笑わない巫女少女と笑わせたい鬼6
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「なん、だと……?」
撫子は、愕然とした。秋桜色の浴衣を着てその場に立ち尽くしてしまった。
「———大鬼、さま?」
だって案の定、彼女の側には誰もいなくなってしまっていたのだから。気がついたのは、つい先ほど。
祭り会場の闇に灯る提灯と街灯の明かり。そして、出店の前の明るさと賑わい。初めてのお祭りに気持ちが浮ついてしまった間に逸れてしまったのだ。
見渡す限りのあやかし、あやかしあやかしあやかしあやかしあやかしあやかしあやかしあやかしあやかしあやかしあやかしあやかしあやかし、妖。
当然だ、ここは彼らの住まう世界で、彼らが主催している祭りなのだから。
「どう、しよう」
感情の起伏が激しくない撫子も、今回ばかりはどうしようもなく途方に暮れてしまっていた。眉尻が下がって、困っている上に心ぼそさがにじみ出ている。少女は、決められた場所からこうして外に出るという経験も乏しい。はぐれた時の対処法なんてちっとも知らないのだ。
「さが……。探さないと」
カラコロと下駄を鳴らして。撫子は妖がごったがえす祭り道を歩き回った。
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赤髪金眼の鬼。大鬼も、一方で、撫子のことを探していた。
「だから言ったじゃないですか」
そう言って呆れる側近を、少女が来そうな祭りの会場でもある社寺に残し、一人で少女の姿を必死に目にいれようとしていた。
「どこにいる、なでしこ」
大鬼は焦る。少女が一向に見つからない。妖の数が多すぎるのだ。
「っち!!」
こんなことになるのなら、腕に抱えて歩けばよかったと思ってしまう。けれど、後悔しても遅い。今はただ、探すしかない。花のように儚く、月のように輝く少女のことを。
その時、大鬼の袖がひかれた。不意打ちに驚き、目を丸くしてしまう。
「あらあ?大鬼様ではありませんこと?」
もしや、撫子!?と、安堵したような顔で振り向いた大鬼は落胆した。撫子ではなかった。水髪金眼の、赤い口紅を付けた透き通るほど色白な色素の薄い女がいたからだ。
女は雪女であり、雪族の長である雪姫。今日は彼女も共の妖を数人引き連れ、祭りに遊びにきていたようで。
「……なんぞ……。雪姫か……」
「まぁ!酷い!同じ、長同士ではありませんか!」
「はっ。態とらしい……。何か用か。悪いが、今は急いであるのでなあ。構ってやれる暇はない」
「まぁ、まぁ。そんなに急いで。何かお探しものでも?」
雪姫が目を細め、着物を口元にやってクスリと笑う。どうやらこの女は自分を暫く解放する気がないのだと大鬼は悟る。
その時、大鬼は道の端に居た。
また撫子も、大鬼の真反対の道端で、妖の群れに流されているところだった。
「——大鬼さま……っ」
大鬼は背が高い。撫子からは見つけることができ、彼女は大鬼を呼ぶが、声が小さく届かない。流されて、距離がどんどん離れていってしまう。
「大鬼……さ。きゃ……」
撫子は妖に押されて転んでしまった。
鼻緒がぷつりと切れ、手を擦りむく。
撫子を避けるようにして妖達が往来していった。
「……いたい……」
ふらりと立ち上がった撫子は、じわりじわりと血が滲み始めた手を見下ろす。
撫子は人生の中で怪我をしたことがない。初めての痛みだった。
「撫子!?撫子!!!」
「大鬼様!?どちらへ!?まだお話が!!」
少女の血の匂いを感じ取った大鬼。雪姫の手を振り張い、妖をかき分けながら妖の川を横断する。
「撫子!!無事か!?」
「——大、鬼、さま……」
真っ青な顔をしていた大鬼を見上げた撫子は、不安だった気持ちが一度に引いていってしまった。代わりに、提灯の明かりのごとく、ほのかに、あたたかい気持ちになったのであった。