二 脅迫写真は一瞬で作れます
一人目の闇です。
読んでいただけたら、嬉しいです。
風呂をあがると、真夜はソファの片隅で俯いて座っていた。
俺が風呂から出てきた事は分かっているだろうに、敢えて無視しているようだ。一度風呂に入って、落ち着いたら余計な事を考えだしたのだろうか。
「レモンティー、リンゴジュース、水、お茶、どれがいい?」
「・・・」
黙り込んだままの少女、勝手にお茶の入ったグラスを二つ持っていく。
「置いとく」
「何で、助けたんですか」
「・・・あんたが助けてくれって言ったんだろうが」
「だとしても、普通助けに来ないですよ。あんな危ない所」
「別に、出来ると思ったからやっただけだ。それとも、死にたいのか?」
怒っている、とは少し違う。苛立っている様子の真夜に質問する。
すると、彼女は緩く首を振った。
「なら、別に良いだろ。てか、辛気臭いから、それ以上その顔すんのやめろ。折角アイドルが家に居んのに、全然ときめかねえ」
「それが、自殺しようとしていた子にかける言葉ですか?・・・それと、元アイドルですよ。見たんでしょう?もう『Six』は解散したんです」
呆れたように笑う真夜は、先ほどより少しは元気になったようだ。同時に、よりデリケートな話題を切り出す。
「・・・それが、自殺の理由か?」
だが、彼女は再び首を振って否定する。
「いえ、どちらかと言えば、逆です」
「逆?」
言っている意味が分からず、オウム返しをしてしまうが、彼女はそれ以上話すつもりは無いようだった。
「ところで、まだ、名前を聞いてなかったですよね?」
「そういや、そうだったな。一ノ瀬だ。一ノ瀬遥」
「一ノ瀬、さん。年齢を聞いても?」
「今年で十六」
「え、十六!?私より年下じゃないですか!」
物凄く驚かれた。
まあ、よく言われる。大人びていると言えば、聞こえは良いが、俺の場合は寧ろ、若さが無いという方が正しいだろう。
「うるせえよ。このアパート木造なんだ。こんな早朝に大声出すと、隣から壁叩かれる」
「あ、すいません」
「てか、今何時だ?」
家に帰ってきたから随分時間が経ったような気がして、部屋に置かれた時計を見る。
時刻は七時を少し回った辺りで、普段の俺ならそろそろ家を出ているころだ。
「もうこんな時間か、ワンピースは・・・まあ、乾いてるわけねえよなぁ」
言いながら、どうするべきか考える。
学校を休むというのは、出来ればやりたくない。かと言って、俺の部屋に彼女一人を残して行きたくもない。
すると、彼女から提案された。
「あの、私、一旦帰ります」
「帰れんのか?」
自殺しようとしていた彼女を思い出して、少し心配になる。一度知り合った奴に死なれるのは後味が悪い。
だが、無用な心配のようだった。
「はい、もう大丈夫です。色々と、整理出来たので」
「ふーん」
「あの、後で服とかお返ししたいので、連絡先を聞いても良いですか?」
「別に良いよ、捨てといてくれ」
「そういう訳にはいきません。お礼もしたいですし」
正直な話、これ以上関わるのはめんどくさかったのだが、住所がバレてるし、ここで嘘を教えて、後々家に来られても困る。
「分かったよ」
電話番号とメールアドレスを書いた紙を渡す。
「ありがとうございます。では、また明日に」
「別に無理しなくていいからなー」
彼女を見送ってから、大きくため息を吐き出す。
朝から尋常ではなく疲れた。やはり学校を休もうかと思うが、そういう訳にもいかない。
薄っぺらい鞄を持って、足取りも重く学校に向かう事にした。
そして、翌日の放課後。
真夜から送られてきたメールにあった店で彼女と落ち合う。
「あ、遥さん」
「・・・どうも」
男一人で入るのは憚れるような雰囲気の店の中、彼女の前に座る。返答に間があったのは、変装していた彼女が、誰かわからなかったからだ。
「一瞬、誰か分からなかったわ」
「まあ、寧ろバレたらダメですから」
会話もそこそこに彼女から紙袋を手渡される。
「律儀にどうも」
「いえ、それで、もし良かったらこの後お時間ありますか?」
「無い」
即答する。別にこの後は自宅に直帰だが、これ以上面倒ごとに関わりたくなかった。
「そう・・・ですか」
肩を落とす彼女に申し訳なさが募り、思わず、口が滑る。
「あー、まあ、少しは暇がある・・・飲み物くらいは飲むよ」
「・・・はいっ!ふふ、実はここ、アイドル時代からの常連なんです」
その後、俺の腹がコーヒーで膨れるまで話してから、席を立つ。
「俺が払っとく」
「いえ、そんな、私から誘ったんですから」
「そんなの気にするくらいなら、もう川に落ちんな」
会計を済ませて店を出ると、もう日が暮れかけていた。なんだかんだで、三時間近く話していたらしい。
「あの、この後の用事は・・・」
「別に問題ねえよ。じゃあな」
「あ、待って下さい!」
「悪いな、予定が詰まってんだ」
気不味そうな彼女にぶっきらぼうに答えて、さっさと別れる。
いい加減にしないと、別れ時が分からなくなる。
少年が走り去った後、残された少女はぽつりと呟く。
「・・・どうして」
彼女を振り切るように、早足で自宅まで帰る。
玄関に紙袋を投げ捨てて、服も着替えずにベッドに転がった。
「マジで疲れた・・・」
ベッドの上で暫く目を閉じて、この二日間の記憶を整理する。思えば、最初から俺らしくない事をしてしまった。今後、こういった面倒な事態にならないようにしようと決意して、風呂に入ろうとすると、滅多にならないインターホンが鳴った。
まさかと思い扉を開けると、そこには案の定、この二日間で見知った顔があった。
「あんた・・・」
その直後、胸に少女が倒れ込んでくる。
「は?」
軽すぎるその身体は、余りにも冷たい。
同時に、ズボンに生暖かい感覚。慌ててそこを見ると、彼女の手から真っ赤な液体が流れ出していた。
「おいおい、待て待て!」
脳が泡立つような感覚、咄嗟に外を見ると、まるで彼女の足跡を表すように赤い点が続いている。
取り敢えず、彼女の身体を部屋に入れる。血がフロアを汚すが、気にしている場合では無い。腕をタオルで腕を固く縛ってから救急箱を取り出し、血止め用の薬を彼女の傷口に押し込む。
「救急だ!住所は・・・」
その後、すぐにやってきた救急車に彼女と一緒に乗った。
輸血が終わった後、入院するか聞かれたが、彼女はそれを拒否して、俺の家まで着いてきた。
つい先程、自殺しかけた彼女を一人にする事など出来ず、なし崩しで家にあげてしまう。
彼女をリビングのソファに座らせて、玄関の血を掃除する。
掃除を終えて部屋に入ると、彼女は無言で立っていた。
「・・・何であんな事を?」
「・・・」
無視されるが、構わず近づく。
「超能力者じゃねえんだ。言われなきゃ分からん」
そして、その細い肩を掴んで振り向かせる。
すると、その瞳に涙が溢れていた。
「・・・して、どうして嘘をついたんですか?そんなに、私が嫌いですか?」
「・・・別に嘘は」
「私、分かるんです。人の嘘」
嘘だろ、とは言えなかった。実際に俺は嘘をついていたから。ただ、それ以上に信じられなかった。
そんなことで、目の前の少女は自殺しようとしたのか。
「・・・嫌いな訳じゃない」
これは、嘘じゃない。アイドルになるような可愛い子で、俺に好意を向けてくる、嫌いになるわけが無い。
だが、彼女はそれじゃ満足しなかった。
「でも、嘘をつくんですよね?」
「もう言わねえよ」
「信じられません」
「なら、どうすれば良い?」
ドラマか、何かかと思うようなセリフの応酬。
王道展開なら、「信じさせて」だろうか。現実逃避気味に考えていると、彼女は俺の予想を超える言葉をぶつけてきた。
「別に、何もしなくて良いです」
「あ?」
すると、彼女はソファに倒れ込んだ。
やはり、まだ貧血気味なのだろうか。反射的に彼女の後頭部に手を回しながら、少女を押し倒すようにして、一緒にソファに倒れる。
「大丈夫・・・か?」
声をかけると、彼女は、貧血気味な青白い顔のまま、形のいい唇を緩く歪める。まるで、悪魔のように。
「大丈夫です」
言いながら、彼女が机の上に立てておいた彼女自身のスマホを手に取り、操作する。
同時に、ピコンと、録画を止める音。
嫌な予感がした。あのスマホは、いつからあそこに置かれていた?
「おい、まさか」
「ふふ」
そう言って彼女が見せてきたのは、俺が彼女を押し倒した瞬間のスクリーンショットだった。