三 面倒は重なる。
二人目登場です。
読んでいただけたら嬉しいです。
「随分と憂鬱そうだな、遥」
「まあな。面倒が増えた・・・それと、俺を名前で呼ぶんじゃねえ。嫌いなんだよ」
昼休み、空き教室となっている部屋で友人の雲上空御と昼飯を食いながら話す。
「おっと、悪いな。で、面倒ってのは?」
「ノーコメント。けど、寿司食ったら口が滑るかもな。回らない奴」
「お前、奢ると馬鹿みたいに食うじゃん、嫌だよ。てか、男の愚痴を金払って聞こうとは思わねえよ」
「女のだったら買うのかよ」
普段と変わらない会話を友人としていると、下がりきっていた気分が僅かに持ち上がる。
取り敢えず、精神衛生を保つために、昨日の出来事は記憶の奥底に押し込めることにした。
「そろそろ昼休みも終わりだな。空御はこの後授業あんのか?」
「俺は無いな」
「じゃあ、行くか。寿司」
「・・・金は払えよ?」
「考えとくよ」
「俺は払わないからな?」
そんな事を話しながら空き教室を出て、鞄を回収しに自分達の教室へ行く。すると、後ろから声を掛けられた。
「あ、二人とも帰るのか?なら、俺も一緒に帰るぜ」
「・・・珠那も授業無いのか?」
「まあなー」
声を掛けてきたのは、黒髪をショートにしたボーイッシュな少女、宮野珠那だった。因みに、彼女は空御の友人で、俺との関係は友人の友人、三人ならそれなりに話すが、二人では話さないという感じだ。
「嘘つけ、お前この後、数学あるだろ」
と、空御。
珠那が動揺する。
「うえ!?何で分かんだよ!」
「お前の授業スケジュール組んだの俺だからな」
「あ、あれ、そうだったっけか?ま、まあまあ、どっちにしろ、ほら!教科書忘れちまったからさ!」
「はあ・・・一ノ瀬」
一緒に連れて行って良いか?と目で尋ねてくる。
律儀な奴だ、そう思いながら答える。
「構わねえよ。女の視点もあった方がいいかもしれねえしな」
「悩みって恋愛絡みか?・・・取り敢えず、行くか。寿司」
「え、寿司行くのか?だったら、昼飯食わなきゃ良かったな」
「いや、今日は一ノ瀬のお悩み相談会らしいから、あんま寿司は食わないぞ」
「へえ、一ノ瀬って悩みあんのか。意外だな」
「俺も意外だったよ」
「・・・どういう事だ?」
その後、三人で寿司屋へ向かっている最中、「そういえば」と、珠那が切り出す。
「『Six』のメンバーがこの街に居るって噂、知ってるか?」
心臓が跳ね上がったような気がした。噂もなにも、俺は、昨日、一昨日、彼女と一緒にいたのだ。
だが、二人は気づいた様子も無く、話を続ける。
「病院の患者が見た、とかいう奴だっけか」
「そうそう、もし本当なら会って見てえよなあ。やっぱ、めっちゃ可愛いんだろうなあ」
一言一句にヒヤヒヤする。その噂の内容とやらは知らないが、もし、男と一緒だった、などと有ったら、面倒な事この上ない。
「一ノ瀬は『Six』はあんまり知らないんだよな?」
「・・・まあ、そうだな」
「勿体無いぜ?後で動画とか見てくれよ、良い曲多いからさ!」
「考えとくわ」
「絶対見ないだろ!ゆーあーるえる?とかいうの、送っとくから、絶対見ろよ!・・・なあ、どうやって送るんだ?」
「前に教えたろ・・・あ、悪い。ちょっとコンビニ行っても良いか?買いたい物がある」
「あー、じゃあ俺も行くよ」
二人がコンビニに行っている間、俺は外で待っていると、スマホが震える。
画面を見ると、「いつ帰って来ますか?」の文字があった。
「・・・」
「五時くらい」、出来るだけ多めに見積もって返信する。すると、「遅いです」という文字の直後に、「まあ、良いですけど」と続く。
「?」
やけにあっさり引き下がったな、そう思った直後、誰かに肩を叩かれる。嫌な予感と共に振り返ると、そこには、先程の噂の少女がいた。
「来ちゃいましたから」
こんな状況じゃ無ければ、見惚れてしまうような可愛らしい笑顔で言う真夜はゆっくりと俺に体を寄せてくる。
「ところで、誰ですか?あの子。返答次第じゃ、私、プロデューサーにあの写真送っちゃいます」
澄んでいるのに、とんでもなく濁りきった声音で脅迫してくる真夜だったが、俺の方も何かやましいことがある訳ではない。
落ち着いて事実を伝えようとする。
「珠那は・・・」
「あれ?誰だ、あんた」
だが、間の悪い事に丁度二人がコンビニから出てきてしまった。声を掛けられた直後、俺から離れた真夜は二人に話しかける。
「お二人は、一ノ瀬さんの知り合いですか?」
「おー、まあな。で、あんたは?」
「私も、一ノ瀬さんの知り合い、ですかね?」
返答を間違えたら即座にバラすと目で訴えられる。
出そうになったため息を飲み込んで答える。
「俺に振るなっての・・・まあ、そんな感じだ。てか、悪いな、二人とも。ちょっと用事が出来た。寿司はまた今度で良いか?」
「構わねえよ。てか、元々お前が勝手に行こうとしただけだからな」
「また今度誘ってくれ。んじゃ、行くぞ」
「ふふ、分かりました」
変装がバレる前にさっさと立ち去ろうと、彼女の腕を引いてその場を離れる。
しばらく歩いてから、腕を離そうとすると、そのまま恋人繋ぎをするように真夜が手を絡めてきた。
「おい」
「折角、一ノ瀬さんが触れてくれましたから・・・駄目でした?」
「・・・勝手にしろ」
普通にしている分には普通に可愛いんだがなぁ、と、ここ最近で何度目になるか分からないため息を吐く。
艶のある長い黒髪に、可愛いと綺麗の間にあるような整った顔立ち。小柄ながらも、すらっとしたモデル体型。
街で見かければ、思わず目を引かれるような美人だ。
まあ、中身は中々にやばい子なのだが。
「その、もし良かったら、このままデートとかしませんか?このままお家に帰るのも勿体無いですし」
「あー、まあ、それくらいなら構わねえよ」
「じゃあ、ショッピングセンター行きましょう。服とか見たいんです。後、合鍵とか」
「・・・今、何て?」
不穏な言葉を発する彼女と一緒に店に入る。
平日の、それも真昼間ということもあり、スカスカの店内を巡るのは、人混み嫌いな俺からすると、なんだかんだで楽しい。
「・・・っ」
その時、唐突に頭の奥から鈍い痛みが湧いてくる。
足を止めた俺を心配そうに真夜が覗き込んできた。
「大丈夫ですか!?」
「問題ねえよ、偏頭痛持ちなんだ」
カバンから薬と飲み物を取り出して飲み込む。
まだ、痛みは引かないが、じきに良くなるだろう。
「行くか」
「いえ、ちゃんと治るまで休みましょう。ちょうど、そこに座る場所もありますし」
「おい、別に問題ねえっての」
強引に俺を連れて行こうとする彼女に抵抗していると、誰かが前方から俺たちに声を掛けてきた。
「あの、真夜ちゃん、だよね?」
それは少女だった。
色素の薄い髪を二つに纏めた、何処かで見た覚えのある少女。記憶を辿ろうとして、答えはすぐに見つかった。
それはその少女の背後、『Six』の電子ポスターに並んだ六人の顔。少女の顔はその内の一つと、全く同じで、俺の隣に立つ少女が信じられないといった声音で呟く。
「秋音さん・・・なの?」
そして、俺は更なる面倒ごとに巻き込まれていく事になる。