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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

五大元素の落ちこぼれ~誰も使えない六番目の元素使い~

作者: 桜 寧音

あ、エイプリルフールネタです。

 元素。全ての元となる微粒子とも、全ての根源とも言われる目に見えない物。これを操る人間を元素使いと呼ぶ。

 この元素には五大元素と呼ばれ、火・水・風・地・光の五つの大元があった。これらを使って生活にはもちろん、軍事利用などもされていった。軍事利用と言っても、戦争が行われているわけではなく、何かに備えているだけではあるのだが。昔は戦争があって、事実一つの大陸が焦土になった。

 この元素の力を戦争に用いれば、簡単に領土が消し飛ぶ。それが最近の出来事だからこそ、誰もがこの力を制御するために学習するというのが近代学校の常識だった。

 そんなとある国の田舎にある学校の、一年生のある教室。そこでは今日も授業が行われていた。


「さーて、今日も授業をやるぞー。それぞれ得意な元素の術式を使って、マナを生成するように」


 マナというのは可視化された元素のことだ。生徒たちの机の上には術式が書かれた紙の上に大きなフラスコが置かれている。そのフラスコの中にマナを入れろという課題だ。

 このマナは今の生活に欠かせないものになっている。何をするにもマナが必要だ。暖炉を動かすにも電車を動かすにもダムを動かすにも、全てマナが用いられている。

 そんな生活を四百年近く続けている。今ではマナを用いない生活なんて考えられないというほど、生活に密着してしまった。

 そして、このマナの生成は初歩の初歩。できない人間なんてほぼいない。極まれにどの五大元素にも適応できずに、マナを生成できない人間がいる。

 そしてそれは、この教室にもいた。


「センセー、オーウェンくんはどうしたらいいですかー?」

「ちょ、やめなよー。できない人を名指しするのはさー」


 いつもの光景。ゲラゲラ笑い始める教室中の生徒たち。それを聞いて何とも思わない当の本人であるオーウェン・R・ハンスグルブ。いつものことに反応するのが馬鹿らしいと思っているのか、その声が届いていないのか。


「オーウェンにももちろんやってもらう。今日には五大元素のいずれかが開花するかもしれないからな」

「それはないっしょ。筆記はいいかもしれないけど、知識だけあってもさあ」

「とはいえな。知識があれば元素加工士としての資格も得られる。世のためになる商品開発をしてくれるかもしれないじゃないか。課題は共通だからやってもらわなければならないが」

「どうせできないっしょ」


 そのオーウェンは課題に手を出す様子もない。他の者はかかった時間、生成できたマナの量など差はあったが、マナの生成だけは出来ていた。

 結局オーウェンはできず、他の課題で免除となることを伝えられて、また教室が笑い声の喧噪で包まれた。オーウェンはその声が耳に届いていないのか、顔色を全く変えないままだった。



 放課後。先ほど授業を行っていた担任であり元素学の教師であるケニス・モンハークがオーウェンの課題を見ていた。実技ができなければ筆記で免除というのが学校のカリキュラムだ。

 夕方ということもあって、夕陽がオーウェンの白髪をオレンジに溶かしていく。教室に他に生徒がいないからと、ケニスは煙草に火をつけていた。もちろん教室内は禁煙だ。


「なあ、オーウェン。お前学校生活つまらなくないか?あんなにバカにされて、やってる内容も理解してて」

「仕方がないでしょう。この年齢の人間が研究職につけるわけでもなく、オレだって軍属は嫌ですし。そうしたら学校に通うしかないじゃないですか」

「国の制度が悪いよなー。飛び級もなく、高等学校の卒業見込みで元素加工士の資格を受けられるって。お前が研究職に行った方が色々楽になるだろうに」

「オレだって研究したいことたくさんありますよ。だから実技の時なんて音を遮断してずっと考え事してたわけですし」

「だろうと思った」


 そんな雑談をしながらも、オーウェンは課題の内容を全て書き込んでしまった。本来であれば四十分以上かかる問題だが、オーウェンは半分程度の時間で終わらせてしまった。


「はい、OK。……俺も面倒だからさ。次からはこっそり課題済ませてくれね?」

「個別の部屋を用意してくれて、結果を先生方しか見られなくしてくれるならいくらでも。二年生に上がらないとダメなんでしょう?」

「カリキュラム上な。ほい」


 ケニスは机の上に先程の課題であるフラスコを置く。術式が書かれた紙はない。オーウェンはため息をつきつつ、軽く右手の指二本をすり合わせた。それだけでフラスコの中には青白いマナが満ちた。

 教室の中でマナを満たした者はいなかった。むしろこんなことを落ちこぼれのオーウェンがやったとなれば大騒ぎになるだろう。

 だからこそオーウェンはやらないのだが。


「おお、終わっとるのか!残念じゃのう、オーウェンのマナが見られると聞いて来たのに!」


 がらがらっ!と大きな音を立てながら初老の男性が教室に騒がしく入ってくる。その人物はずかずかとオーウェンの隣に来て、フラスコを覗いている。


「ふむふむ。やはり純度が良いのう。これなら5なんて余裕であげられるな!」

「勘弁してくださいよ、校長先生。誰かに成績表見られたらどうするんですか。落ちこぼれが一切実技できないのに最高評価貰うなんて、また大騒ぎになりますよ」

「じゃが、これはどう評価しても5じゃろう。量も純度も申し分ない」


 フラスコを軽く叩きながら校長はそう言う。マナには純度という物があり、澄んでいるものの方が高品質だ。フラスコを覗いて、向こう側が透けて見えれば澄んでいる証拠だ。どの角度から見ても机や黒板が見える時点で、澄んでいる証拠だ。

 校長もケニスが煙草を吸っているからと懐から葉巻を取り出す。そしてさっきオーウェンがやったように指をこすらせただけで、葉巻に火が付く。そして一服する校長。


「そんなことに術式使わないでくださいよ。ライターは?」

「ライターも結局マナを使うじゃろ。マナ鉱石を複数持っておったら術式が暴走しかねん。一つでも持ち歩かないのが常在戦場の意識として必須じゃぞ?」

「ここは戦場じゃありませんよ。中将閣下」


 オーウェンは呆れながら校長に対してもう一つの呼び名で呼ぶ。ここの校長は軍部の中将を兼ねている。さっきやったように、火の元素のスペシャリストだ。ちょっとした摩擦で火を起こす。しかも補助用具なしで行って見せた。

 微妙な加減から大出力までお茶の子さいさい。もうすぐ60になろうという人物だが、もし戦争が再発されればすぐ戦場に向かうだろう。このガンガルファード国でも有数の元素使いなのだから。


「しっかし惜しいのう。第六元素(・・・・)を使えばこんな課題すぐじゃろう?軍部も政府も第六のことを隠しておきたいからと、公表しておらんからのう。公表すればお主の待遇も変わりそうじゃが」

「なら中将がカリキュラム変えてくださいよ。面倒なんですよ、今のやり方」

「無理じゃ。政府が決めたことを軍部は口出しできん」

「くそう……」


 オーウェンは本当に悔しそうに悪態をつく。一年我慢すればいい話だが、その一年が長い。教師陣はオーウェンの第六のことを知っているので何かと便宜してくれるが、生徒たちの評価はどうしたって我慢しなければならないのだ。


「第六は美しい術式じゃから何度でも見たいのじゃが、早々機会がない。残念なことじゃ」

「我々火の術式は粗暴ですからね。校長の細かい調整には恐れ入ります」


 ケニスも主に火の元素を使うが、ケニスは軍属というわけではない。ただの教師だ。だから軍属であり、最強と名高い校長の術式は惚れ惚れとするのだろう。

 そんな中、オーウェンは校長の言葉を否定する。


「第六って言いますけど、便宜上第六なだけで、他にも発見されたらそっちが第六になるでしょ。光が五番目なんだから、その内誰かが闇とか夜とか、そういうのを見つけるって」

「そうそう。それで話があるのじゃ。その第六に近いものが習得された」

「ほらきた。……習得?まさか」

「そのまさかじゃ。サファイア嬢が五属性のマスター、その全てを合わせた無の元素を発表した。とはいえ、そんなものは突き詰めればこのフラスコの中にある元素に一番近いマナと変わらん。第六、とは呼べんよ」


 サファイア・K・ゴッドンフォールド。数百年に一度の才女と呼ばれるオーウェンと同い年の少女だ。光以外の四大元素を収めていたので時間の問題だろうと言われていたがこうも早いとは。

 オーウェンも顔見知りではある。複数属性のマスターは前例がないわけではないが、四属性ともなると初めての快挙だった。今までも才女として名前が知れ渡っていただろうが、今回の偉業で更に名前が知れ渡ることだろう。


「それって適当に調べれば論文とか出てくる?それとも軍の方にアクセスしないとダメ?」

「一般公開じゃ。後で調べると良い」

「ん。じゃあ家帰って調べるよ」

「オーウェン。もしかしたらお主とサファイア嬢、立場が逆だったかもしれんぞ?」

「ぞっとしないよ。オレはこの田舎でバカにされながらまったり過ごす方が性に合ってる」

「『死の大地』に隣接しているここが田舎のう」

「首都からは遠いだろ。こんな所に第六の使い手がいるわけないからって閉じ込めてんのは政府じゃん」

「お主の地元じゃろうて」

「海向こうがね」


 軽く鼻を鳴らして教室から出ていくオーウェン。結局第六は見られなかったなと校長は肩を落として窓から外を見る。

 海向こう。そこは前の大戦で「死の大地」と呼ばれるようになった死滅した土地、とある国家の亡骸が平らになったまま存在していた。



 オーウェンは自宅に戻ってパソコンに電源を入れて調べ物をする。電化製品のほぼ全てはマナ鉱石が用いられている。そのおかげもあって環境問題などは誘発していない。マナと元素様々だ。

 調べている内容はもちろんさっき校長に言われた内容。サファイアが発表した六番目。実質サファイアしか使えない代物だ。

 論文の内容も簡単にアクセスできた。十五の少女が発表したものが、今や国中の人間を虜にしている。研究者なんて血眼になって読んでいることだろう。

 彼女の優れた容姿からも、そのアイドル気質を呼び起こし、国民が崇拝する。結構なことだ。ただオーウェンは論文の最後に書かれていた一文を見て、彼女なりのメッセージだろうと呆れてしまった。全員が見られるものになんてことを残してくれたんだと。

 これは正確には六番目の元素とは呼べないでしょう。ですので、もし六番目の元素が発見された場合、「六番目」という位階はそちらに譲渡いたします。


「……あーあ。また会えなくなった」


 オーウェンがそう零すのも仕方がない。校長が知っているように、サファイアもオーウェンが六番目の元素を使えることを知っている。今回のなんちゃって六番目ではなく、五大元素とは確実に違う、オーウェンのものこそ六番目の元素だと確信しているからだ。

 最後に会った時。もう四年は前になる。その時サファイアにはこう言われたのだ。こっちに住むことが政府から決定され、一人で研究を続けていくと決まった時に。


「わたしが政府に交渉して、こっちに残れるようにするから!あなたの美しい六番目が認められないのはおかしいわ!」


 その言葉が今でも脳裏に引っかかっている。美しいと言ってくれた。見つけたのは偶然だった。それが使えなければ、きっとあの金髪が揺れる姿を見られなかったから。ただそのためだけに使ったのに。

 だから今でも後ろ髪を引かれるのだろう。六番目の元素で封をしていた引き出しを開けて、そこに入っている二枚の写真を取り出す。

 一枚は幼い二人が肩を組んでピースをしている儚い思い出。もう一枚はなんてことのない、サファイアのみが映っている何かのグラビア写真だった。容姿も認められる才女は、こうしてメディアにも使われることが多かった。

 その写真は最新の物。それをオーウェンにしか取り出せない場所に仕舞っている。

 そのままオーウェンは二つの写真を見ながら、机に伏せる。こんなのただの感傷だとわかっている。さっきの論文の最後の一文だって彼女の真面目な性格上、研究者として本物の六番目が現れた時の保険としておきたかっただけかもしれない。

 あれは自分向けのメッセージだと思うのは、ただの思い上がりかもしれない。だから恥ずかしくて顔を上げられなかった。


「全く、女々しいなあ。……たとえ元素は美しくても、オレはダメなんだよ、サファイア」


 部屋の中を六番目の元素が包む。可視化してマナになって、そこは一種の海になっていた。どこまでも透き通る神秘の中に包まれて、オーウェンはそのまま眠りについてしまった。

 六番目の元素だけが、彼を見守っていた。



 ガンガルディア侵攻戦争。言ってしまえばなんてことのない、ガンガルディアという国が愚かにもガンガルフォードに戦争を仕掛けた五年前の出来事だ。そしてそのガンガルディアという国は国家として消えていた。今や国土だった場所も死の大地と化している。

 戦争の理由は簡単。どちらの国が成立が早いか。ガンガル王朝の正統後継者はどちらかというそれだけのこと。むしろそれこそが国を成り立たせるために重要な矜持だったのかもしれない。

 最初はガンガルディアが攻め始めたのだが、戦況はあっさりと覆ってガンガルディアの領地が主戦場に。結末として国が滅び、土地が全て焦土と化した。そんな戦争に巻き込まれた元国民のオーウェンとサファイアは。

 当時十歳の子どもだ。首都に住んでいたが、その首都まで戦場になっていれば被害を受けるのが当然。避難した先でも戦火に見舞われていた。

 二人は小さな時から知り合いだった。親友と言ってもいい。サファイアは小さな時から二属性の元素を習得していて扱いも大人顔負け。十歳当時にはすでに三つ目も習得していた。オーウェンは小さな時にすでに六番目を会得していた。偶然見つけたとはいえ、世紀の発見だった。

 親は五元素を使っていたので、オーウェンはまさしく新しい扉を開けた天才児として名を馳せていた。五元素が全く使えないことなんてどうでもいい些事だ。マナの扱いも天才的。そしてその六番目は全く危なくない、画期的な元素だった。

 そんな二人は首都の元素特化教育学校に通っていた。そこで知り合った仲だ。片や今までの常識を覆す習熟度を誇る現世界の天才。片や全く新しい価値観を産み出した異才児。そんな二人が知り合い、切磋琢磨する仲だというのは極めて真っ当な摂理だっただろう。

 毎日新しい知識に触れる日々。ただの日常が、元素にまみれた日々が楽しく、幸せだった。元素で勉強を共にして、マナの生成に励み、時には子どもとして遊び。学校で遅くまで残ってお互いの親に怒られて。そんな普通の日々を過ごしていた。

 仲良くなったのは元素の才能があったからだが、オーウェンがサファイアを強く意識したのは七歳の時の、この出来事がきっかけだろう。

 それは夕陽が差し掛かる放課後。オーウェンは趣味として様々な楽器に触れていた。ハーモニカやバイオリン、ピアノにフルートなど、引けない楽器などないかのように彼はどれも美しく音色を響かせていた。元素特化教育学校と言えども、音楽室くらいはある。そこでオーウェンはピアノを弾いていた。

 陽の光を反射させながら、サファイアの金紗の長い髪が揺れ動く。それに呼応するように彼女の周りには純度の高いマナが満ちていた。ピアノの音に合わせてサファイアはくるくると踊りながらオペラ歌手のように歌っていた。その声も美しく、オーウェンは気分が高揚してピアノの音が跳ねてしまった。

 一曲が終わると、周りのマナも消えてしまう。唄って満足したのか、サファイアはオーウェンにこう告げた。


「わたし、あなたの音楽と六番目、好きよ」


 耳にかかる髪をすくいながら、そう言われて。オーウェンにとって音楽も六番目もとても大好きで。そんな彼女の言葉も声も仕草も表情も、目に焼き付いていて。

 家族以外にそんなことを言われたことがなかったオーウェンは。そんなたった一言で彼女のことがとても愛おしく感じて。親に聞いたその感情が恋と知って。

 だから、戦争で彼女が危険に晒された時には、とっさに動いてしまった。世界で唯一の六番目の元素。それはとても戦うことには向いていなくて。軍事力の差から戦争は呆気なく負け寸前まで追い詰められて。

 国が負けても、サファイアだけは守りたくて。国から秘匿するように言われていても、その禁を破って。

 彼は、軍事兵器のパワードスーツを、たった一つの術式で止めてみせた。サファイアを守りたいだけだった。

 結局戦況をひっくり返すことはできず、国は焼かれた。二人の家族も戦争で死んだ。二人はガンガルフォードに捕虜として保護され、国が消滅したと聞いたのはガンガルフォードの首都でだった。

 それから二人は離れ離れになる。ガンガルフォードに恨みはない。戦力差を考えずに攻めたのはガンガルディアだ。それでも二人は一緒にいると反旗を翻すのではないかということから離れて保護される。

 それを知っているのはオーウェンだけ。手紙のやり取りはできるが、サファイアに直接会うことはできない。

 今日も彼はピアノを弾く。その曲名は「いとしのマリアンヌ」。とある作曲家が、愛すべき王女に贈った曲。

 あの時彼女が、唄った曲。



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