00-129 カヤネズミ【今度こそ】
過去編(その80)です。
カヤネズミたちの記憶力の通り、線路を超えるとすぐに塔の外壁の様相が変わった。車庫群だ。
「何番目の何が何だっけ?」
左脇に抱えたカヤネズミにハツカネズミは大声で尋ねる。当所はハツカネズミを先導するように走っていたカヤネズミだが、足の速さも体力もハツカネズミには敵わず、自力で走らせるだけ時間の無駄と判断された。ヤチネズミと共に文字通り、おんぶに抱っこ状態だ。
「向こうから数えて十一番目から七番目が廃棄物の排出ぐち…」
「向こうからって何だよ! 端まで行って数えながら戻ってこいって?」
全てを言い終える前にヤチネズミがけちを付けてくる。カヤネズミは苛立ちつつもその通りなので言い返せなかったから代わりに悪態をつく。
「そうだよ聞けばわかるだろ? いちいち確認しなきゃわかんないのかよ、バカ!」
「車庫がいくつあるかもわかんない?」
ハツカネズミはさらに聞くが、カヤネズミは数秒迷ったあとで目をつむり、
「東側に密集してるな〜と思った記憶はあるけど数までは…」
「なんでごみ出し口の数だけ覚えてんだよ!」
またヤチネズミは、もっともではあるが言わなくてもいい揚げ足を取る。再びカヤネズミが何か言い出しそうだったから、ハツカネズミは「わかった」と声を張り上げた。
「わかったって何が…」
負ぶわれながらも偉そうなヤチネズミと、いつまでも苛立ちっぱなしのカヤネズミを砂の上に放る。尻から落ちたヤチネズミが潰れた声を上げ、カヤネズミは顔から砂に突っ込んだ。
「ハツ…?」
「おいバカ! てめえなにしてくれるん…!」
「当たりが出たら教えて!!」
罵声を投げかけたカヤネズミ以上の大声を張り上げ、走りながらハツカネズミは手前の車庫の扉からその縁に手をかけた。握りしめ、走りながら鉄扉を力任せに開いていく。というよりも壊していく。
「まじかよ……」
信じられない気持ちで同室の後ろ姿を見つめるヤチネズミの傍らを、カヤネズミが駆け抜けた。ハツカネズミが破壊した扉の残骸から折れた外枠を引っこ抜き、破壊者の背中を追いかけていく。
「ハツ!!」
破壊音にも負けない怒鳴り声でハツカネズミを振り向かせ、両足を踏ん張り上半身を半回転させて曲がった鉄材を投げ渡した。ハツカネズミは頭上斜め上を回転しながら飛んでいくそれを、走って跳んで掴み取る。
「全部剥がす必要はないって!」
カヤネズミの助言にハツカネズミは頷き、今度は鉄材を両手に持って腰の高さに構えて走り出した。残りの車庫群の扉は上下真っ二つに切り裂かれていく。カヤネズミはその裂け目の中の暗がりに目を凝らし、中を確認しながらハツカネズミの後を追う。
ハツカネズミの行動力とカヤネズミの機転に遅れを取ったヤチネズミも、ようやく立ち上がった。先を行く背中は追わずに片足を引き摺りながら、完全に口を開けた車庫の中に入っていった。
* * * *
カヤネズミの焦燥感は増していく。建物内の闇は深く、どんなに目を凝らしてもそれが単なる車庫なのかごみ溜めなのかを判ずるのに数秒を要する。
どのくらい経った? 時間が気になる。あとどれくらいある? セスジネズミを案ずる。早く見つけなければ、早く。早く!
―どんどん死ぬよ。どんどん死ぬね―
セージ。
―どんだけ死なせんのッ!!!!―
焦るばかりで一向に探し求めるものは見つからない。何番目かの『はずれ』の景色に舌打ちした時、にわかに視界が明るくなった。続いて背後から迫る原動機の音。
「カヤ乗れ!!」
ヤチネズミが運転する四輪駆動車に一瞬驚きすぐに理解し、砂を巻き上げて停車した荷台に手をかけた。カヤネズミが完全に乗り込むのを確認してからヤチネズミは塔から離れていく。
「一旦離れる!! 一個ずつ確認するより全体照らして見渡した方が早くね!?」
「ヤチのくせに冴えてるな……」
四輪駆動車を持ち出してきたことといい、遠くから全体を見ようという提案といい。
「なんだって?」
「前見ろ、バカ!!」
礼を言うのも後回しにして、カヤネズミは運転手を怒鳴りつけた。
四輪駆動車の後輪が半回転して止まる。もと来た右手からじゅんぐりと照明を当てていくヤチネズミと慎重に目を凝らすカヤネズミ。細い光がハツカネズミを照らそうとした時、突然光が迷走して地面に落ちた。カヤネズミはヤチネズミの後頭部に向かって凶悪な視線を向けたが、ヤチネズミの行動の理由に気づいて身を乗り出して、揃って暗がりに目を凝らす。そして、
「「ヤマネッ!?」」
と、あの無口な子どもと思われる影が、車庫の扉の一つの前で何かをしていた。カヤネズミはヤチネズミに照明を向けさせる。びくりとした情けない顔が振り返る。やはりヤマネだ。生産隊か他の部隊と勘違いしたのか。慌てふためく様子が見られるし、背後から迫るハツカネズミにも気づかないはずがないのに一向に動こうとしない。
「何やってんだ? あいつ」
「じゃなくてあれ、ハツ! ハツがヤマネたちに気付いてなくね?」
カヤネズミに言われてヤチネズミはハツカネズミに照明を向ける。必死な横顔は自分が照らされていることにさえ頓着しない、気付いてない。
「あれは…」
「まずいだろ」
カヤネズミは口早に言った。
「あのままいけばヤマネたちハツに轢かれるぞ」
「ひか……?」
動揺して硬直したヤチネズミをひっぱたいて四輪駆動車を発進させた。目指すのは、
「ヤマネぇッ!! どけそこ! 逃げろ!!」
ヤチネズミは同室の後輩を目指す。ヤマネも迫りくるのが部隊の先輩たちだと気付いたようだ。
「ヤッさん?」
「いいからどけバカ!!」
言われてもヤマネは動かない。なんでだ? 駄目だ。
「ハツ!! ヤマネだって! 気付けよ止まれって!!」
カヤネズミも声の限りに叫ぶ。しかしハツカネズミの猛進は止まらない。見えていないのか? 見えていないのだ。今のハツカネズミにとって最重要目的は車庫群の扉の破壊、それ以外は『無駄』なのだ。仲間の声も後輩の安否も二の次だ。その目的の先には後輩の救出があったはずなのに。
カヤネズミは歯噛みする。死してもなお、部隊員を苦しませ続ける部隊長を今度こそ抹殺したいと願う。だがその望みは叶わない。ハツカネズミの中には部隊長が蔓延っている。薬合わせをしたからだ。自分がそうさせたからだ。
―どんどん死ぬよ。どんどん死ぬね―
うるさい、だまれ、
―どんだけ…―
「させねぇよ」
カヤネズミは身を乗り出した。ヤチネズミを押し退けて操作梱に手を伸ばす。
「な…、カヤ…?」
「飛べ!」
「は?」
「いいから飛べカスッ!!」
言うより早くヤチネズミを突き飛ばした。自分の置かれた状況を全く把握していないまま、目を丸くしたままのヤチネズミの間抜け顔が宙に浮いた一瞬の後、地面に叩きつけられ転がりながら後退していく。死んだかな、と一抹の不安に振り返り、いや、バカは死なない、と前を見た。操作梱を僅かに右に回す。距離と速度と角度を大まかに計算する。こっちのバカは絶対に死なないはずだと確信を持って、カヤネズミは四輪駆動車から飛び降りた。
痛い痛い痛いだいだいだい!!!」
全身の痛みに堪えられず呻く、叫ぶ。しかしその声も打ち消す爆発音。痛みを押して顔を上げると、四輪駆動車は計算通りに燃え上がっていた。塔の外壁に激突して炎を噴き上げ、照明代わりの明るさも作りだしてくれている。左手には腰を抜かしたヤマネ、右手には撥ねられて仰向けになったハツカネズミ。
「ハツ!!」
ぼろぼろのヤチネズミがハツカネズミを目指して片足跳びで駆け抜けた。カヤネズミは思わず笑ってしまう。すっげえ、やっぱりバカは死なねえ!
「ヤチ?」
むくりと起き上がったハツカネズミはきょとんとして辺りを見回し、
「え、なに? わかんない…」
「ハツさあ~ん!!」
ヤマネの体当たりを受け止めた。
「ヤマネ……? ヤマネ!」
「ハツざぁんぃさしぶりいぃ~」
「みんな探してたんだよ? どこにいたの?」
「お前の目の前にいたんだよ」
ヤチネズミががっくりと項垂れた。
「そうだよ、気付けってばか」
カヤネズミも痛い身体を引き摺って加わった。
「カヤさん……」
「お前が拾ってきたんだろ? 責任持ってちゃんと躾けろ」
カヤネズミに叱られたヤマネは「すみません、すみません」と小さくなり、「お前、カヤに弱みでも握られてんのかよ」とヤチネズミがぼやく。
「拾ってきたって?」
ハツカネズミの質問に他の面々が炎の向こう側に顔を向ける。首を捻りながら立ち上がったハツカネズミを先頭にして、カヤネズミたちは炎を迂回し件の子どもの背後に並んだ。子どもは相変わらずの無表情で無口のまま、車庫の扉を蹴り続けている。
「……誰?」
子どもの背中を指差し尋ねるハツカネズミに、
「ヤマネが連れだしてきた治験体の子どもその二」
ヤチネズミが憮然と答え、ハツカネズミに二度見されたヤマネが「すみません、すみません」とまた小さくなった。
「で、何してるのあの子」
頭を掻きながら首を捻ったハツカネズミを押し退けて、カヤネズミは前に出る。他の連中は炎に紛れて気付かないのか。
「ここだ」
「何が?」
嗅覚さえもバカになっている馬鹿のヤチネズミにカヤネズミは目を細めて振り返った。
「『当たり』」
「『当たり』って?」
視線を右往左往させるヤマネに車庫群とごみの排出口の説明をする。
「じゃあセージはこの向こう…」
ヤマネが言い切る前にハツカネズミの後ろ蹴りがその扉を歪ませた。僅かに開いた扉本体と外枠の隙間に手指をかけて、鉄扉をはぎ取る。途端に子どもとハツカネズミ以外の全員が鼻を覆った。酷い臭いだ。
「この中を進むのかよ……」
えずきを飲み込むヤチネズミを置いて、ハツカネズミが暗がりの中に入っていく。その傍らをすり抜けて子どもが先を行き、闇の中に姿を消す。
「だから待ってって!」
ヤマネが声を上げ、すぐさま両手で鼻と口を覆って目を閉じた。
「慣れてから来い」
炎と瓦礫から松明を作ってきたカヤネズミは反対の腕で鼻を覆いながら言い置くと、ハツカネズミの背中を追った。
「行けるか?」
ヤチネズミがヤマネを見上げる。
「行かなきゃ」
半べそをかいてヤマネが言う。
「だな」
慣れるまで待たずにヤチネズミとヤマネも松明を追った。
操作ミスで消してしまったので再投稿です。
消えたり出たり何度もすみません。