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朝舞探偵事務所~妖魔のおもてなし~  作者: 空と青とリボン
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依頼者登場

そろそろ11時になる。

「来たわ。」

茜さんが呟いた。依頼主が来たのである。ノックの音もしなければ足音が聞えたわけでもない。それでも茜さんには分かるのだ。誰よりも早く訪問者の存在に気づく。茜さん曰く、気配で分かるらしい。さっそく俺は尋ねる。

「人間ですか?それともそうじゃないもの?」

「安心して、人間よ。」

茜さんはくすっと笑って答えた。

それから数分後、トントンとドアをノックする者あり。淳さんがドアを開けた。そこに現れたのは中肉中背の男性。見た感じは30代後半から40代前半。人の良さそうな顔をしている。

「こんにちは。」

男性はにこやかに挨拶してきた。俺はほっとした。そんなに重大な依頼を持ってきたわけではなさそうだ。今までの経験上、これからやっかいな依頼をしようとする人は悲壮感や覚悟を漂わせているからすぐ分かる。この人からは悲壮感は感じられない。

さっそく伯父が依頼主の元に歩み寄り自己紹介をする。

「初めまして。朝舞探偵事務所にようこそ。私が所長の朝舞俊次、こちらが我が社の探偵轟茜、こちらが片桐淳。そして・・・以上です。」

おい!!俺を紹介しろ!!

「僕は朝舞太郎です。よろしくお願いします。」

俺は自分で自分を紹介した、なんか悔しい。

「初めまして、僕は福多鶴富と申します。」

男性は相変わらずの笑顔で自己紹介をした。

「ふくたつるとみさんですね。」

茜さんが何気なく復唱をした。すると福多さんは聞かれてもいないのに答える。

「はい。福引の福に多い、鳥の鶴に富と書きます。」

「へぇ~。なかなか縁起の良さそうな名前ですね。」

俺は感心した。苗字は代々受け継がれたものとしても下の名前は親が好きにつけられるからご両親が清々しい程に縁起がいいものを狙ったのだろう。しかし福多さんは意外な反応を見せた。

いきなりぐいっと俺の方に寄ってきて迫力のある顔で迫る。

「本当にそう思いますか!?」

ううっ、顔が近い!初対面なのに!それにこの圧迫感はなに?

「本当に縁起が良い名前だと思いますか!」

問い詰める福多さんの様子にただならぬものを感じた。なんか切迫しているようだ。そんな福多さんを見て茜さんが何かを思いついたらしい。

「良い名前だと思いますけど違うんですか?もしかして・・・。」

茜さんは言いかけてやめた。福多さんはそれを察したらしく眉間に皺をよせ大きくため息をついた。

それで俺にも分かった。いわゆる名前負けというやつだ。親が子供の幸せを願ってつけた幸という名前、だが必ずしもその通りになるわけではないというのは有名な話だ。その他にも忍もちょっとアカンというのも聞いたことがある。

先程とはうってかわって悲壮感を漂わせる福多さんに俺は同情をした。ここまで縁起が良い名前だとそうでなかった時のギャップは凄すぎるだろう。そう、元女子プロレスラーのアジャ○ングの本名のように。あ、アジャ○ングの本名は自分で調べてね。

気の毒に思った俺は声を掛けた。

「運が悪くても気を落とさないでください。名前はどうであろうと人生を変えるのはあなた自身ですから。名前に負けてはいけませんよ。」

しかし福多さんはきょとんとした顔をした。そして

「なにを言ってらっしゃるんでしょう。僕がいつ運が悪いと言いました?」

「え、でも今・・・。」

茜さんも俺もきょとんとした。それどころかいつも冷静な淳さんもきょとんとしている。

「失礼ですが、私には運の悪さを嘆いているようにしか見えませんでしたが。」

伯父がはっきり言った。しかし福多さんはもっと驚いた顔をした。

「その逆ですよ?僕は運が良すぎて困っているんです。」

「「「え?運が良すぎて?」」」

朝舞探偵事務所の探偵たちの声が重なった。

「はい。僕は運が良すぎるんです。生まれてこのかた負け知らずです。宝くじを買えば必ず当たる。今までの最高額は大きな声では言えませんはが一億はゆうに超えています。」

大きな声で言っているよね?

「外れても三等までかな。あまりに当たり過ぎるんで怖くなってもう宝くじは買わなくなりました。」

なんだろうこの気持ち・・・。知らず知らずのうちに俺の眉間に皺が寄ってくる。しかしお金大好きな伯父は興味津々に身を乗り出した。

「それは凄いですね。それで当選金はどうされたんですか?」

「所長!お金の使い道を聞くなんて失礼ですよ。」

さすがに淳さんが伯父をたしなめた。

「すまんな、お金と聞くとテンションが上がってしまってついな。」

さすがの伯父も反省したようだ。だが肝心の福多さんは全く気にしていない模様。

「いいですよ。数億円のうちの一億円は寄付しました。」

なんか数億円とか一億円寄付とか桁が違い過ぎる。俺は唖然としたが伯父は俄然食いついた。

「それはそれは太っ腹ですね。是非うちにも寄付してもらいたいぐらいです。」

伯父は感心しながらも冗談っぽく言った。

「いいですよ。丁度お金の使い道に困っていたもので。」

カチーン。俺の頭の中でカチーンという音がした。なんか無性に腹が立ってくる。なんなんだこの余裕綽々ぶりは!?お金の使い道がなくて困っていただと?嫌味な野郎だ!!それは伯父も同じだったらしい。対抗心むき出しの顔で反論した。

「いや、結構です。うちも儲かっていましてお金の使い道に困っていたところです。」

「所長!なにそんなところで張り合っているんですか!」

茜さんが呆れながら咎めた。伯父はまだ腑に落ちないらしく恨みがましい目で茜さんを見る。俺はなんとか嫌味を言ってやりたくて、ない頭で一生懸命考えた。

「お金の使い道が分からないなんて贅沢な話ですね。そのお金をしょうもないことに湯水のように使えばお金の使い道も出来てくるんじゃないですか?」

しかし、言った後で少々嫌味すぎたと反省をした。ちょっと八つ当たりだったか・・・。

「そのしょうもないことが思いつかないんですよ。なんせ身の回りのものは全て懸賞品で賄っているので。」

「懸賞品?」

「懸賞品とはハガキとかネットとかで応募して当選したら貰えるというやつですよ。」

「いや、それは分かっています。」

俺はぶっきらぼうに言ってやった。なんかこれからもっと腹が立つようなことを聞く羽目になりそうな予感。

「それは失礼しました。実は僕は懸賞品で生活しているんです。身の周りにある生活雑貨は皆応募して当てたものです。月にだいたい一万円近くは当たるかな。一番当たって嬉しいのは米ですね。おかげでここ数年米を買ったことがありません。」

「へー、ソレハスゴイデスネー。」

俺は棒読み丸出しで相槌を打ったがこの強者に嫌味は通じなかった。

「他にも高級羽根布団、松坂牛、佐藤錦、折りたたみ自転車、電子レンジ、旅行なども当たったことがあります。」

「もしかして、もしかしなくてもここに自慢しに来られたんですかね。」

嫌味たっぷりに言ってやったが福多さんはどこ吹く風だ。それどころか

「あ、打ち合わせは2時までに終わりにしてもらっていいですか?三時には家に帰りたいんで。宅配便の人が配達にくるんです。どうやらまたなにか懸賞が当たったらしいです。」

「今すぐお帰りになられてもこちらは一向に構いませんが。」

無表情で言い返した俺の体を茜さんは肘でちょちょんとつついてきた。

「太郎ちゃん、失礼よ。」

「だって・・・。」

俺は涙目になった。だってあまりにもこの人は運が良すぎるではないか。運の良さが俺とは違い過ぎる。俺なんて大切なスニーカーをおろしたその日に犬のフンを踏み、100円拾ったと喜んでいたら1000円落としていたんだぞ。

そこで俺の心情を察した淳さんが福多さんに尋ねた。

「でもそんなに良いことばかり続いたらかえって不安になりませんか?一生のうちで人の運の量は決まっているといいますよね。良いことばかりだといつかその反動がくるのではないかと不安になりませんか?」

さすが淳さん、良いこと言った!俺が感動していると福多さんは急に肩を落とした。

あれ?福多さんの様子がおかしい?自慢話をしていた時の目の輝きが消え失せ、その代わりにどうにも不安そうな色が浮かび上がってきた。

「そうなんですよ。生まれてこのかた運の良いことばかり続きで正直いって怖いんです。こんなにたくさんの運を使ってしまったらこの先どうなるんだろう。運がいつか尽きた時僕は一体どうなってしまうんだろうと不安で仕方がないんです。反動が怖いんです。」

福多さんは自信なさげに自分の腕を抱えた。不安に怯える瞳。それを見て俺は溜飲が下がった・・・じゃなくて気の毒に思った。そうだよなぁ・・・運が良い人には運が良い人なりの不安とか恐怖とかあるのは当然だよな・・・俺が福多さんの立場だったら同じように不安がると思う。茜さんは福多さんの怯えようがかわいそうになったのか慰める。

「大丈夫ですよ。確かに人生は良いことと悪いことがトントンと言いますけど、人によって運が入っている器の大きさが違うんです。その器が大きい人は運もそれだけたくさん入っていますから、もしかして福多さんがそうなんじゃないですか?」

「そういうものですか?」

茜さんの励ましのおかげで福多さんの目に輝きが戻ってきた。

「そうですよ、それに福多さんが不幸だと思っていないだけでもしかしてもうすでに不幸なことはやってきていたかもしれませんし。」

淳さんもフォローした。そうか要は気の持ちようということか。すると福多さんは逡巡し始めた。やがてなにか思い当たったらしく

「そういえば運が悪いなと思ったことがありました。」

「それはなんですか!?」

俺は身を乗り出して尋ねた。

「太郎ちゃん、目が輝きすぎ。」

茜さんが呆れている。

「あれは10年前のことなんですけど。」

なんだそんな前かよ!まぁいい、聞こう。


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