十五 噂をすれば
更新が遅くなって申し訳ありません。
読んでいただけたら、嬉しいです。
「あんたと会うのも久しぶりな気がするな」
「一日半、ぶりだね」
「そんなもんか・・・そういや、今日は変装してねえのな」
変装時の秋音は髪に若干のエクステをつけたり、眼鏡を掛けているのだが、今日はそのどちらも無い。
髪型をポニーテールにしているから、遠目では分からないだろうが、近づけば直ぐに彼女が『Six』のハルだと分かってしまうだろう。
「今日は、お出掛けする訳じゃ無いから」
「まあ、そうだが」
俺が彼女を呼び出した理由は、今日の朝、うちのクラスにやってきた少女、『Six』のユリについての情報を得るためだ。
真夜に聞いても良いのだろうが、昨日の様子だとユリについて聞いた時点で機嫌を損ねる可能性がある。
まあ、それを言ったら秋音も同じなのだが、彼女と俺との間には真夜を自殺させないという共通の目的がある。
「取り敢えず入るか」
「はい」
喫茶店のドアを開けると、コーヒー豆の匂いが肺腑をみたす。
店の中には一人も客がおらず、店の奥で新聞を読む老人が椅子に座っているだけだ。
「邪魔するぜ、オヤジ」
俺が声を掛けると、初めて老人は新聞から顔を上げた。丸眼鏡の特徴的な、痩身の老人は薄っぺらい紙を机の上に滑らせながら聞いてくる。
「オヤジでは無い、マスターと呼べ。注文は?」
「レモンティー」
「・・・いい加減、コーヒーくらい飲めるようにならんのかお前は・・・そちらは?」
「じゃあ、このブルーマウンテンを」
「かしこまりました」
秋音を連れて適当な席に座ると、彼女が不思議そうに尋ねてくる。
「知り合い?」
「ああ、趣味で喫茶店やってる変人で、ちょっと縁があって知り合ったんだ。喫茶店つっても、宣伝もしねえし、看板も立ててねえから、俺の知り合いしか来ねえけどな」
「もしかして、私のため?」
「あんたのとこのプロデューサーに釘刺されたからな。多少は人目を気にするさ」
あの紅目の女性から人目を気にするように言われたのは記憶に新しい。
丁度、飲み物が運ばれてきた事もあって、一度話を止める。店長の姿が奥に引っ込むと、開口一番、秋音が言う。
「ふふ、でも、少し嬉しい、かも」
「あ?何でだよ」
「だって、一ノ瀬君が私の事をちゃんと考えてくれていたって分かるから」
「・・・」
「そんな目で見ないで欲しい、な」
可愛いく首を傾げても、言っている事がまるで可愛くない。オヤジの持ってきた飲み物を口に運び、乾いた喉を潤す。
「まあ、いい。本題に入ろうぜ」
「・・・うん、じゃあ、何が知りたい?」
「そうだな・・・」
少し考えてから、昨日の事を思い出す。
「そういえば、あいつは鼻が良いって言ってたんだが、どれくらいなんだ?まさか、犬並みとか言わねえよな?」
「そこまでじゃない、よ?でも、鼻が良いのは本当。『Six』の頃は、ジャンパーの匂いから、どれが誰のかまで分かってたから」
「それは、十分、犬並みじゃねえか?」
真夜は言葉から嘘を見抜くし、秋音は視線から感情を読み取る。加えて、ユリは犬のように鋭い嗅覚を持つとは・・・一体、いつからアイドルは超人集団になったのだろうか。
しかし、そうなると、俺があの時嘘を言ったのもバレていると考えた方がいい。真夜と同棲しているとまではバレていないだろうが、接触があったのは分かっているだろう。
「他には?」
「そうだな・・・あ、もう一つ」
「何?」
「・・・その、ユリにもあるのか?あんたや、吉宮みてえなやばい癖のようなものが」
自殺癖、略奪癖、どれも俺の事を振り回してくれる、彼女達の厄介な悪癖だ。似たような悪癖をユリが持っているのであれば、知りたくはないが、知っておきたい。
無論、無いに越した事はないのだがーー。
「椿ちゃんには」
秋音が口を開いた瞬間、新たな来客を告げるベルが店内に鳴り響いた。これが普通の店ならば当然のことなのだが、この店には滅多に客が来ない。
咄嗟に振り返ると、そこに居たのは、今この瞬間、俺達の話題に挙げられていた少女だった。
「椿ちゃん」
「秋音!?」
静寂な店内に、ユリの驚いた声が響いた。




