五 お前もか
2人目の闇です。
読んでいただけたら嬉しいです。
俺のアパートの玄関に立つ少女は困ったように口を開いた。
「お家に入れてもらっても良い?その、男の人の家に入る所、見られると困るから」
「・・・分かった」
現状が飲み込めなかったが、取り敢えず彼女を家に入れる。まさか、この一週間で元アイドル二人を部屋に入れる事になるとは、部屋を借りる前の俺に言っても信じないだろう。
「あんた、どうしてここに?」
先日から俺の家に居座っていた真夜が居ないのは、今日、彼女の家に秋音が遊びに行くはずだったからだ。
なのに、どうして彼女は俺の家に来たのか。
すると、斜め上の返答が返ってくる。
「教えてもらった住所、ここだったから」
「はあ?」
まさかとは思ったが、真夜なら何となくやりかねないと考えてしまうのが悲しい所だ。
しかし、普通自分の住所を間違えるだろうか。
「はあ、しゃあねえな。ちょっとあいつに電話するから・・・」
「あ、大丈夫、だよ。もう、メールしたから」
「なら、さっさと行ったらどうだ?待ってるだろ」
真夜自身のミスとはいえ、俺と秋音が二人で長くいるのは、あまり良くないだろう。
秋音もそれは分かっているようだった。
「そうだね。あ、でも、トイレだけ借りても良い?」
「まあ、それくらいなら。場所はそこ、手洗いはそこな」
「ありがとう」
彼女がトイレに行っている間にスマホを開く。
昨日は真夜に夜遅くまで付き合っていた為、出来なかった事がある。
それは秋音、『Six』のハルの目撃談の調査だ。
全く変装していなかった彼女は、昨日多くの人物に目撃された筈で、その中に男と一緒に居たなどというものがあれば、大変な事になる。
「天羽川の側の人、これってハル?」「これハル?住所は・・・」「ショッピングモールにハル居た!やばい、後ろのポスターとマジで顔一緒!」「ハルに握手して貰った!」
幸い、カフェで話す俺らの姿の目撃談や写真は無かった。しかし、こうして見ると、人の噂だけで、昨日の彼女の移動経路が大まかに見えてくる。
有名税とは言うが、明らかにプライベートの侵害のような気もする。
そんな事を考えながら、怖いもの見たさで彼女の足取りを追っていくと、ある事に気付く。
「・・・?」
「ハル、ショッピングモールにいた!」
それはただの目撃報告だった。
だが、時間がおかしい。この投稿時刻と写真によると、秋音は俺達が分かれてから、一時間後にまだショッピングモールにいた事になる。
変装もせずに、だ。
更に彼女の目撃報告を追っていく。
夜になった事で報告は数を減らしていくが、その後の彼女の足取りはまだ何となく分かる。
ショッピングモールから出る、橋を渡る、土手を歩く、住宅街に入るーーそして、遂に決定的な画像が見つかる。
「・・・これは」
「ふふ、バレちゃった?」
「どういうことだ?」
秋音が部屋に戻ってくる。
そんな彼女に、俺はスマホの画面を見せつけた。
そこにあったのは、昨日の夜、俺のアパートを見上げる秋音の姿だ。
「ったく、昨日、いつ家に帰ったんだ?」
「その後すぐ、だよ?」
「成る程ね、あいつが送ったんじゃなくて、自分で調べた訳だ?俺の住所・・・そんな価値ある情報じゃねえぞ?」
時代を席巻した人気アイドルの趣味が盗撮、ストーカーとは笑えない話だ。
「ごめんなさい。だって、真夜ちゃんに聞いても絶対教えてくれないと思ったから」
「・・・あー、まあな」
「その様子だと、分かってるよね?真夜ちゃんの自殺癖」
「あんたもか?」
「うん、『Six』のメンバーはみんな知ってるよ」
本格的に頭が痛くなってきた。
以前、彼女に尋ねた、『Six』が解散したから自殺したのか?という問い、あれは的外れだったようだ。
「あと、この前言ってた友達っていうの、嘘だよね?」
「嘘じゃねえよ」
「じゃあ、何で歯ブラシとかリンスとかが二つもあるの?しかも、女性用の。一緒に暮らしてるんだよね?」
「ま、一緒に暮らしてんのは認めるよ」
ここで嘘をついても逆に苦しい。どうにか、真実と絶対にバレない嘘だけでここは乗り切る必要がある。
だが、この僅かな会話のみで、秋音はかなり状況を理解したようだった。
「大体分かった、よ?一ノ瀬君は真夜ちゃんが自殺しないように一緒に暮らしてるんだね?」
「・・・」
内心で冷や汗をかいた。
流石に写真で脅迫しているという発想までは出てこなかったようだが、状況的にはほぼ正解だった。それに、彼女が俺の家で暮らすのを黙認している、俺側の理由は正にそれなのだ。
真夜は俺と一緒に暮らし始めてから、自殺していない。偶然なのかは分からないが、ここで拒絶して自殺されても後味が悪い。そう思って、俺は一緒に暮らしている。
突然、秋音が話題を変えた。
「少し、昔話をするね?」
「あ?」
「昔、私に告白してきてくれた男の子がいたの」
「おい、昔話に興味無いんだが」
彼女の目的が見えない。
だが、俺の苛立ちを無視して彼女は話を続ける。
「でも、その男の子、付き合ってる女の子がいたの。クラスのみんなは知らなかったんだけど、私は知ってたんだ。図書委員の片付けをやってる時に見ちゃったから。
どうして、私に告白してきたのかな?ふられちゃったのかな?って疑問には思ったけど、別に好きじゃ無かったから断ったんだけど、その後見たんだ。
その子が、付き合ってる女の子とデートしてる所。
私、わざとその子達の前に姿を見せたら、女の子は内緒にしてねって言うのに、男の子は真っ青な顔で黙り込んでるの。
あの時は・・・」
そうして秋音は色素の薄い柔肌を紅潮させて恍惚と微笑む。
「気持ちよかったなぁ・・・」
扇情的な表情の彼女に、呆れながら言う。
「おいおい、この前、色恋沙汰に疎いとか言ってたのは嘘かよ」
「ふふ、それは本当だよ。だって、今まで誰も好きになった事なんてないもん。けど、一ノ瀬君は結構好きかも。顔も好みだし・・・何より、優しいから」
「俺の事、少ししか分からんくせによく言うな」
会ってからまだ、二日だ。
だが、彼女は確信を持って言う。
「分かるよ。だって、真夜ちゃんがあんなに思ってるんだもん。真夜ちゃんは私と違って純粋だから、優しい人じゃ無いと好きにならないよ」
「あいつが俺の事を好きなんて、あんたの妄想だろ?」
「妄想じゃ無い、よ?真夜ちゃんは人の言葉に敏感だけど、私は視線に敏感なの。昨日なんて、私と話している時も、ずっと貴方の事を気にしてた。私と貴方が仲良くしてると、バレないように、私の事を凄い目で睨んできたの・・・」
「・・・で、あんたは性癖を暴露して何がしたいんだ?」
踏み込んで聞いてみる。
「私と付き合って?」
「・・・」
「けど、絶対に真夜ちゃんにバレちゃダメ。私と一ノ瀬君の秘密。もしバレたら、真夜ちゃん、きっと死んじゃうから」
吐き気を催した。
胃液が喉を溶かす、激痛と掻きむしりたくなるような痒み。
「断ったら?」
「これをSNSに」
そう言って秋音が見せてきたのは、昨日の俺と真夜が恋人繋ぎをして歩く写真だ。
真夜は変装しているが、流石によく見たらバレるだろう。
「・・・何で俺なんだ?」
訳がわからない事だらけだが、最後に喉を締め上げるようにして、何とか言葉を絞り出す。
だが、その返答はそれに見合ったものでは無かった。
「貴方が好きだから、だよ?」




