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朝舞探偵事務所~妖魔のおもてなし~  作者: 空と青とリボン
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秋川しずくとの出会い

鶫守は徐に立ち上がり玄関へと向かった。そこで目にしたのは人間の女だった、それも美しい顔立ちをした若い女性。

女は鶫守の姿を見た途端、恐怖のあまり一瞬にして石のように固まってしまった。無理もない、2mを超える長身のごつい体格をした男が任侠顔で出てきたのだから。

「見慣れない顔だな。そなたは何しにここにきた。」

鶫守の地を這うような低い声に女はびくんと体を震わせた。獰猛な獣に追い詰められた小鹿のように怯えた瞳に涙を滲ませ震えている女の姿は憐れにさえ思えてきた。

「とっとと帰れ。」

鶫守は強い口調で追い返した。その声に女はまた震え上がる。

鶫守はやれやれと背中を向けた。だがそれを見た女はぐっと息を飲んだ。そして深呼吸し息を整えるといきなり大きな声を出した。

「お願いです!私に夜鶫の鏡を見せて下さい!!」

「!?」

鶫守は驚いて振り返る。さきほどまで怯えていた女とはまるで別人、死ぬことさえいとわない覚悟で佇む人間がそこにいた。女は力強い眼差しで鶫守をまっすぐに見据える。鶫守はその揺るぎない強い瞳に瞬時に惹かれてしまった。

だがこれではいけないとすぐに我に返る。

「女、鏡のことをどこで聞いた。」

威嚇が辺りの空気にも波及し玄関の窓がカタカタと震える。

しかし女はもう震えていなかった。

「私は女優の卵なんです!今芸能界にいます。今はまだ無名だけど芸能界にいれば裏の社会の噂もおのずと耳に入ってくるんです。」

「芸能界でわしのことが噂になっているのか?」

「はい。芸能人なら誰でも知っているというわけではないけど・・・いえ、多分知っていても誰も話さないだけかもしれませんが。」

「そうか。」

鶫守はなんだか背中がこそばゆくなった。いつも見ているテレビ画面の中の人たちが自分のことを噂をしているかと思うと嬉しくもあり照れくさくもある。

「ちなみにタモリはわしのことなんと言っていた?」

「タモリさんに会えるくらいに売れていたらならこんな所には来ていません!」

「こんな所って・・・。」

鶫守は困惑してまじまじと女を見つめた。女はかなり気が強そうだ。それに顔はとても綺麗だ。大きな瞳に鼻筋がぴーんと通っている。だがなにせ野暮ったかった。あか抜けないとでもいうか、化粧がかなり下手。服もその辺にあったものをとりあえす着てみたという感じで無頓着。眉尻も整っていないし口紅は形だけという感じで色気もなにもない。髪も後ろに一つに束ねただけ。いまどきの田舎の女子高生でもまだお洒落だろうと言いたくなる感じだ。

それなのに女は美しかった。まるでダイアモンドの原石を思わせる。磨けば磨くほど輝きを増していくような大いなる可能性を感じさせた。何よりこの女の芯の強さは久しく見ていなかったものだった。女は覚悟を決めた途端、鶫守を目の前にしても怯えることなく夜鶫の鏡を見せてくれと直訴してきたのだ。

鶫守は女のまっすぐな美しさに思わず目を細める。

「そなた、名前はなんと申す。」

「秋川しずくです。」

「しずくとやら、わしが何者か知っているのか。」

鶫守はしずくの瞳の奥を探りながら尋ねた。

「はい、知っています。夜鶫の鏡を守る妖怪ですよね。」

「わしが怖くないのか。」

「怖いです。正直言って怖いです。でも怖いからってここで引くわけにはいかないんです。私はどうしても鏡が見たい!見せて欲しいんです!!」

妖怪を相手にしていると分かっていても少しも怯まないその覚悟に鶫守は感心した。

「なぜ鏡を見たいのだ?鏡を見る為に支払わなければならない代償をそなたは知っているのか。」

鶫守の言葉を聞いてしずくは唇を噛みしめた。手をぎゅっと握りしめてなにかと抗っている。未来を見たい欲望と見たらやってくる死の間で必死で戦っている。

しかし結論はすぐに出た。

「はい、それも知っています。それも覚悟の上でここに来ました。」

凛としたしずくの声。しかし鶫守はそれを愚かだと思った。

「夜鶫の鏡を見たら一年後には死ぬということを知ってのことか。」

「はい。」

「未来がどうなるか知ったところでそれがなんになる。一年後には死んでしまうのだぞ。死ぬために未来を知るようなものだ。たった一年先までの未来を知る為に命を捨てるなんて愚か過ぎると思わないのか。」

「・・・。」

鶫守の問い詰めにしずくは沈黙してしまった。確かに未来を知っても一年後に死ぬのならそもそもそんな未来を知る必要はない。どんなに明るい未来が待っていると知っても知った時点から一年後には人生は終わる、こんな割に合わない話はない。

-だがここで真実を話そう。

実は夜鶫の鏡を見たらその日から一年後に死ぬというのは鶫守が作った嘘だ。鶫守の作り話だ。こういう噂を立てとかないと夜鶫の鏡を見たがる人間は後を絶たなく、ひっきりなしに鶫守の所へやってくるだろう。一日何百人いや何千人とやってくるに違いない。それが鶫守はたまらなく嫌だった。だから夜鶫の鏡を見たら死ぬという嘘をわざと流したのだ。

一年後に死ぬと分かっているのに未来を知りたがる人間はほとんどいない。妖怪はそもそも未来というものに興味はない。ごく稀に死の掟を知りながらも未来を見たがる人間が鶫守の元を訪れたがそういう人間は鏡を見せずに追い返した。鏡を見せても一年後に死なずに長生きされたら夜鶫の鏡を見たら死ぬというのが嘘だとばれてしまうからだ。

人間たちは鶫守がちょっと怖い顔で脅せばすぐに逃げ帰った。だから今までこうして平穏な日々を送ってこられたのだ。鶫守にとっての平穏とはテレビを見る時間を邪魔されないということだったが。

「なぜそこまでして未来を知りたがるのだ。人間というものは未来がどうなるか分からないから今を必死で頑張れるのではないか。まだ見ぬ未来を信じて諦めずもがいて必死で前に進もうとする人間がわしは好きだぞ。」

これもまた鶫守の本音だった。人生は短い、未来はどうなるか分からない、だからこそ今を精いっぱい生きる人間の姿に感心していたのだ。それだけではなく人間の倍以上長生きしている鶫守には短い人生を懸命に生きる人間は憧れでもあった。

しかししずくはそれを否定するように首を横に振った。

「私は女優なんです。」

「それはさっき聞いたぞ。」

「でも女優としてはまったく無名なんです。小さな芸能事務所に所属し来る日来る日もドラマや舞台のオーディションを受けては毎日のように落選する。」

「なぜだ?そなたはそんなに美しいのに。」

「え?」

鶫守は思わず口を滑らした。しずくに聞き返されて鶫守は慌ててその場を取り繕う。

「なっ、なんでもない。そんなにオーディション落ち続けて女優をやめようと思わないのか。」

「やめません!!私には女優の道しかないんです。!女優として成功するまではやめない!成功する前にやめるぐらいなら死にます!」

しずくは本気だった。混じりけのない本気が瞳の中に強く存在していて鶫守を圧倒した。

「しかし鏡を見たら一年後に死ぬのだぞ。女優として成功するしない以前に死んでしまったら元もこうもないのではないか。」

するとしずくは眉を顰め何かを思案し始めた。

これでしずくは諦める、鶫守はそう思った。

だがしずくは諦めなかった。それどころか本音を話すことを決めた。

「実は二週間後に有名なドラマの続編のオーディションがあるんです。それに合格出来れば国民的人気の女優と共演出来て私も一躍世間から脚光を浴びるんです。連日私の名が新聞やテレビに出る。それでいいんです!女優として大成功したいというよりも私の名が全国に知れ渡ればそれでいい。別に女優でなくても有名になれれば構わないけど私には女優が一番向いている!だから・・・!!」

随分功名心のある女だと鶫守は思った。有名にさえなれれば女優でなくてもいいというならアイドルか歌手を目指せばいいのではないかとも思ったがそちら方面の才能はないのだろう。

しかしどうもしずくは名声を手にして満たされたがっているようには見えない。仮に名声を手にしたいというだけなら一年後に死ぬと分かっていてわざわざ鏡を見ないだろう。

鶫守はしずくには裏の顔があるように思えてきた。

今のしずくの瞳に浮かび上がってくるのは情念や執念の炎。名を上げたいと懇願するその奥に深い事情を抱えているように見えるのだ。強い意志の奥にある誰にも言えない闇のようなもの。

「私は今年で29歳になりました。世間では29歳はまだまだ若いけど芸能界、特に女優の枠でこの年になってもブレイク出来ない者はこの先も難しいんです。だから次がラストチャンス。それに合格出来なければ私の女優としての道は閉ざされるどころか人生そのものが終わったのも同然なんです。」

「だからオーディションの結果が先に知りたいのか。不合格だったとしたらもう終わりだから一年後に死んでもいい。もし合格していたら自分の名前が全国に知れ渡るからそれでいい。なるほどな、それで一年の猶予しか与えられないと知っているにもかかわらず鏡を見たがる理由が分かったぞ。しかしな、もし合格していて女優として成功への道のりが開けても一年後には死んでしまうのだぞ?もったいないとは思わないのか。」

しかししずくは鶫守のもったいないと思わないのかという言葉にさえ強い意志で首を横に振った。

「思いません。私の名前が一度でも世間に知れ渡ればそれでいいんです。」

それを聞いて鶫守はなぜこんなにも美しいしずくがオーディションに落ち続けているか分かった気がした。このあまりにも強すぎる功名心だ。

しずくは芝居が好きで女優をやっているのではない。一瞬でもいいから自分の名を世の中に知らしめたくて女優という職業をたまたま選択したのに過ぎないのだ。そこには芝居への愛情はこれぽっちもなく、あるのは功名心だけ。

そして審査員は自分の存在を世に訴えたいという強烈なしずくの自意識を無意識に感じ取っているのだ。しずくの怖い程の自意識を。


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