笑わない巫女少女と笑わせたい鬼11
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凍てついた部屋——床や壁は凍りつき、天井には大小様々の氷柱が並ぶ——の中、雪姫は中央に座していた。
彼女の身体からは冷気が溢れ、ところどころ雪の結晶がキラキラと舞っていた。
「忌々しい……穢らわしい……」
恨みがましく口にするのは、巫女の少女への怨念。
人間たちから捨て去られ、鬼の元へと孤独にやって来た人間とも死者ともつかない半端者め。
いっそ、この手で永遠に凍らせてしまいたい。
「嗚呼——だめですわね、それでは大鬼様と永遠を共にしてしまいます……」
嗚呼ほんとうに。
「どうして人間というものは……こうも妖の、特に鬼の心を惹きつけてしまう下民なのかしら。命は短し、されどだからこそ鬼は共に過ごす一瞬を狂おしいほど愛おしく感じてしまう……。芽生えてしまった芽を摘み取ることは容易ではない……」
嗚呼本当に。
「嗚呼ほんとうに、なんて忌々しい種族……」
恋を知ってしまった鬼が、雪姫を見つめてくれることはあり得ないのだから。
覇気のない虚な金の瞳から零れ落ちたのは、凍った雫だった。
「ずるいとお思いになりませんこと?人間の儚さというものは……こうも、妖の心を掴んでは離してくれないのですから……」
憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い—— されど、幸の薄い撫子へ僅かながらに感じてしまった愛おしさは、自分も妖の血を引き継いでいることを自覚させる。
いっそこの心が凍ってしまったら良いのに。
「………」
雪姫が溢していく独り語りを、彼女のお供の兵介だけが、表情を変えることなく、ただ静かに部屋の隅で正座をして聞いていた。
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一夜明けて、撫子は朝食の席へと座した。
ふと前を見れば、雪姫の双眸の下、瞼が紅く色付いている気がした。
「……あら、どうなさりました?撫子さん……何かありました?」
「い、いえ……何も……」
雪姫の笑みが怖くて、キョドキョドと視線を彷徨わせた撫子は、黙って味噌汁の碗を手に持ち、口へと運んだ。「遠慮なさらずに、なんでも申してご覧あそばせ?」と雪姫は言うけれど、絶対に何も言ってはならないと察した撫子は、首を左右に振る。例えるならば雪姫と撫子は、肉食獣と草食の小動物のような関係だった。
「——そうだ、雪姫よ。昨夜はお前の妖力が強まった気がするのだが、不届者でもやったきたか?」
がきん!!
大鬼が手をつけようとしていた魚の焼き物が、一瞬のうちに冷凍され、それを突いた彼の箸の先が折れて宙を舞った。大鬼たちの瞳孔がグワリと開き、撫子が箸を口に入れたまま置物のように身を強ばらせた。
「—— いいえ?大鬼様、不届者なんてこの屋敷には一歩も踏み入れさせなど致しませんわ。嫌ですわ、乙女の妖力の高まりの原因をこぉんな場所で尋ねるなど……、少々、乙女の常識が足りないのではなくって?」
雪姫が妖美に微笑みながら、冷気を発して妖艶な肉体に雪の結晶を纏わせる。
「ゆ、雪姫? いや、うん、そうか。何もなければ良いのだ」
「ええ、それで宜しいのですわ」
「それで……」と雪姫は、撫子を見ながら二の句を継いだ。
「今日は乙女だけで語り合いましょう?撫子さん」
「んぐ……っ、ぐ、けほ、けほけほけほっ」
撫子が、ぬるい温度の白米を喉に詰まらせてはむせかえる。
お茶を飲み、涙目で撫子は雪姫を困惑した表情で見つめ返した。
どうして……と言うように。
「知りたいことが、あるのですわ」
「知りたい、こと……。わかり、ました……」




