十一 遅刻、昼無し、新アイドル
三人目の登場です。
読んでいただけたら、嬉しいです。
一時間目の終わり、休み時間に教室を出ている生徒達に紛れるようにして教室に入る。
なんだかんだで遅刻した事のない俺が遅刻したという事で、クラス中から奇異の視線を向けられる。
「珍しいな、遥が遅刻するなんて」
「名前やめろっての」
揶揄うように言ってくる空御に鞄を投げつける。
鞄を受け止めた空御は笑いながら、鞄を投げ返してくる。
「相変わらず軽い鞄だな」
「そりゃあ、何も入ってねえからな」
「やば過ぎるだろ。この後、授業三つあるぞ?」
「珠那の馬鹿にも同じ事言えんのかよ」
「その言い訳はレギュレーション違反」
軽口を叩き合いながら、鞄の中身をひっくり返す。
出てくるのは筆箱とルーズリーフに、小さな石粒が少々。
目の前の友人は少し、嫌そうな視線を向けてくるが、毎回俺の名前を呼ぶことに対する、仕返しだ。謝らない。
「・・・少し寝るわ。起こさないでくれ」
椅子に座りながら、鞄を枕に睡眠体制に入ると、空御が心配そうに尋ねてくる。
「疲れてんな。ラーメン屋で聞きそびれた愚痴関連か?」
「・・・まあ、そうだな」
最近、どうにも俺の生活ペースは崩されっぱなしだ。
まあ、アイドルに脅迫された挙句に、同棲されている時点で、ペースなど完全に破壊されているのだが。
それに加えて、別のアイドルと交際関係になったり、更にそのプロデューサーに来週の夜に呼び出されたり。
一体、どんな因果関係でこんな事態になっているのか。考えるだけで気が重くなるような現状から逃れるように、意識を微睡の中に沈めていった。
休み時間、いつも通り、適当な空き教室に入ってから気づく。
「・・・昼飯忘れた」
「遅刻したからか?」
「イエス」
普段は通学途中にコンビニか何処かで適当に買ってくるのだが、今朝は遅刻した為に、買い忘れていた。
「俺のパン、いるか?」
一緒に来たボーイッシュ少女、珠那から惣菜パンを渡されるが、生憎と俺の好きな物じゃない。
「いや、今日は昼飯抜きでいくわ。どうせ、後一時間で帰るし」
「そっか」
「じゃあ、せめて飲み物でも買ってきたらどうだ?」
「あー、それはアリだな。ちょっと行ってくるわ」
飲み物を買う為に下に降りると、教務室の前に見覚えのない集団がいた。
見た限り、生徒ではないし、この学校の教師や学外顧問でもない。
耳を澄ますと、話の内容が途切れ途切れに聞こえてくる。
「取材・・・ドラマ用・・・」「撮影・・・の為に」「放課後に」
どうやら、ドラマ撮影の為に校舎を使いたいらしい。
今朝、真夜と話した内容を思い出す。
まさか、この学校で例のドラマを撮影する気なのだろうか。
興味本位で少しその集団に近づいてみると、ちょうどその奥から一人の女性が出てきた。
「あれは・・・」
彼女を見た瞬間、分かった。彼女が椿、『Six』のユリであると。
真夜や秋音と比べても、一回り以上高い身長に、モデルのようなメリハリの強い、それでいて下品さの無い、均整の取れた体型。
彼女は、緩いウェーブの掛かった艶のある黒髪を揺らしながら俺の近くに歩いてくる。
「おや、生徒さんかな?こんにちは」
「どうも」
適当に返し、通り過ぎようとすると、突然、後ろからその手を掴まれた。反射的にその手を振り払う。
「・・・何か用があんのか?」
様々な意味で警戒しながら尋ねると、俺の言葉遣いに周囲の連中の視線が険しくなる。
だが、当の本人は申し訳なさそうに頭を下げた。
「済まない、失礼だった・・・ただ、君の身体から友人の匂いがしたから」
彼女の言葉に警戒を強める。
「・・・勘違いじゃないのか?」
できる限り、自然な口調で言う。
だが、彼女は確信を持って答える。
「私は鼻が良いんだ、間違いない」
「意味分からん・・・」
毒づくが、逃げられそうに無い。
彼女が僅かに距離を詰めてくる。それが匂いを確認する為の行為だと、気づいた時には遅かった。
「この匂い、真夜のものだね」
「ッ・・・」
不味い、どう誤魔化すか、頭の中で策を練る。
「もしかして、君は・・・」




