第102話 呼び出し
翌朝、俺は約束通り竜小屋に向かっていた。
だが、その途中で本部から連絡を受けた。
その連絡によると、俺は上層部から呼び出しを食らったようで、今日は一日そこに時間を潰されてしまいそうだった。
『何でこんな時に……』
どうやら、雷の付き添いはできなくなってしまった。
連絡に返信しながら、俺は竜小屋に向かった。
「あ、雷くんの剣士さん」
『おはようございます』
「おはようございますー」
竜小屋に入ると、いつものスタッフの人がそう話しかけて来る。もう顔見知りだ。
「今日の予定なんですけど……」
『あ、その……そのことなんですけど、急に予定が入って……すみません』
「そうなんですか。ちなみに、どんな予定が……? 彼女とか、いるんですか?」
『上に呼び出されただけです。別に俺は仕事優先なんで。プライベートで先約の仕事を断ったりはしませんから』
「そうですか」
多少言い合う形になってしまったが、仕事優先というのは本当だ。辺境に行っている時点でそうだろ。
「もう仲良くなったんですか? 辺境の最強剣士と」
「辺境の……?」
『最強……?』
「何で二人してハテナ浮かべてんのよ」
俺たちの様子を見ていた他のスタッフにいじられているようだが、それにしても辺境の最強剣士とは……おそらく俺のことを指しているのだろうが、最強は言いすぎだろ。
兄ちゃんの強さは十分わかっているし、さすがに同期には勝てるだろうけど、他の先輩の実力はわからない。
やっぱり、最強は言いすぎだ。
『別に俺は最強じゃない』
「辺境の剣士でしたか」
『そこ、気付いてなかったのかよ』
「剣士には興味ないので」
『それはいいんだが……』
やっぱり、最強はしっくり来ない。
「上からの呼び出し、行かなくていいんですか?」
『はいはい、行きますよ。雷に会ってからな』
今日の俺は急に呼び出しを受けて気分が悪い。しかも、詳しく読むと辺境の回線の話ではないようだったし……だから気分が悪いんだ。
もう三日目となれば雷の居場所くらいわかる。俺は迷うことなく竜小屋を進み、雷のいるスペースまで来る。
『雷』
「がうっ」
『おはよう。ご飯食べたか?』
「くうっ」
『そうか』
雷は相変わらず俺にじゃれてくる。
『そんなところ悪いが、今日は急に上に呼び出されてさ』
「がうっ?」
『だから、一緒に行けなくなった』
「くぅ……」
雷は悲しそうな鳴き声を上げる。
『ごめん、雷。でも雷なら……雷は強いから、一人でも大丈夫』
「がうっ!」
『その意気だ』
やっぱり雷は強いな。
『じゃあ、俺はこれで。終わったらまた来るから、頑張るんだぞ』
「ぐるぅっ!」
俺は雷の頭を撫で、すぐに竜小屋を後にした。
ここからは、信じて任せるしかない。とスタッフを信じながら。
◇ ◇ ◇
それから俺は、呼び出された大会議室に真っ直ぐ向かった。
『ふぅ……』
扉の前で息を吐き、気持ちを整えてから扉をノックした。
「はい」
『……水風文人です』
「入れ」
『失礼します』
俺は扉を開き、中に入る。
呼び出された大会議室は、パーティとかをするようなホールくらいの大きさで、その真ん中に円形の机が置かれていた。
まるで国際会議でも行われるかのような空間に、七人の男たちだけがいた。そして、その全ての視線が俺に向けられていた。
『えっと……』
「水風文人くん。直接話すのは初めてだね」
そう話し始めたのは、七人の中で一番中央に座っている人物だ。
「私は坂野一希。王国剣士団団長でもあり、坂野家の当主でもある。よろしく頼む」
『あっ……よろしくお願いします』
俺のことは知っているだろうから、自己紹介はいいか。
「そして、こっちが次男の陽久楽。こっちが三男の琉生だ。長男は会ってるかな、桃一だ」
『桃一さんにはお世話になってます』
「辺境で役に立ってるならいい」
あまり期待していないような、そんな印象を受ける。
「あとは、幹部の四人。鶴林、美間、丸上、樋口。四人にももう会ってるんだったっけか」
『少しだけ、ですけど』
しかも、名前は初めて聞いた。
『それで、ご用件は何でしょう? 回線の件ではないとのことでしたが』
「ああ。まあ、座りたまえ」
俺は団長の指示に従い、目の前の椅子に座った。ちょうど、団長の目の前になる場所だった。
「早速、その話だが……まずはこれを見てほしい」
そして、部屋のスクリーンにある資料が映し出される。
『これは……』
その資料は、俺が卒業試験の時に解いたあの古文の問題だ。まあ、今思い出してみればいろんな文字が混ざっていたような気がして、少しおかしかったなと思った。別に意味は伝わらなくないが。
「単刀直入に聞く。なぜ君は、この文を読むことができたんだ?」
『それは……』
転生してきました! だなんて言えるはずがない。
「向こうの国と繋がっているんじゃないのか?」
『そんなわけないでしょう』
「本当か?」
普通に考えて、そんなわけがないだろう。
「怪しいな……」
そこで追い打ちをかけるように、次男の坂野陽久楽がそう呟く。
『仮に俺が繋がっているとしても、どう繋がったっていうんですか?』
俺があの文を読めたことは証拠になるが、経緯が説明できない。
『この時はまだ学生で、学院ではほとんど同じグループの人たちと一緒にいた』
例外があっても、兄ちゃんと会ったり、先生と会ったり、絶対に誰かと一緒にいた。直接一緒にいなくとも、誰かの目は必ずあったと思う。
『そして、学院から家までは送ってもらっていたし、俺はほとんど家から外に出ていない』
悲しいことに、な。
『これで、どう接触しろと言うんですか? 俺が学院に入る前は意識不明だったことは当然知っているでしょう?』
それに、ずっと王都にいた俺に隣国の誰かが接触してきていたとすれば、どうやってそいつは王都まで来たのか……という問題になる。それは剣士団のミスで、剣士団の責任ということになるが……そこはどう思っているのだろうか。
「ああ。だから聞いているんだ。繋がっている証拠があって、どうやって繋がったかもわかっていれば、わざわざ呼び出して聞いたりはしない」
そうだろうな。
『じゃあ、わかってもらえました?』
「今のところはな。何で読めるかが気になって仕方ないが、これからも何かあった時には君に解読してもらわなきゃならないから、まだ生かしておく。辺境のリーダーには伝えておくから、少しでも怪しければ即処刑だと思っておけ」
結構ヤバいこと言ってるぞ……?
「一級貴族だからと言って、手加減はしない」
『……わかってますよ』
向こうの国と関わらなきゃいいだけの話だ。そもそも、どうやったら関係ができるのかもわからないのに、関わるなんてことはないだろう。
「あと、誰にも言うなよ? これは君のためだ」
『わかってますって』
言ったところで、無駄に怪しまれるだけだということくらいはわかっている。
「今は見逃しておく。下がっていいぞ。……回線の件は検討しておく」
まだ検討してなかったのかよ。
……まあ、忙しいのか。抱える問題はこれだけじゃないもんな。
『……では、また、結論が出たら連絡ください。失礼します』
俺は立ち上がり、そのまま会議室を出た。




