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00-138 ハツカネズミ【失敗作】

過去編(その89)です。

「そのためのお前だ、ハツ。お前もめちゃくちゃ薬入ってるだろ? お前もアカネズミ同様に扱われてたんじゃないのか?」


 自分事なのにぽかんとして、ハツカネズミは首を傾げて頭を掻く。


「そうだな、お前も受容体だもんな」


 何故か悲しげにカヤネズミは項垂れた。それからしばしの間、カヤネズミは無言になる。言うべきか否か迷っていたのかもしれない。しかし残された時間がわずかなことを思ったのだろう。カヤネズミは顔を上げてハツカネズミを見据えた。


「お前も受容体だから、きっとお前も失敗作だ。失敗作として、アカネズミの踏み石として、お前は危ない薬を入れられまくったんだと思う」


 ハツカネズミはきょとんとする。本気で理解していない。頭を掻き毟っていた手の動きも止めて、瞬きもしないで、ぽかんとしたままカヤネズミを見つめている。


 カヤネズミは子ネズミたちを見る時のような目で隣室の同輩を見ていたが、やがて堪え切れなくなったみたいに視線を反らした。


「カヤごめん。何言ってるの?」


 頭を掻いていた手を下ろし、ハツカネズミはカヤネズミを覗きこむ。カヤネズミは逃げるように背を丸めて、その視線が一瞬ヤチネズミを捉えて、そして瞼を閉じた。


「……お前、ヤチの受容体だろ? お前は無事だったみたいだけど他の連中は全員死んだっていうあの…」


 毒の。


「お前でヤチのを試して、やっぱり危険だってなって、アカネズミには入れられなかったんじゃないのか?」


 ヤチネズミははっとしてハツカネズミを見つめる。その視線に気づいたハツカネズミが見返してくる。カヤネズミは隣室の同輩たちの無言の会話を数秒だけ待ったが、またすぐに推論を再開した。


「ヤチの薬は実用化されれば最強の薬だった。でも受容体も生産体も他の子ネズミたちには受け入れられなかった。それでもアカネズミが受け継げればアカネズミの身体の中で他の子ネズミにも受け入れられる薬に再精製されるかもしれない。でも貴重なアカネズミを危険に晒すことは出来ない。


 だからお前だ。死んでも替えが効く受容体のお前でまず試して、毒性を確認してたんじゃないかって俺は思う」



 ヤチネズミは手の平で口元を覆った。そうだ、ハツカネズミも死にかけていたのだと、薬合わせの直後に白目を剥いて動かなくなったハツカネズミの姿を思い出す。その直後に検査は終了と告げられたことを思い出す。同室の同輩を死なせてしまったと思い込んだヤチネズミは、その事実に耐えられなくて記憶に蓋をしたのだ。オリイジネズミに指摘されるまで、アイの再教育を受けるまで、検査内容と薬の効能を忘れて知らないことにしていたのだ。


 そう言えばあの時、ハツカネズミはどのようにして息を吹き返したのだったか。


「……って俺は考えたけどお前は?」


 カヤネズミに意見を求められたセスジネズミは「筋は通っています。異論ありません」と答える。


 否定されることを期待していたのかもしれない。セスジネズミの横顔に下唇を噛みしめると、カヤネズミは再びアイを睨み上げる。


「まだ否定しないんだな」


 アイは微笑みで返した。


「俺たちは不用品で、地上には居住可能地域なんかなくて……」


 震える声でヤマネが俯いたまま口を開く。


「……って、だったら俺らっていったい…」


「まだあるだろ? 地上活動の目的」


 カヤネズミに言われてヤマネは顔を上げた。まるで足元に落ちた答えを探すみたいに伏し目がちに左右を見回す。手の平で前髪をかき上げるようにして額の汗を拭うと、もう一度喉を上下させてカヤネズミを見つめて、


「地下掃除?」


「それもあったな」


 思っていたことと別のことを答えられたのだろう。カヤネズミは息を吐く。


「それはまた別だ。そんなことより…」


「『そんなこと』って何だよ」


 途端に憤ったハツカネズミの顔を、ハツカネズミに抱きあげられていた子どもが見上げた。ハツカネズミの動揺は怒りになり変わり始めている。


「ハツさん、今はカヤさんの話を聞きましょう」


 セスジネズミが努めて静かに先輩を諭そうとするが、カヤネズミも既に苛立ちを抑えきれなくなっていた。

 

「お前もいちいちうるせえんだよ、でかい方のバカ。ちびの方は黙ったんだからお前も少しは黙ってろ」


「何だよ、その言い方!」


 ハツカネズミは子どもを床に下ろしてカヤネズミに歩み寄る。


「ハツさん」


 セスジネズミが制止するがハツカネズミは聞かない。ヤマネも不味い雰囲気に顔を上げ、先輩達を止めようと間に入るが、既に手遅れだった。


「いっつもそうだよね、カヤは。周りをバカにするのも大概にしろよ。何様のつもりだよ!」


「ハツさんやめ…」


「バカにバカって言って何が悪いんだよ。俺が間違ったこと言ったか? お前の暴走加減に比べれば足元にも及ばないって」


「カヤさん、」


「だからさっきはごめんって謝ったじゃん! 怒ってるのはカヤの勝手だろ? 俺は謝ったよ。ちゃんと謝った。そっちだっていい加減許せよ!」


「謝れば何してもいいのか。謝れば何しても全部なかったことになるってのがお前の道理なんだな? お前が殺してきた地下の連中にも『殺しちゃいました、すみませ~ん』って謝りさえすれば許されるってことか!!」


「カヤさん?」


「なんで地下の連中(ごみ)に謝らなきゃいけないんだよッ!! ごみは掃除するもんだろ!!」


「ハツさ…」


「『掃除』なんて言葉に置き換えんな!! 殺しは殺しだ、相手が誰でも同じだろ!!」


「カヤ、……さん?」


「同じじゃないよ! 地下はごみだ!! 全員まとめて死ぬべきなんだよッ!!」


「同じなんだってッ!!!!」

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