第百話 病院
翌日、俺は早朝雷に会いに行った後、本部に併設されている病院に向かった。
入るとすぐに受付があり、その前が総合待合室になっていると聞いた。総合診療科的な所の待合室らしいが、人が多かった。
主に病院を利用するのは剣士団関係者と聞いていたが、あまり関係なさそうな一般人もいた。おそらく、だから人が多く見えたのだと思う。
俺はそのまま受付を素通りし、その奥にある廊下を進んだ先にある特殊診療科に向かった。
俺を呼んだのはその特殊診療科の医者で、おそらくその医者が棘病だと気付いたのだろう。いかにも棘病に気付きそうな診療科名をしている。
『あのー……』
「あ、はい」
『事前に連絡したと思うんですけど、水風です』
「水風さん。はい、今担当の者をお呼びします」
『お願いします』
エリアの入り口にあるカウンターにいた人に呼びに行ってもらったが、おそらく医局とかナースステーションとかそういう感じの場所なのだろう。
仕事中に話しかけてしまって迷惑をかけていないか心配になりながら数分待つと、さっき呼びに行った人と一緒にもう一人白衣姿の男がやってきた。
「君が水風くん……でいいんだよね?」
『はい』
「俺は横田だ。横田真凪音。一応、君のお父さんと同期で学院を卒業したんだけど……もちろん上級で。その後、ちょっと医療の勉強して、こういう特殊な場所で働いてる。俺の経歴はこんな感じ」
急に説明されて驚いたが、この身分制度が残る社会で一級貴族の名前を使って嘘をつくなんていうハイリスクなことを、しかも一級貴族の前でなんてさすがにしないだろうから、同期ということは信じてもよさそうだ。まあ、この『お父さん』が水風文仁か水風波瑠輝のどちらのことをを指しているのかはわからないのだが。
『なるほど。説明、ありがとうございます』
「呼び出してすまない。あの後どうなったのか知りたかったんだが……機会がなくてね。ちょうど剣士団に入ったって聞いたから、早速職権発動させた」
『そうなんですね』
直接父さんにでも聞いてくれればよかったのだが……なら、その同期というのは俺の実の親である文仁の方か。
「こんなところで話してるのもあれだし、もっと落ち着いて話せる場所行こうか」
そう言って横田さんは特殊診療科の奥にある診察室的な場所に俺を案内した。
『なんか、すごい』
その部屋は処置室のような部屋だったのだが、こんなに近くでじっくり機械を見たのは初めてだったから、無意識にそんな感想が飛び出た。
「すごいよな……まだ使ったことなくて新品のもあるくらいでさ、こんなに必要あるかなーって思うんだけど、暇つぶしにはちょうどいいんだよね」
暇なのか、特殊診療科は。
『……っていうか、特殊診療科って何してるんですか?』
「何って言われると困るんだけど……例えば、普通に暮らしていたら負わないような怪我。魔物による怪我とか、毒とか。そういうのを見る担当かな。だから、相手は剣士団か剣士学院の生徒」
『そうなんですね』
確かに、それは特殊診療科なのかもしれない。
「君の病気に気付けたのは、ここが暇すぎるからかな。忙しい時だけめっちゃ忙しくて、他が暇すぎるくらい暇なんだけど、その時間に本部の文献読み漁ったんだよ。一応、剣士学院も出てるから、一般剣士と同等の権利は持っててさ、それで、過去のこととか読み漁ってて。その中にあったんだよ、棘病が」
そうなのか。なら、その暇に感謝しなければならない。……なんか、変だが。
「そんなところで、早速で悪いんだけど、傷、見せてくれないかな」
『あ、はい』
俺は部屋にあったベッドに腰掛けて、制服を右側だけ脱いで、包帯を外した。
包帯を外した右腕には、赤黒い棘のような傷があり、見ているだけで痛々しいと思うほどだった。今はもう慣れたが。
「なるほど……やっぱり、棘だな」
『はい。そりゃ、棘病って言うくらいですし』
「まあ、そうか。ありがとな」
『あ、はい』
そして俺は服を着ながら、話の続きを聞く。
「一つ、仮説を立てたんだ。君の能力のこと」
『能力のこと?』
「君の能力、言霊は、ほとんどいないし、知られていないだろ?」
『ま、まあ……』
そういえば、能力のことは剣士団に入るときに申告したような……すっかり忘れていた。横田さんは診断した時に俺の情報を見たのだろう。
「そして、棘病も患者はいないし、知られていない」
『そうですね』
「だから、もしかしたら、言霊と棘病は同じやんじゃないかと」
『同じ?』
どこをどう見たら、同じだと言えるのだろうか。
「言霊を持つ人間が何かしらの理由で長く生きていないことは、君も知っているだろう?」
『まあ、一応』
「それで、調べたんだけど、おそらく言霊を持っていた人と棘病の過去の症例は同一人物の可能性が高いことがわかった」
『え?』
まず、どうしてそれを調べようという気になったのだろうか。棘病について同じものを読んだのだろうか……?
「今とは名前の表記が違うし、古い文書だから情報が正しくない可能性もあるから、完全に同じかどうかはわからない。でも、同じである可能性が高い」
仮にそれが正しいのなら、言霊の能力には致死率100%かつ進行が早い棘病がつきもので、必ず最後は棘病で死ぬ。だから能力の詳細はあまりわからなかった。
「ちなみに、俺が見た複数の症例の中に、言霊の能力者以外の人物はいなかった」
じゃあ、ほぼ確定のようなものか。俺も実際なっているわけだし。
『……わかった。けど、それを俺に話してどうするんだ?』
「いや、病気について詳しく調べさせてほしいんだ。どういう風に進行して、どういう風に終わるのか」
終わる……か。
「未来のためにも、いいかな」
『別にいいですけど、具体的に何するんですか?』
「一ヶ月とか、そういうペースで進行の状況とか、病状の様子とかを教えに来てくれればいい」
『辺境にそんな抜ける余裕無いと思いますけど』
「だって、君の声電話通らないんだろ?」
『だから、メールとかでいいじゃないですか』
「直接じゃないとわからないものもあるんだよ!」
そこまで言われてしまっては、もう断りづらい。
『……わかりました。でも、ちゃんとペース通りに来るかは知らないですよ』
「大丈夫。ちゃんと本部通して、正規ルートで呼び出すから。一応、剣士団の仕事にできるだろうし」
『そうですか』
うわぁ、職権濫用……
「じゃあ、今回はこの辺にしようか」
『あ、はい』
「次回は、まあ、また連絡する。どうせ本部は行けそうな時にしか連絡通してくれないから」
そりゃそうだろ。最近の辺境は前に比べてさらにヤバいらしいし。実際侵攻されそうだったし。
『……じゃあ、また今度』
俺はそう言い、横田さんと別れて、病院を出た。




