十六 狂い、狂わせ、狂わされ
微グロ?です。まあ、そこまで酷くは無いと思いますが、注意してください。
三人目の闇です。お楽しみください。
読んでいただけたら嬉しいです。
一触即発とはまた違うが、俺は腹の底が抜けたかのような虚脱感に襲われていた。
どうして、目の前の少女はここが分かったのだろうか。
「あんた、どうしてここに?足を怪我していたんじゃないか?」
「私も気になる、な」
俺と秋音が質問するが、驚いていたユリは逆に質問を返してくる。
「・・・君は、真夜と付き合っていたんじゃないのかい?」
「・・・」
どう答えるべきか、考える。
しかし、付き合ってると来たか。この場合、誤解は解くべきなのかどうか。
俺が黙っていると、隣に座っていた秋音が答える。
「一ノ瀬君と付き合ってるのは、私、だよ?真夜ちゃんと一ノ瀬君は、友達」
まあ、一言も嘘は言っていないが、事実陳列罪で訴えたい気分だ。乾燥して、へばりつくような喉にレモンティーを流し込んで何とか口を動かす。
「一応、そうなってるな」
「嘘だね」
だが、一切の迷いなくユリはそれを嘘だと切り捨てる。
「私は鼻が良いんだ。それくらい分かるよ。一ノ瀬君に付いている真夜の匂いは、一緒に住んでる者のそれだ。香水だけじゃない、料理や埃、汗などの生活臭も混じっている」
犬もかくやというレベルの嗅覚に、思わず舌を巻く。
お手上げだと隣の少女に視線を向けると、秋音も小さくため息を吐いた。
「これからする話、真夜ちゃんには内緒にしてもらえる?」
現状の説明を終えた後、ユリは頭を押さえながら何事かを言おうとして、首を振った。
「いや、誰が悪いという話は今更、無意味だね。ただ、秋音、君の行動は軽率に過ぎる」
「否定はしない、よ。けれど、椿ちゃんは分かるよね?私の衝動」
悪びれもせずに言う秋音に、ユリは否定も肯定もせず、今度は俺に向き直る。
「・・・そうだ、一ノ瀬君。君には一応本名を教えておくよ。私は大神椿、よろしく」
「ああ、どうも」
軽く挨拶をすると、丁度ユリ、いや、椿の飲み物が運ばれてくる。彼女が頼んだのは、秋音と同じコーヒーだ。
「秋音、君の言い分も分かる。そもそも、その衝動があるからこそ、私達は『Six』だからね。だが、どうして彼なんだい?何故、わざわざ真夜を刺激するような事を?」
衝動、『Six』である理由、彼女達が話している内容は殆ど意味がわからない。だが、今、重要な話が行われているのは分かる。
会話を頭の片隅に留めておこうと、意識を向ける。
だが、秋音は突然会話の梯子を外した。
「ふふ、椿ちゃんが知りたいのはそんな事じゃ無いでしょ?」
「それは、どういう・・・」
「椿ちゃんの鼻と同じくらい、私は視線に敏感だから、分かるよ。椿ちゃん、さっきから視界の端でずっと一ノ瀬君を見てる」
「そんな事は」
「嘘、だって、一ノ瀬君の事、ずっと尾行してたでしょ?」
「ッ」
にこやかな表情のまま、秋音は椿の腕を掴むとリストバンドをするすると外していく。
細い腕にあるのは、先程俺が付けてしまったアザだ。
「一ノ瀬君、さっきは途中で辞めちゃったけど、椿ちゃんの事、教えてあげるね」
「秋音、やめてくれ」
「椿ちゃんの悪癖は、被虐癖」
「秋音、やめて」
普段の凛々しい姿とは一転、今にも泣きそうな表情で秋音に縋り付く椿にどこか、背徳感を覚えてしまう。
「嘘、本当は喜んでるの。だって、本気で嫌がれば止められるのに、そうしない・・・ほら見て?一ノ瀬君、椿ちゃんはね、こうして誰かに傷つけられるのが好きなんだ」
「・・・あんた、どうして今、そんな事を話す」
秋音が何をしたいのか分からない。何故、椿が一緒にいるこのタイミングで?
思考を放棄して、直球で尋ねるが、秋音は意味ありげに微笑んだだけで椿の方を見る。
「椿ちゃん、提案があるんだけど・・・私と一緒に一ノ瀬君を共有しない?」
「はっ!?おいおい、何を・・・」
とんでもない事を言い出した秋音。俺を無視して続ける。
「ふふ、真夜ちゃんがいる以上、一ノ瀬君はこの関係を破れない。それに、真夜ちゃんを死なせたく無いのは、三人とも一緒だから、秘密の共有も完璧。素敵な提案だと思わない?」
「わ、私は・・・」
異常で、甘美な提案に戸惑う椿のワイシャツを秋音がめくっていく。そこから覗くのは、引き締まった、それでいて滑らかな白い肌。
「ほら、腕なんかじゃ足りないでしょ?もっと、ちゃんとした証を付けてもらおう?」
「ちょ、ちょっと待って・・・」
「本気でやめて欲しかったら、私を引き剥がせば良いんだよ?・・・ふふ、やっぱりやって欲しいんだね?」
形だけの抵抗をやめた椿から外された、深い闇で淀んだ瞳が今度は俺に向けられる。
「一ノ瀬君、やる事、分かるよね?」
「・・・分から」
「分かる、よね?」
秋音とこの関係を結んだ時、いや、それ以上に頭がどうにかなりそうだった。
おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい。
彼女は何がしたいんだ。一体、俺にどうなって欲しいんだ。
何も分からず、欠片も理解できないまま。
けれど、俺に選択肢は無くてーー
柔らかな、肉の塊を抉った感触が拳に残った。
 




