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00-128 ドブネズミ【仕事】

過去編(その79)です。

 ワタセジネズミはハツカネズミたちと同室の、二代下の後輩だ。ヤチネズミが生産体として、ほとんど全てのネズミが引き継げない薬を作り出した『出来損ない』であるのに対して、それ以外の同室たちは非常に優秀な受容体だった。誰の薬の効能も完璧に受け入れ、且つ副作用を全く発症しなかったハツカネズミや、多くの薬を受け継いだ後に生産体に変異したアカネズミなどはネズミたちの中でも有名で、「有望株」などと憧憬の念を集めている。受け入れた薬の数は劣るものの、副作用を全く発症しなかったという点ではヒミズも同様だった。その次の世代では、適合者が少なかったムクゲネズミの薬を受け継いだセスジネズミもいるし、さらに後輩のワタセジネズミもなかなか優秀な受容体と言える。


「お前の持ってる薬って?」


 普段以上に眉根をしかめて濃厚な顔面を突き出したドブネズミに、


「ハタネズミさんとトガリ兄ちゃん、コジネズミさんと今の生産隊の部隊長さんのです」


 ワタセジネズミが数えるように答えた。


「痛みを感じなくて怪我の再生が早くて筋肉でかくて小食か」


 ドブネズミがなぞる様に確認する。


「それキュウジュウキュウとロクジュウニだよ」


 背中の子どもがまた何事かを喋り始めたが、時間が惜しいので放置する。


「あと名前忘れたけどあの、髭濃い生産体さんのやつもじゃなかった?」


 カワネズミがさらに言って、


「えっとぉ……、なんとかモグラさん?」


 ワタセジネズミが首を傾げる。自分の薬の生産体くらい全員覚えとけ、とドブネズミは呆れ返るが、


「ハタネズミさんとトガリさんのはどれくらいいける?」


 大事な案件から尋ねることにした。


「感覚はありますけど痛いって思うことはあんまりないです。トガリ兄ちゃんのはそこまで強くなくて、治るには治るけど時間かかるし疲れるからあんまり使いたくないっていうか…」


「使え」


「はい」


 ドブネズミの一喝でワタセジネズミは姿勢を正した。


「それおれ! おれのやつ! おれねあと…」


「使おうと思って使えるもんなの?」


 カワネズミが後輩の身を案じるが、


「多分大丈夫っすよ。『うー!』ってしてたら治り続けます」


 ワタセジネズミは頭の弱さが玉に瑕だ。


「『えい』だよ。『えい』ってやって…」


「『うー!』ってし続けろよ」


 ドブネズミはワタセジネズミの知能に合わせて会話を続ける。


「ほんとにいけるか?」


 自分で推しておきながら、いざとなったら不安になってきたのか。カワネズミはさらに後輩を心配するが、


「ワタセに賭けるしかないでしょう」


 オオアシトガリネズミがそれ以上の干渉を退けた。

 



 オオアシトガリネズミが場所を譲る。カワネズミがワタセジネズミの移動を手伝い、定置に座らせてから距離を取る。ドブネズミが目配せして頷き、ワタセジネズミが塔の壁内に腕を伸ばした。


「ねえなにしてるの? アイとあそぶ? アイねたの?」


 子どものお喋りに付き合う者はいない。


 伸ばしたワタセジネズミの指先が件の導線に触れた瞬間、ワタセジネズミの毛髪は総立ちし、その身体も振動した。


「ワタセ!?」


 思わず踏み出したカワネズミの肘をドブネズミが掴む。オオアシトガリネズミは身を乗り出してワタセジネズミを覗き込み、


「なんか感じる?」


 と、問いかける。


「なんか……、」


 全身を振動させながらワタセジネズミは口を開き、ドブネズミたちは固唾を飲む。


「なんか、……ずんずんします」


 ドブネズミはオオアシトガリネズミを見た。オオアシトガリネズミは首を横に振る。


「なになに? ひかってるよなに? おれもみる、みる、みせてよおじさん…」


「それ以外に何か来ないか?」とドブネズミ。


「『うー!』ってしろよ、ワタセ。『うー』だぞ、『うー』って…」


「カワうるさい」


 思わず口走ったドブネズミに、


「だってブッさん! 『うー』しないとワタセ死ぬかもしんないんすよ!?」


「おじさんなに! おじさんってばあ!」


「ワタセ! 『ずんずん』以外は?」


 オオアシトガリネズミがカワネズミを差し置いて大声で尋ねる。


「ずんずん以外?」とワタセジネズミ。


「『ずんずん』じゃ弱すぎるんだよ。もっとこう、『びっ!』とか『ばりばり!』みたいな感じだと思うんけど」


「おいオオアシ! うちのワタセを何だと思って…!」


「カワお前引っ込んでろ」


「だってブッさん!!」


「ねえってばおじさん!!」

 

「あ、なんか、」


 ワタセジネズミが何かを感じ取った。ドブネズミたちは一斉に身を乗り出す。


「なんか『ふぶばはあっ!』って…」


「なにて!?」


「『ぶぶばば』!? あはは!」


「だからなんか…」


「ワタセ『うー』は! 『うー』しろ『うー』!!」 


「ぶぶぶばばあ!」


「あ、は…」


「多分それだ」


「はぃ、……え?」


「それだワタセ! 今だ、行け!」


「え、え?」


「ぶばぶばぶぶぶぶ……」


「ぶっ千切れぇ!!」


「は、はいッ!!」


 オオアシトガリネズミが気づいてドブネズミが指示を出し、ワタセジネズミがそれに従って動線を力任せに引き千切った。その反動か漏電の威力か、ワタセジネズミの身体は宙を舞って砂上に落ちる。


「ワタセ!!」


 カワネズミが駆け寄ってその身体を抱えあげようと試みたが、触れた瞬間に指先に走った鋭い痛みに思わず身を引き、近寄ることを躊躇させた。


「ワタセ……」


 一ヶ月分の整髪料を使い尽くしたような、逆立った頭髪の後輩は目を開けない。


「ワタセ?」


 ドブネズミも駆け付けてカワネズミの後輩を気にかけた時、


「ふぶばはあっ!! ……あ…?」


「「ワタセ!!」」


 カワネズミとドブネズミは同時に左右からワタセジネズミを抱きしめた。


「えらい、えらいぞワタセ! よくやった」


「おまえおどかすなよびっくりするだろまったくおまえワタセぇ……」


 けたたましい笑い声を背負った興奮気味の濃い顔と、鼻水を押し付けてくる涙顔にワタセジネズミはうろたえながらも、


「ど、どう?」


 唯一真顔でアイに向き合っている年近い背中に声をかけた。オオアシトガリネズミは時間差で振り向き、にやりと片頬を持ち上げる。途端にドブネズミの喜びが平手打ちとなって背中に何度も振り下ろされ、カワネズミの鼻水が水量を上げた。


「これでまたちょっと時間稼ぎになったはずっす」


 オオアシトガリネズミはドブネズミに報告し、ドブネズミも感極まった顔で何度も頷く。そして、


「よし、もう一回だ」


 再び最年少の部隊員を指名した。カワネズミは慌てて立ち上がる。


「ちょっと待ってくださいよ! 少し休ませてくださいって! いくらトガリ兄ちゃんの薬って言ったってワタセにも時間が必要なのに」


「カヤさんたちの方が時間が無い」


「ブッさ…、そんなッ!」


「カワさんおれ、行けます!」


 心配するカワネズミの肩に手を置いて、髪の毛を逆立てたワタセジネズミはふらふらとオオアシトガリネズミのもとに歩いていく。


「ワタセ!!」


 カワネズミの声に片手を振って見せてワタセジネズミはオオアシトガリネズミの横に腰を下ろした。


「まじでいけんの?」


 オオアシトガリネズミがカワネズミをちらりと見遣って小声で聞く。


「今行かないでいつ行くのって言ってたの誰?」


 そんな時ばかりワタセジネズミはまともな文章で答える。


 オオアシトガリネズミはその横顔をじっと見つめて、


「全部片付いたら祝杯?」


 と耳打ちした。


「未成年も飲ませてもらえるの?」


 素っ頓狂に驚いたワタセジネズミにオオアシトガリネズミはきょとんとし、それからふっと吹き出した。


「準備できたか」


 ドブネズミが背後から声をかける。


「おじさん! おじさん」


「無理すんなよ。『うー』忘れんなよ」


 カワネズミの心配性がおろおろする。


「おじさん〜!」


「大丈夫っすよぉ、カワさん」


 オオアシトガリネズミが自信たっぷりに言って、


「そおっすよカワさん!」


 ワタセジネズミが笑顔を見せた。


 全員が同じ場所を見ていた。すでに修復されて何事もなかったかのような顔で電流を通し続ける導線を見つめていた。「頼む」とドブネズミが言ってワタセジネズミから距離を取り、固唾を飲んでその指先に注視した時、


「どういう状況ですか?」


 夜の空気のようにひんやりとした、聞き覚えのある声が背後から投げかけられた。黒い夜の下で真っ青な四つの顔がゆっくりと振り返る。


「おじさん?」


「新しい部隊員を迎えに来るようにと連絡を受けたのですが、」


 自分以外の隊員たちには自動二輪と四輪駆動車に乗らせたまま、いつでも発車できる体制を整えている。腰に置いた手は即座に拳銃を構えられるという牽制か。横たわるタネジネズミとジネズミに首を傾げてからこちらに向き直り、


「どういう状況ですかと聞いているのですが」


 オリイジネズミが目を細めた。


「『おじさん』て…」


 迫りくるオリイジネズミを指していたのか、と遅ればせながらドブネズミたちは騒がしい子どもを見つめる。注目された子どもはきょとんとした後で満面の笑みになり、ドブネズミたちを脱力させた。


「……なんつうか、」


 オオアシトガリネズミが首をすくめ、


「俺らって、こういうの多くないっすかあ?」


「さっきは生産隊だったな」とカワネズミ。


「ブッさん、もっかい助けてくださいよお」


 オオアシトガリネズミがとんでもないことを言い出したものだから、ドブネズミは慌てて睨みつける。


「無理だろ! さっきはカヤさんがいたからで…」


「ブッさぁん」


 言ってるそばからカワネズミまでもが訴えてきた。年下たちから向けられる視線にドブネズミは口籠る。どうする? この場での唯一の年長者としてできる限りのことを探す。


「答えられないような何かやましいことでもあるのですか?」


 言いながらオリイジネズミが歩み寄ってきた。「『やましー』?」と背中の子ども。


「『やましー』ってなにぃ?」


「胸を張れないことだ」


 言ってドブネズミは立ち上がり、おぶい紐を解いて子どもをカワネズミに預けた。


「おじさん?」


「ブッさん?」


 カワネズミが見上げてくる。ここで適切な命令でも与えられたなら、と夢想するが何も浮かばないドブネズミは無言で返すしかない。どこまでいっても自分は自分だ、カヤネズミの代わりは勤まらないしヒミズのようにもなれない。ならば出来ることはただ一つ。


 ドブネズミは腰を低くして構えた。オリイジネズミが立ち止まる。 


「何のつもりですか…」


「こいつらには手を出すなぁ!!」


 叫ぶと同時に踏み出した。


 部隊長相手にどこまでもつかはわからない。だが時間稼ぎくらいにはなるだろう。せめてセスジネズミが開放されるまで、せめてカヤネズミが心残りを解消できるまで、それまででいい。それくらいしか自分にできることはないのだから。それさえ叶えばあとはなるようになれ。あわよくば自分が首謀者として厳罰化される代わりに、他の部隊員たちは脅迫されてやむを得ずとか何とかそんな理由で刑が軽くなれば願ったり叶ったりだ。


「ブッさん!!」


 オリイジネズミの冷ややかな目が見開かれる。背後では後輩たちが悲鳴と火花を散らして…、


「何をしているんですか!!!」


 オリイジネズミが叫んで駆け出しドブネズミとすれ違った。ドブネズミはつんのめりながら立ち止まって振り返る。


「な……」


 呆気に取られるドブネズミの脇を、オリイジネズミ隊の部隊員たちもすり抜けていく。目指す先はワタセジネズミが腰を抜かす横、オオアシトガリネズミが呆気に取られて座り尽くす目の前。カワネズミの悲鳴が辺りを包み込むその中で、


「ぶばぶばぶぶぶぶぶー!」


 例の子どもがワタセジネズミを押し退けて、外壁の中の導線を両手で掴んで感電していた。


 オリイジネズミが叫ぶ。やめさせるようにワタセジネズミたちを叱りつける。カワネズミが首を振りながら拒絶して、オオアシトガリネズミはさっと身を引き、慌てて手を出したワタセジネズミが一緒になって感電し始めて子どもをさらに喜ばせる。オリイジネズミとその部隊員は手も足も出せずに右往左往するばかりだ。どうする? どうする? 考えるまでもなく、


「ゴラアアアアアッ!!!!」


 ドブネズミは子どもに向かって走り出した。

退院しました!!

ようやく「明けたね」と言えそうです♪

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