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00-135 カヤネズミ【居住可能地域】

過去編(その86)です。

 ネズミたちによる地上活動の目的の一つに、居住可能地域の開拓がある。地下に住む者たちは地下空間を居住域としているが、地下でも塔でもなく、直接大気と太陽に晒される地上において生物が息づける地域を探すことだ。


 地上で生きていける奴なんて存在しない。植物さえ昼間の太陽の下では数時間と保たずに立ち枯れる。しかし地上は広い。もしかしたらまだ誰も到達していないだけで、薬や日陰無しでも生活できる場所があるのではなかろうか。いや、きっとあるはずだ。だから見つけ出すのだ。そして拡大するのだ、塔の外にも活動域を。


「……って話だけどな、あれ嘘だ」


 カヤネズミが唐突にそんなことを言ったものだから、皆揃って固まった。虚を衝かれたというか呆れ返ったというか。一瞬の静寂の後で我に返った面々は、セスジネズミを除いて、それぞれに首を横に振ったり頭を掻き毟ったりして否定を始める。


「いやいやいやカヤさん、いきなり何を……」


「カヤ、酔ってる?」


「泥酔だね」


「がぶ飲みしてたもんな」


「ああ、そっか…」


「黙れ馬鹿ども」


 納得した途端に叱られたヤマネが目に見えてしょげくれた。その横で思案顔をしていたセスジネズミが、


「『居住可能地域など地上には存在しない』?」


 カヤネズミの謎かけを唯一真面目に受け止めまともに返した。それを聞いてヤチネズミはようやく思い出す、カヤネズミが『前に』話していた疑問と考察、教わってきた常識の矛盾点を。


「そんな夢のないこと言うなよ…」


 唇を尖らせてぼやいたヤマネを遮って、


「俺もさっきまではそう思ってた」


 セスジネズミに向かってカヤネズミが答えた。『さっきまでは』? ヤチネズミはカヤネズミを見つめる。カヤネズミの頭の中は、あの時とはまたさらに状況が変わったらしい。


「『さっき』っていつ?」


 ハツカネズミが尋ねる。カヤネズミは黒目だけで質問者を見遣ると、「お前ら見ただろ」とヤチネズミに言い放った文句を再び口にした。


 ハツカネズミが側頭部を掻き、ヤチネズミは口元を覆う。同じ時間だけ沈黙した後で同時に顔を上げて、


「「上階(うえ)の!」」


上階(うえ)で何を見たんですか」


 先輩たちの後頭部にセスジネズミが尋ねる。しかしその質問は、振り返りかけたヤチネズミとハツカネズミよりも先に、カヤネズミによって答えられた。


「居住可能地域だ」


「………へ?」


 ヤマネが完全に思考と運動を停止した。話の流れについて来ていない。同じくいまいちよくわかっていないヤチネズミの間抜け顔もちらりと見遣ったカヤネズミは、この中では最もまともなセスジネズミに顔を向けた。




 初めて上がった上階には、自分たちとは全く異なる者たちが、自分たちとは全く異なる環境下で生活していた。昼間の太陽を模したと思われる明るさで包まれた空間は、明度はそのままに厄介な痛みを伴う暑さのみが取り除かれており、ヤマネが夢に見た昼間の明かりの下で寝そべることも可能と思われた。海を模した装飾品は無意味に無駄に多量の水を消費し、果物も実らせない樹木と根も葉も食用には向かない草花たちが、床に敷き詰められた土を無駄に占拠していた。通路の両脇からはひたすら垂れ流され続ける動画。誰が見るでもなく聞くでもなくしかし延々と喧騒を生産し、アイが作りだすそれらの音の中で、上階の連中はぼんやりと、無益に無目的に時間を浪費していた。そして奴らの居室群と思われる設備は、地上の廃屋とよく似た形をしていた。


「廃屋?」


 ヤマネが首から上を突き出す。


上階(うえ)の連中って廃屋に住んでるんすか? 塔の中にいるのに? 随分となんつうか……、変わった趣味ですね」


「お前の想像は多分ずれてる」


 ヤチネズミは訂正しようとした。しかしカヤネズミのような表現力もなく、そこから先の言葉を紡げない。


「形だけなんだよ、なんとなく」


 ハツカネズミが補足を試みる。


「四角くて、四角い穴がいっぱいあって、カヤに言われて『ああ、言われてみれば似てるかも』って思ったけどぱっと見は全然廃屋じゃなくて。何となく形だけ似てる? あ、似て…る? うん、似てるかなあ~? みたいな…」


「やめろ、ハツ。余計混乱する」


 ヤチネズミが頭を抱えたまま制止する。「え?」とハツカネズミはヤマネを見たが、ヤマネはすまなそうに首をすくめていた。


「口で説明するのは難しいかもな」


 不毛な会話を断ち切ってカヤネズミは続ける。


 カヤネズミが上階の者たちの居室群を廃屋と結び付けて考えたのは、地上の廃屋もその昔は誰かが使っていたと聞いたことがあったからだ。野営に向いているのは元々が住むための設備だったからだよ、と上機嫌の時のムクゲネズミがセスジネズミに言い聞かせていたのを小耳に挟んだのだ。

 適当なこと言いやがって、どうせ知ったかぶりか作り話だろうと白けたものだが、言われてみれば構造や動線の至る所に、自分たちが生活していた塔の地階との類似点が散見された。そして別部隊から呼び寄せたドブネズミに聞いたところ、ドブネズミもその話を知っていて驚き、そこで初めてその話を信じた。

 

 地上のそこかしこに点在する廃屋や瓦礫は、かつては塔や地下の連中が居住したり利用したりしていた物のなれの果て、廃棄された不用品だということを。


 こと廃屋に関してはその重量や素材から、塔からの廃棄物だろうと勝手に確信していた。地下の連中の技術では作れないだろうと。だがここで疑問が生じる。あれほど巨大なごみを、塔から地上に誰が運搬したのか。


「アイじゃね?」


 ヤチネズミは当然の憶測を言った。ハツカネズミも横で頷いている。しかし、


「俺もそう思ってた」


 カヤネズミがまた、先と同じ言葉を吐いた。こいつの頭の中はよほど更新頻度が盛んなのだろう、と、更新頻度が少ないヤチネズミはげんなりする。


「でも考えてみろ。地上には電気がないだろ。どうやってアイが存在できるんだよ」


 カヤネズミの謎かけに、他のネズミたちは考え得る限りの方法をひねり出す。


「線路から引くとか!」


 ヤマネが名案っぽく言ったが、


「廃屋があるのは線路周辺だけでもないだろ」


 カヤネズミに穴を指摘されて項垂れる。


「四輪に蓄電池と端末を乗せてけば線路から離れたところだって…」


 ハツカネズミもない知恵を総動員して提案するが、


「圧縮空気が地上で使えるか?」


 やはりカヤネズミに却下される。


「蓄電池と端末と圧縮機を積んで…」


 ヤチネズミもハツカネズミの予想に追加する形で声を上げたが、


「それ何万台あれば廃屋は動くんだよ」


 カヤネズミに意見を根こそぎ否定されて、三者三様に落ち込んだ。



「どう考えても無理があるんだよ。アイじゃ塔の中にあった廃屋を地上に運べない。万が一運んだとしてもとてつもない電力と時間を消費する。


 仮にネズミの仕事だったとしてもだ。出来るか? あんなでかいものを地上のあちこちに運ぶなんて。仮にずっと上の先輩たちがやった仕事だって言うなら、なんでわざわざあんなくたびれたもんにしたんだよ。どうせ野営に使うってんならせめてもう少しましなもの遺してけって話だろ。アイの仕事にしては雑過ぎるしネズミの仕事にしては後輩たちのことを考えてない。どっちにしたって非効率だ。


 無駄しかないんだって。そんなことするくらいなら塔内で解体分別して再利用するか、粉砕処理でもしてそこら辺に撒いた方が手軽なんだって」



「じゃあ誰が運んだってんだよ」


 ヤチネズミは待ち切れずにカヤネズミを急かした。ヤマネがちらりと視線を走らせる。カヤネズミが怒鳴るのではないかと怯えたらしい。しかしカヤネズミは珍しく憤慨することなく、顎を胸に押し付けんばかりに項垂れて沈黙した。そして大きく息を吐くと顔を上げ、誰とも目を合わせずに結論を告げる。


「誰も運んでない」


 呆れたため息が疑問符付きで吐き出される。


「あれは元から地上にあったものだ。元から地上にあった誰かの居住施設は、使われなくなってその場に捨てられた」


「ど…」


 どういうこと? と尋ねたかったがあまりの見幕にヤチネズミは唾を飲み込む。カヤネズミは尚も苦々しい表情を崩さず、泣き出しそうなほど怒りを噛みしめていた。


「つまり?」


 ヤチネズミは持っていなかった勇気でもってハツカネズミが促す。だが答えたのは隣室の同輩ではなく隣にいた同室の後輩だ。


「『俺たちは地上で生活をしていた』?」


 セスジネズミが珍しく驚愕の色を湛えて疑問形で言った。


 ヤチネズミたちは驚いて振り向く。同室たちの視線を受けたセスジネズミはそれらを見返してから瞬きをし、泳いだ視線はやがて床に沈む。


「そうだ、俺たちは地上で生活してた」


 セスジネズミの言葉をカヤネズミが引き継いだ。


「少なくとも廃屋として形が残ってるくらいに遠くない過去まで。居住可能地域だったんだよ、地上の全てが」


「……え?」


 と言ったきりヤマネは沈黙した。ハツカネズミは目を見開いて、眼球の乾燥に気付かずに白目を血走らせていく。ヤチネズミは考えようとして考え切れなくて、落ち着こうとして口元に手の平を持っていって、以前カヤネズミから聞いた話を思い出そうとして思い出せなくて、出てきたのはただ一つ、


「………だったら、俺らの地上活動って…」


 何のために自分たちは何をしていたのかという、存在意義を左右する恐怖だけだった。


「完了している、ということではないですか?」


 ヤチネズミの疑問に、セスジネズミが逆手にとった反論で返してきた。


「俺たちの地上活動の目的の一つである居住可能地域の開発は完了しているということでしょう。今のカヤさんの仮説が正しければ地上のどこでも居住できることになります。だったら…」


「電気がないじゃん」


 後輩の考えを退けたのはハツカネズミだ。


「セージたちは見てないからわかんないかもしれないけど、上階(うえ)ってとにかくすごかったんだよ。電気の垂れ流しっていうか、水と電気の大量消費が半端なくて。でも地上全体に塔内みたいな電気を引くなんて無理じゃん」


「そうですか……」


 ハツカネズミの説得にセスジネズミは簡単に折れた。表情は変わらなくても内心はかなり動揺していたと思われる。

 そのセスジネズミの姿をちらりと視野に入れて、カヤネズミは再び語り出す。


「もしかしたらセージが言ったみたいに、昔は地上全体にアイがいて、地上のどこもかしこも塔の中みたいなもんだったのかもしれない。どうやって屋根のないとこで昼間を凌いでたのかは俺も想像できないけどな。でも今の現実を鑑みれば、塔内であれだけの電気を注ぎ込まなきゃ維持出来ない環境を、地上で再現するのは無理があり過ぎるって俺は思う」


 カヤネズミにしてはやけに弱々しく、自信に欠けた言い回しだった。

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