眠ってしまっていたので、とりあえず今日の様子だけ聞いておくことにした。


「それにしても、大変だったみたいですね、今日」

『今日?』


 今日は色々あったから、何のことを指しているのか一瞬わからなかった。


「なんか、揉めたって聞きましたよ? よくわからない、一般人に」

『ああ……』


 風音の母親のことか。


「大変ですね、一級貴族も」

『まあ……』


 でも、風音や飛翔に比べたら、まだ全然楽だと思った。確かに、一級貴族ならではの大変さもあるが……


『とにかく、今日はありがとうございました』

「大丈夫ですよ。元々こういう予定でしたし。では、私はこれで。シフト終わりなので」

『はい。お疲れ様でした』

「ありがとうございます。ごゆっくり」


 そう言って、いつものスタッフの人は帰って行った。


 ――雷、お疲れ様


 俺は自分の心の中でそう言い、竜小屋を後にした。

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