笑わない巫女少女と、笑わせたい鬼2
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その日から、大鬼の「少女笑わせ作戦」が始まった。
艶のある黒髪と黒真珠のような瞳を持つ少女は、何も話さない。自分の名前も何もかも。
だから、
「おい!撫子!なでしこはいるか!」
大鬼は、勝手に少女に名前をつけていた。
「お、大鬼様!?少々お待ちください。なでしこ様は今、お庭を眺められているところで……」
「うん?いつ来てもなでしこはそうであろう!ならば、俺も一緒に眺めよう!」
女房の停止も聞かずに、大鬼は、ズカズカと少女の横に来ては座った。少女が、隣にどっかりと座った大鬼へ意識を向けるようになったのはつい先日のことだ。
「……これは?」
少女は、大鬼が持ってきた菓子に、興味を示す。
大鬼は自慢げな顔をして、本当に嬉しそうに口元を綻ばせる。
「ふふーん、これは俺からの土産だ。なでしこ」
「………ありがとう、ございます……」
「……ん?」
「?ありがとう、ございます……」
「しゃ、しゃしゃしゃしゃ喋った………」
大鬼は、開いた口が塞がらない。
「……ほ、本当に、そなたが口を開いたのか?」
「はぁ……まぁ……」
眠たそうな目をしたまま、少女は貰ったお菓子をハムハムと頬張る。
大鬼は混乱していた。いや、嬉しい。嬉しいのだけれど!
「ど、どうして……急に……」
「……きちんと此方に渡りたければ、何も、考えてはいけないと。そう言われました……。その期間が過ぎたので。それだけです……」
「そんな、期間が……あるのか?」
「?はい……」
知らなかったのかと、少女は首を傾げた。
大鬼はパチパチと瞳を瞬きして、さあああと顔を青ざめた。知らなかったとはいえ、少女に剣を向けてしまったのだから。
大鬼は勢いよく少女の前に土下座をした。少女が驚愕し、お菓子を落としそうになる。おととととっと、お手玉のようにお菓子を遊び、ギリギリのところでキャッチした。
「怒っているかもしれないが!!すまない!!なでしこ!!本当に知らなかったのだ……」
「もぐもぐもぐ……」
少女は、はむはむとお菓子を咀嚼したのち、口に菓子のかすを付けながらゆっくりと口を開く。
「いえ……大丈夫です……」
少女は、立ち上がって部屋に戻って行く。ただ眠気に負けて、お昼寝をしていたのだが、少女を見た大鬼の側人が、こっそりと「大丈夫って大丈夫じゃないですって」と大鬼へ耳打ちをした。それを聞いた大鬼は、おかげで少女が怒っているのだと勘違いをしたまま、しばらく過ごすこととなった。