二十二 お前は帰らないんかい
まだ闇は見せません。
読んでいただけたら嬉しいです。
「どうして秋音さんがここに?」
「さっき、ここの家主さんからヘルプの電話貰ったの」
そう言って秋音がスマホを見せると、確かに数分前に遥から彼女に電話がかけられていた。
「真夜ちゃん、ちゃんとこの家で配信する事話してなかったでしょ。一ノ瀬君、困ってたよ」
「あ・・・確かにそうでした。後で謝罪しておきます」
申し訳なさそうに肩を落とす真夜は、心配そうな様子で尋ねる。
「・・・その、一ノ瀬さん、怒ってましたか?」
「ううん、本当に困った程度、寧ろ、心配してた」
「心配、ですか?」
「うん、男の家で配信してるのがバレたらまずいんじゃないかって。私が来たのは、その忠告をして欲しいって頼まれたから、だよ」
「確かに、そうですね。ちょっと部屋の中を確認してみます」
そう言って部屋に戻ろうとすると、玄関で長く話しているのを疑問に思ったのか、部屋に居たサニーがやってきた。
「あれ?秋音ちゃんだ!どうしてここに」
「ふふ、こんばんわ。久しぶりだね」
「本当に久しぶりだよ〜。事務所にも全然来ないし」
サニーが言う事務所とは、会社のそれではなく、『Six』の専用事務所となっている場所の方だ。
メンバーは全員そこの鍵を渡されているし、礼華もいつでも来ていいと言っているのだが、芸能界を引退したメンバーは『Six』の解散後、一度もそこを訪れてはいない。
「ううん、礼華プロデューサーには悪いけど、もうあそこには行かない、よ」
「そっか・・・あ、じゃあせめて今日の配信、ゲストとして出てくれない?折角、三人も集まってるんだしさ」
「うん、それくらいなら」
そして、放送が再開する。
休憩明け、画面内の人物が二人から三人に増えた事に視聴者達が驚きのコメントを送る。
「みんな驚いてるね!という事で、特別ゲストの紹介をします!さっきの休憩中に来てくれた、『Six』のハルちゃんです!」
「みなさん、こんばんわ。ハルです」
「久しぶりー!」「ハル様ー!」
秋音こと『Six』のハルの、久しぶりの顔出しに視聴人数も更に増えていく。
「おお、凄いね。じゃあ、適当なコメントを拾いましょうか・・・ハルちゃん、最近何してるの?だそうです」
「私ですか?そうですね、料理を始めました」
「料理!何作るの?」
「ええと、最近、ハンバーグを作れるようになりました」
「可愛い!ハルちゃん、料理配信とかしようよ!絶対人気出るよ!」
「ふふ、みんなもやってくれるなら、ね」
その後も暫く配信が続く。
すると、「『Six』は復活しないのか」というコメントが多くなりだした。真夜とハルという、芸能界から一度離れた二人が揃っているのだから、当然と言えば当然だ。
そのコメントは敢えて読まないようにしていたサニーも流石に無視出来なくなってくる。
「あー、『Six』の復活は私達だけじゃ決める事が出来ないかも・・・ユリちゃんとかフウカちゃんみたいに、ドラマに出演してる人は、スケジュールを組むのが大変だから」
「そう、だね。解散したのはその辺りの事情が原因だから、難しいかも」
それは、嘘ではない。
実際、メンバーのスケジュールは『Six』としての活動が無くなった事で、余裕が出来た。
だが、解散の致命的な理由は違うものだ。だから、その真相を知る三人、特に真夜は露骨に口数が減ってしまう。
それを気遣ったサニーが配信を終了するような雰囲気に持っていく。
「んー、ちょっと眠たくなってきたね。そろそろ配信終了しよっかな・・・うん、ありがとう!明後日の番組も見てね!」
「さようなら」
「・・・長い間、ありがとうございました」
配信が切られた後、サニーが心配そうに真夜の方を向く。
「大丈夫?」
「・・・はい、ごめんなさい」
「気にしなくていいよ。私達、友達でしょ?」
真夜が復調してから、秋音も手伝って配信用の機材を撤収する。その最中、真夜のスマホが震えた。
画面を見ると、遥から「いつ帰ればいい?」と来ていた。
配信が終わってからちょうど来た、という事は配信を見ていてくれたのだろうか。その事に嬉しさを感じながら「いつでも良いですよ」と返す。
「あの、そろそろ、一ノ瀬さんが帰ってくるんですが、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ!お部屋借りちゃった事の、お礼もしたいし」
「私も、大丈夫だよ」
一日中、映画を見たのは久しぶりだ。
固まりかけた身体を動かしながら、アパートに戻る。
家の前、ポケットに放り入れた鍵を取り出そうとして家の中には真夜がいる事を思い出す。
最近役割の無い鍵をポケットに入れ直してドアノブを回すと、家の奥からワイワイと楽しそうな声が聞こえてきた。
リビングに入ると、三人の少女が楽しそうに話し合っていた。
「あ、おかえりなさい。一ノ瀬さん」
「おかえりなさい、一ノ瀬君」
「ああ・・・んで、あんたが」
奥に座っている女性に視線を向けると、彼女は俺を見て「あ!」と大きな声を出す。
「もしかして君、昨日の!まさか、君だったなんて!」
「夜遅いんだから大きな声出すな」
「あ、ごめんなさい・・・でも、君、昨日会ったよね。確か、一ノ瀬」
「まあ、そうだが・・・昨日?」
言われて記憶を探ってみるが、目の前の女性に見覚えは無い。というより、昨日会った人物など礼華と真夜しかーーと、そこである一人の女性を思い出す。
「あー、もしかして」
「うん、そうなの」
言いながら、彼女はセットしていた髪を下ろしてそれを毛先で纏める。すると、ようやく見た事のある人物になった。
「君にはもう本名教えてるから良いよね。こんばんわ、私は『Six』のサニーこと美雨です」
「どうも・・・あ、もしかして昨日話しかけてきたのって、あのマンションから俺が出てきたからか?」
「ふふ、実はそうなのです。あそこ、今は礼華さんの個人所有になってるから、普通の人は入れないんだよね」
「へえ・・・」
高級マンションを一事務所として購入するとは、一体礼華の財布はどうなっているのか。
軽く引いていると、背後から真夜に袖を引かれる。
「昨夜、美雨さんと何をしていらっしゃったんですか?随分と帰りが遅かったみたいですけど」
「・・・あー」
淀んだ瞳で睨んでくる真夜にどう誤魔化したものか考えてから、別にその必要も無いと思い直す。
「礼華さんに会った帰りに話しただけだっての」
「そうですか・・・」
納得したかどうかはともかく、真夜が手を離してくれる。
「そういや、どうしてうちで配信を?」
「・・・その件については謝罪と感謝の気持ちでいっぱいです」
と、言いつつ美雨は頭を下げる。
「ちょっと私の家は・・・その・・・私のイメージを損ねるとの事で・・・礼華ちゃんからNGが出ているのデス・・・」
やけに歯切れ悪く言う彼女、秋音と真夜もうんうんと頷く。
「あんたの家は駄目なのか?」
真夜に振り返りながら尋ねる。
「あ、はい。ちょっと掃除が出来てなくて・・・」
言われてみれば、彼女はここ最近ずっと俺の家にいる。部屋の掃除は出来てなくて当然だった。
「・・・まあ、良いや。ここの住所がバレるような事は言ってないんだよな?」
「それは特に気を使いました」
食い気味に答えたのは真夜だ。
秋音もそれに続く。
「私が見てた限り、それは大丈夫だった、よ」
「なら良いよ」
配信では部屋の間取りが映るような事もなかった。流石にこれで住所を特定されたら、もうそれは、運が悪かったという事だろう。
「じゃあ、今日はそろそろお開きにしますか。一ノ瀬君、お家貸してくれてありがとう!」
「ああ、気にすんな」
「お礼はまた今度させて貰うね?」
「おう・・・」
そうして、秋音と美雨が帰った後、しれっと残った真夜が言う。
「じゃあ、私はお風呂入らせて貰いますね」
「・・・」
そんな彼女を俺は何とも言えない表情で見送った。
 




