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依存少女  作者: かなん
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一 早朝に溺れる少女

ヤンデレとメンヘラのすばらしさに気づきました。

趣味全開ですが、読んでいただけると嬉しいです。


 頭の奥の鈍い痛みで目が覚めた。

 暗闇の中、手探りで電気をつけて、気づく。


「そういや、薬切れてたか」


 念のために枕元に置いてあった頭痛薬の空箱を振るが、当然、薬は出てこない。

 時計を確認する。その短針は3という数字にあった。


 同居人を起こさないようにゆっくりアパートを出ると、生ぬるい夜風が頬を撫でた。

 六月半ばにしては少し暖か過ぎる夜は、あまりにも静かで、自分の足音も、心音までも聞こえてくるかのようだ。

 十分ほど歩いて、近くのコンビニに入る。

 コンビニの中で流れる曲は、流行りのアイドルグループの曲だった。名前は何だったか、思い出そうとして、店内のキャンペーンポスターが視界に入る。


 『対象の商品を買うと『Six』のクリアファイルが貰えます』

 

 そう、『Six』。名前の通りの六人組で、普段テレビなんか見ない俺でも名前を知っている程の超人気アイドルグループだ。


「・・・ッ」


 余計な事を考えたせいか、頭痛が酷くなる。さっさとレジを済ませて、すぐに買ってきた頭痛薬を飲み物で流し込む。

 錠剤と冷えたジュースがのどを通り過ぎていくと、まだ胃に到達もしていないはずなのに、いくらか痛みがましになったような気がする。


 飲み切ったペットボトルを捨てて、これからどうしようかと考える。わざわざ、家から十分も歩いて薬だけ買って帰るのも癪だが、特に行きたいところがあるわけでもない。

 行く当てもなくふらついていると、街を二つに分ける大きな川までやってきた。

 天羽川、昨日の豪雨で増水したそれは、離れていても聞こえてくるほどの音を立てて流れていて、周囲には立ち入り禁止のロープが張られていた。


 だが、どうした事かロープの内側に人影が見えた。

 白色のワンピースに身を包んだ女性だ。遠目からではよく分からないが、俺と同じくらいの年齢だろうか。

 少し気になって様子を見ていると、彼女はゆらゆらと幽鬼のような足取りで川へと歩いていく。

 そしてーー


「あ」


 川の中へその身を投げた。

 見ていた限り、事故ではない。明らかにあれは自殺だ。

 

 俺は、お人好しではない。自殺しようとした人間を助けるために、わざわざあの川に飛び込みはしない。

 朝から気の重くなる光景を見せられてしまったと思いながら帰ろうとすると、荒れた水面から、少女が顔を出した。激しい流れに抗うようにもがく彼女は、おぼれながら叫んでいる。


「た・・・助け・・・!」

「はぁ!?・・・ちっ!」


 逡巡は一瞬だった。

 すぐにロープを飛び越えて斜面を滑り降りる。氾濫した川は見事な泥色で、飛び込むのがためらわれたが、迷っている暇もない。


「今、助ける!そこで耐えてろ!」


 着ている服も脱がずに飛び込み、溺れる少女の所まで泳ぐ。


「おい!大丈夫か・・・っ!?」


 沈みかけて流されていた少女の腕を掴む。

 その身体を担いで泳ぎ、何とか岸へとたどり着く。


「ったく、なんで朝からこんな目に・・・大丈夫か?」

「ゲホ、は、はい」

「濡れてて悪いが、これ羽織っとけ」

「・・・ありがとうございます」


 着ていたジャージの上着を投げ渡す。

 別に今の季節、濡れてても問題は無いが、彼女の服装は問題だ。濡れた服が張り付き、女性らしい身体のラインが強調されていて、流石に他人には見られたくないだろう。


「・・・あー、おい、あんた。家どこだ」

「・・・」

「一人で帰れるか?」

「・・・」

「・・・いったいどうして」


 尋ねようとして、俺は無理やり思考にブレーキをかけた。

 目の前にいる少女は明らかに普通じゃない。はっきり言って、これ以上、彼女に関わるのは面倒くさい。


「いや、もういい・・・じゃあな」


 適当に話を切り上げてから、先ほど投げ捨てたレジ袋を拾い上げて早々に帰宅することにする。


「あ、ジャージ・・・」

「やるよ。返さなくていいから、適当に捨てておいてくれ」


 これでいい。

 助けたのはあくまで気まぐれ、見捨てなかっただけよくやった方だろう。

 足取りが重いのは疲れたからだし、胸の奥がもやもやするのは全身が泥水で汚れてイライラしているから、それだけだ。背後でうつむいたまま動かない少女のことなど、全然気にーーー。


「・・・・・・くそっ。おい、あんた、名前は?」

「・・・吉宮真夜」

「行く当て無いならとりあえず、うちに来い。助けてやったんだ、事情くらいは聴かせてもらう」


 アパートに着いた頃には、太陽が山脈から顔を出し切っていた。

 体中の泥が乾いたのか、動くたびに体が引っ張られるような感じがして、ストレスがたまる。


「あんた、先に風呂入れ。汚いまま、俺の部屋をうろつかれたくねえ」


 真夜を風呂場に放り込んでから、俺は小さいベランダに出た。

 ジャージをひっくり返して、泥や汚れをぶちまける。同時にコンビニで貰ったおつりが転がるが、泥にまみれた二十数円を拾い上げる気にならず、そのまま備え付けの水道の栓を開けて泥ごと流す。

 足を洗ってから部屋に戻ると、風呂場からシャワーの音が聞こえてきて、改めて自分のやったことに後悔する。


「はぁ・・・めんどくせえことにならなきゃいいけど」


 とりあえず、スマホを操作する。

 連れてきたあの少女の正体が俺の予想通りなら、今頃、大ニュースになっているはずだ。

 答え合わせは、SNSを開いた瞬間にできた・・・できてしまった。


「お風呂あがりました・・・っ、やっぱり、分かってしまいますよね」

「・・・ああ」


 少女の方に振り向く。

 お風呂に入り、泥汚れが落ちて、髪が整えられたその顔は、俺の手にするスマホに映る顔と瓜二つだ。


「吉宮真夜、それが本名か?」

「・・・はい」

「はあ・・・まあいいや。俺も風呂入る、なんもないけど適当に座っといてくれ」

 

 まだ湯気と熱気の残る風呂場に入り、シャワーの蛇口を捻る。

 熱いシャワーが頭からかかるが、脳の奥は冷たい芯が突き刺さったかのように、冷え切っていた。

 

「まさか、アイドルとはね」



 ソファに座る。

 硬く詰めた息を何とかして吐きだす。

 本当に死ぬと思った。強張った体からは、まだ力が抜けない。

 

「・・・まだ、生きてる」


 呟き、つけっぱなしで机の上に乗せられた少年のスマホを見る。

 スマホで開かれていたのは、有名なSNSサイト、そのトップページニュース。


 『Six』が電撃解散!世間に激震走る!


 そんな見出しで始められたニュースのサムネイルに映る六人の少女達、左から二番目に立つ少女の顔は、真夜の顔と瓜二つであった。

 

 

 

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