第26話 実感Ⅱ
前回のあらすじ
人を殺した。
…殺した。
殺してしまった。
この手で……人間を。
早く次を、殺さなきゃ殺される。
まるで言い訳のように、頭にその言葉だけが脅迫の様に捲し立てられた。
しかし加速する思考とは裏腹に、一向に体は動かなかった。
…力が入らない。
ぶらんと脱力した腕。その手、長く鋭い爪から生命が滴り落ち、この身と同じ様に、地面を穢した。
目の前で倒れたその物は、その頭から鈍い赤色で地を染めた。
「はっ……はっ……はっ…」
静かな筈の呼吸が、やけに煩く聞こえた。
ふと手を見ると、その地面と同じ、血に染まっていた。
その時、声が聞こえた気がした。
ーーのせいだ
そんな声が何度も、何度も、何度も。
ふと、誰かが言った。
「''お前のせいだ''」
煩い煩い煩い!!
駄々をこねる様に、心臓を掻き毟るように何度もその言葉を思い浮かべる。
昔から何回も何回も、この声がうるさくて堪らない。
…昔、から?
何故、そんな言葉が…
「ぁがッ!?」
「ついにお目見えかい?吸血鬼ッ!!」
そんな思考をしていた隙を突かれ、激しい痛みが走る。
どうやら顔を斬られたようで、ちょうど左目に当たり、左目が開けなくなる。
一度後ろに飛び、体勢を立て直すと同時に戦況を確認し、治癒を待つ。
私に気を取られた冒険者がメイジの魔法にあたり、そのまま動かなくなる。
…今は考えてる暇はない。後6体、それをやるだけ。だから何も感じるな、何も考えるな。
策が一体何かはわからない。けれどこの戦略を立てたシュウの事だ。
それを達成できれば、あとはどうにかなるのだろう。
それを信じて、命を刈り取る。
…いや、殺す。
再生した左目を開き、戦況を確認する。
さっき私に斬りかかった奴はヒルタ、偵察隊の一人だ。
やり返したいところだが、この冒険者達の中でも上位のレベル、実力を持つ。
今は数を減らす事を優先させるべきだろう。
(次の標的は…っ!?)
急に視界が炎で染まり、反射的に頭を下げた。
目の前まで飛んできた炎の矢。すんの所で避けたが、確実に頭、しかも中心を狙っていた。
当たっていたらやばかったかもしれない。
「チッ」
十中八九、不機嫌そうに舌打ちしている彼女…ナキの攻撃だろう。
見れば今までなかった弓を持っている。
装備している様子もなかったが、どこから出て来たんだ…?
怪しいのはスキルの創造か。しかし他人のスキルの詳細を見れないのは不便だな…
無視はしたくないが…今は数が優先。
素早く仕留めるッ!
再び距離を詰めるが、偵察隊の面々から出来るだけ離れる様遠くに向かう。
特に注意すべきなのはナキだ。彼女の射線は常に意識せねば。
付近に居た冒険者の胸を突き刺し、そのまま横へ薙ぎ払う。
その直線上に居た別の冒険者は壁に押し潰され、死体ごとホブゴブリンに突き刺された。
視界の端ではメイジがやられていた。猛攻に耐えかね、守り切れなかったのだろう。
更にその奥ではナキの矢によってホブゴブリンが倒れ、
瞬時に襲い掛かろうとしていた別のゴブリンがリーリェの斧に斬られていた。
後残りは一体!ここまで来れば私はいらないだろう。早く広場に戻…っ!!
後ろを見ると、コアのあるダンジョンの最深部、その部屋の扉が開かれていた。
その奥では冒険者がこちらに背を向け、剣を構えていた。
対してシュウも同じく剣を構え、睨みを効かせている。
(やられたっ!いつの間に…ッ)
「シュウっ!」
それらを認識した瞬間に動き出し、全力で羽根を使い、
微少ながら風魔法でその速度を最大まで早めた。
思いの外、私は動揺していた。
それは通してしまった失敗故か、それとも…
…私は思っていたより彼を仲間だと認めていたのかも知れない。
カキンッと、金属を打ち合う音が聞こえた。
素早い冒険者の動きに、シュウは翻弄されつつある。
そして次の瞬間。再び打ち合ったかと思うと、冒険者の剣がシュウの剣を斬り裂いた。
『ッ!?』
「弱いなァキングさんよッッ!!」
そして冒険者がゆっくりと剣を振り下ろす。
それはまるで見せ付けるかの様な遅さであった。
自身はこんなに急いでいるのに、相手はあんなに遅いのに。
それでも尚、埋められない程の距離が、私と彼にはあった。
どぶり、と緑色の肌に剣が沈んでいく。
その肌の色に似合わない鮮血の赤が辺りに撒き散らされた。
突き刺さった剣は更に深く、深く抉り、そして振り払われ、シュウは壁に激突した。
(届くッ!!)
こちらに背を向けた冒険者を思いっきり突き刺し、そのまま上へ持ち上げる。
絶命したのを確認し、そしてそこら辺に放り投げた。
「はっ、はっ…シュウっ…?」
私がそう問いかけるも、シュウは私には目もくれず、ダンジョンコアへと向き合った。
血反吐を吐きながら、唐突に喋り出した。
『は…っ、く……か、《神より創造されし最古の魂よ、数多の血肉を喰らひて、再び罪を味わえ》…ッ』
そんな呪文の様な言葉が終わると、瞬く間にダンジョンコアが輝き出し、
それは視界を埋め、程なくして収まるとそこにあった…いや、''居た''のは…
「な、なまくび……?」
「初めましてがこの様な醜悪な姿で申し訳ない、我が主のご友人。
私はアディールと申します。以後、お見知りおきを。」
下手の様な、どこか見下されている様な、そんな目をした角の生えた生首の男は、
まるでお辞儀をするように頭を動かしながら、そう言い放った。
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