十七 苦手な場所
読んでいただけたら、嬉しいです。
新幹線に一時間ほど揺られてから、今度は電車を乗り継ぐ。うんざりするような人混みをかき分けて駅から出ると、夜とは思えない程の明かりが目を突き刺す。
「はあ・・・」
思わずため息が漏れる。
都会は苦手だ。人の多さ、吐き気を催すような匂い、時間もわからなくなる明るさ、どれも気に障る。まあ、ため息の理由はそれだけではないのだが。
一週間前、礼華に教えられた場所は駅から出てすぐのマンションだ。駅を出て、一番目に着くマンションだと言っていたが。
「・・・まさか、あれか?」
目の前に見える、というより、周囲にあるマンションは一つしかなかった。
見上げると首が痛くなる高さ、如何にもというべきな感じの高級マンション。普通に入るのが躊躇われるレベルだ。
とはいえ、ここで帰るわけにもいかない。
重たい足を無理やり動かしてエントランスの入口に足を踏み入れる。
彼女に教えられた部屋の番号を入力して、コールすると、三コール目で部屋の主人は出た。
「来たようね」
「まあな・・・」
「随分と疲れているわね?まあ、いいけど。鍵は開けてあるから、早く来なさい」
「分かった」
軽口を返す余裕もない。
言われるがまま、彼女の部屋に向かう。
「・・・でさ、本当ありえなくない?」
指定された部屋の前で、黒髪の女性とすれ違う。
その女性は、俺の知るあの少女とは似ても似つかない。顔も、スタイルも、口調も。ただ、その黒髪が視界にチラついた瞬間、酷い吐き気に襲われる。
「うっ・・・」
拳に蘇る、柔らかな肉を殴った感触。
少女のうめき声、彼女が吐き出した胃液の臭いーー「ふふ、興奮してきた?けど、顔は駄目だよ。まだ、ね?」ーー灰色の髪の少女の声。
大きく息を吐き出し、吸い込む。
波立つ気持ちを落ち着けて、ゆっくりとドアを開けると、まず目に入ったのは巨大な花束だった。花瓶に活けられた白菊の花束。
それに目を奪われて、隣からやってきた人物に気づくのが若干遅れる。
「久しぶりね、一ノ瀬君」
「・・・ああ、どうも」
振り向くと、部屋の主である鋭利な歯と紅瞳の特徴的な女性、礼華が俺を出迎えた。
長い廊下を歩きながら、彼女がこの部屋について説明する。
「ここは私の会社の第三事務所になってるわ。今は、私の個人的な別荘になってるけどね」
「・・・」
俺は無駄な会話をする気になれず、聞き役に徹しているが、彼女は気にせず続ける。
「元は、『Six』専用事務所だったのよ。一応、今でもここに来る子は何人かいるし、メンバーには鍵も渡してあるのだけど、中々来なくて寂しいわ」
「・・・」
「椿の件だけど、どうやら、あのドラマ監督とディレクターがスケジュールを勝手に詰めたらしいわ。うちの女優を使う癖に、それを伝えないなんて、信じられないと思わない?」
「・・・ま、そうだな」
最低限の返事をしつつ歩いていると、奥の部屋に通される。
仮眠用のソファベッドやデスクにパソコンなどが並ぶその部屋は、まさに事務所といった風貌だ。
「そこの椅子に座ってて?適当な飲み物を持ってくるわ」
足に力が入らないから、椅子に座れるのはありがたかった。崩れるように椅子に座り、礼華が来るのを待つ。
部屋には聞こえるか聞こえないかくらいの音量で、クラシックやジャズなどがランダムに流されており、椅子に座っていると、それだけで眠たくなってくる。
「ふふ、高校生にはもうお眠な時間かしら?」
「・・・馬鹿言え」
彼女の声で意識が浮上する。
目の前に置かれたコーヒーを飲むと、僅かに眠気が吹き飛ぶようだ。
だが、次に続く言葉は完全に俺を覚醒させるには十分なものだった。
「さて、早速だけど、本題に入ろうかしら。貴方、三人とどこまで進んだの?」




