二十 大人の女性 3
申し訳ありません。少し、私用が重なり、更新が途絶えてしまいました。落ち着いてきたので、また投稿していきたいと思います。
読んでいただけたら嬉しいです。
掌を伝う水の冷たさに、身体の硬直が解ける。
視線を上げる。
目の前に座る礼華の目を見る限り、嘘を言っているようには見えない。
「・・・解決策ってのを聞いても?」
彼女の答えは簡潔だった。
「真夜から離れれば良いのよ」
「それは・・・」
「簡単でしょう?それだけで貴方の弱みは無くなる。秋音も、椿も、拒絶できる」
最初から頭の隅にその考えはあった。だが、それが出来るのであれば、最初からやっている。
そう言おうとした俺に先んじて、礼華は口を開く。
「勿論、真夜のアフターサポートも万全にするわ。貴方が離れても、彼女が自殺するような事は無いと保証するわ」
それは、俺の思考を読み取ったかのような、完璧で魅力的な提案だった。
「駄目だな」
だが、その提案を俺は即座に切り捨てる。
その答えすら半ば予想していたように、興味深げに彼女は尋ねてくる。
「理由を聞いても?」
「・・・助けた責任、ってやつだ。不本意だが」
数日前に彼女に言われた言葉を思い出しながら、言う。
彼女を助けたのは、二度。
一度目は、彼女が助けを求めたから助けたが、二度目は俺が自分の意思で助けた。それを今更、俺が辛くなったという理由で投げ出すのは、格好がつかない。
すると、礼華は口角を上げて笑った。
「合格よ。私、貴方の事も愛せそうだわ」
「あ?何が」
「これ、あげるわ」
そう言って彼女は俺に何かを投げつけてくる。
「ここの鍵よ。タグについてるのは私の番号とメールアドレス。困ったら相談なさい?困ってなかったら、暇つぶしに掛けてきても良いわ」
「要らねえ・・・」
「そう?とても必要な物になると思うけど、特に今の貴方には」
「・・・」
確かに、この先、真夜達と関係を持ち続けるのであれば、彼女が相談相手になってくれるのはありがたい。
「分かった、ありがたく貰っておく」
鍵をキーケースにしまう時には、既に時計の時刻は翌日になりかけていた。
終電が無くなっては困るだろうと、礼華に言われて部屋を出ると、外は部屋に入る前と比べて閑散としていた。
人通りはあるものの、数えられる程度しかおらず、派手なネオンやコマーシャル音楽だけが空回ったように、街を盛り上げようとしている。
電車は残り数本しかないが、マンションから駅までは近い。走らずとも十分に間に合う。
ダラダラと歩いていると、遠くから甘ったるいのに、透き通っているような不思議な声が聞こえて来る。
「すいませーん、そこの人ー!」
「・・・」
「あれ!?聞こえてない?そこの人!そこの、長めの黒髪の、白ワイシャツとジーンズの人!」
ため息混じりに自分の服装を見返す。
白ワイシャツにジーンズ、それに目にかかる髪色は黒、間違いなく声の主が呼んでいるのは俺だった。
「何だ?こんな夜中に」
「あ、気付いてくれた!こんばんは!私、美雨って言うの!貴方の名前を教えて貰っても良い?」
と、頭を下げてきたのは柔らかなブラウンの髪の女性だった。年齢的には大学生くらいだろうか。
「・・・一ノ瀬だ」
「一ノ瀬、成る程、良い名前だね」
「そりゃ、どうも」
話しながら、スマホをチラリと覗く。
時刻は既に十二時を回っている。良い加減に切り上げないと、帰る電車が無くなってしまう。
「悪いけど、もう行っていいか?終電が・・・」
「あー、そっか。じゃあ、連絡先を交換しない?どうしても話したい事があるの」
「はあ?何で・・・」
「もし、交換してくれなかったら、このままあのレストランで朝まで話す事になるよ?」
彼女は笑いながら言うが、冗談では無さそうだった。
俺は特大の渋い顔をしてから、嫌々ながらSNSの連絡先を渡してやる事にする。
「・・・これで良いか?」
「オッケー!じゃあ、また今度ね!」
そう言って、彼女は走り去って行った。
嵐のようにやりたいことだけやって去っていった彼女を見送ってから、終電が近い事を思い出す。
咄嗟に走って電車に乗り込み、時刻表を確認すると、家に着くのは二時を回りそうであった。
「・・・疲れた」
殆ど誰も乗っていない電車の中でぽつりと呟く。
完全に切っておいたスマホの通知表示をオンにすると、秋音や真夜からの連絡が三十件ほど来ていた。
鍵に記された連絡先に今からでも掛けたくなるような気分だったが、もう覚悟を決めるしかない。
俺は、真夜達に連絡を返す作業を始めた。




