表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/188

00-123 旧ムクゲネズミ隊【合流】

過去編(その74)です。

「みんな大丈夫?」


 ハツカネズミが振り返って尋ねる。朦朧としたタネジネズミを見つめて、


「駄目です」


 オオアシトガリネズミがげっそりとして答える。


「真面目に返さなくていい、オオアシ」


 同様にやつれた顔でヤチネズミが言い、


「大丈夫そうじゃん」


 ハツカネズミは歯を見せたが、


「どこがだよ!!」


 カヤネズミの憤怒に笑顔を引き攣らせて固まった。


「こンのクソバカ野郎! ヤチ並みじゃなくてヤチだお前も!!」


「どゆこと?」


 死にかけのヤチネズミの質問にも、


(たぐい)(まれ)なる下にも下がいないど底辺の馬鹿って意味だって黙ってろバカ!!」


 カヤネズミの暴力にも似た怒鳴り声が投げつけられる。


「ごめん、カヤ……」


 ハツカネズミは首を竦めて、頭を掻きながら謝るが、


「お前も黙ってろでかいバカ!!」


 カヤネズミの興奮はなかなか冷めない。


「やるならやるって先に言え! 説明、相談、承諾されてから行動って基本じゃね? お前の場合は全ッ部すっ飛ばしてんだよ! 無理心中かと思うだろうが死んだと思ったよっつうか死んだよまじでって俺の寿命返せ!!」


「そんな無理じゃん……」


「って思うならやるなバカ! 子ネズミたち巻き込むなら尚更そいつらの身体と…」


「ハツ、それやめろ」


 ヤチネズミがオオアシトガリネズミの肩に手を置き、片足跳びしながら近づいて来てハツカネズミの腕を持った。そして握った先の物を目にして顔を顰める。


「おいバカ、今はこっちのバカに説教してやってんだからバカは下がって待ってろ」


 カヤネズミの怒りの矛先はヤチネズミにも向けられたが、


「……大丈夫かよ、お前……」


 ヤチネズミは目の前の物を握りしめて悲愴な面持ちで呟いた。

 

 言われてハツカネズミも自分の手を見下ろす。指が木の枝みたいに各々好き勝手な方を向いていた。どの指も爪は完全に失っていて、中指が一番短かったり骨が剥き出た付け根に皮膚と肉がぶら下がっていたり。小指に至っては存在そのものが消失している。ヤチネズミの視線を追って反対側の腕を覗きこむと、そちらに至っては手首から先が無かった。


 十八階から飛び降りて、塔の外壁に爪を立てながら落下速度を調整してきた。自分の身体とそれ以外の体重を二本の腕で支えるのは、さすがに無理があったようだ。しかし、


「大丈夫だよ」


 ハツカネズミは泣きそうな顔のヤチネズミに笑顔を向ける。


「大丈夫だってよ。このバカのバカなんて心配いらないんだってわかったらお前ら俺の話を聞け」


 カヤネズミはまだ怒り狂っている。これ以上は謝っても無駄だと判断し、ハツカネズミは許してもらう努力をやめた。代わりにヤチネズミの不安を拭おうと思ったのだが、


「タネジ?」


 ハツカネズミは唯一自分を非難してこない子ネズミを見遣った。


「おいこら、クソ野郎ども。話してる最中に他所見してんじゃ…」


「……ぇだ、……んませ…」


 タネジネズミが白目を剥いて倒れた。


「タネズミ?」


 ヤチネズミがタネジネズミに腕と膝で這い寄る。


「おいタネズミ! た…」


「寝ましたね」


 オオアシトガリネズミが淡々と答えた。


「ね……?」


「タネジさんたちって時々突然寝るんすよぉ。心配しなくてもそのうちいきなり起きるんで」


 部隊員の薬の特性をまだ十分に把握しきれていなかったのだろう。ヤチネズミは「でも……」などと言いながら、冷めた口調のオオアシトガリネズミと、先までの威勢を塔の上階に置いてきたかのようにぐったりとしたタネジネズミを見比べた。


「……まあ、あの恐怖を眠気で味わわなくて済んだってんならタネジは幸せかもな」


 カヤネズミがため息まじりにぼやく。あ、落ち着いたんだ、とその顔を横目で見た時、


「ハツさあ~ん!!」


 どこからか自分を呼ぶ声が響いて、ハツカネズミは全身を使って振り返った。他の面々も彼方から駆け寄って来る影に目を凝らし、


「……カワ?」


「ハツさん!!」


 涙と鼻水まみれの小汚い顔でカワネズミが抱きついていた。


「カワ久しぶり、って俺はさっき見たけど…」


「ハツさん、カヤさ~ん」


 泣きながらカワネズミは上官たちの名を呼んではハツカネズミに縋りつく。


「俺は無視かよ…」


 ヤチネズミが白い目でぼやきかけたが、何かを思い出したように口を噤んで顔を背けた。


「どしたの、カワ? 他のみんなは?」


「セージは?」


 ハツカネズミとカヤネズミが交互に尋ねる。カワネズミは顔面をくしゃくしゃにしながら鼻水を啜りあげ、吸い込んだその直後から鼻水をちょろりと覗かせつつ、


「ヤマネ……、走ってっちゃってブッさんも行っちゃって、子ども…、追っかけてってワタセは動けないしジッちゃん寝ちゃうし…」


「ごめんカワ、何言ってんの?」


 ハツカネズミが真顔で当然の質問をした横で、


「ヤマネが他の連中置いてセージんとこ突っ走ってって、ブッチーははぐれた子どもを追っかけてるからお前らは熟睡中のジッちゃんと留守番ってことだな?」


 カヤネズミだけはカワネズミの言葉を理解したらしい。力強く頷くカワネズミに対して、「『子ども』って?」とハツカネズミは尋ねたが、


「ヤマネさんは処刑室の場所、知ってるんすか?」


 オオアシトガリネズミがしゃしゃり出てきた。ハツカネズミは手首から先を失った腕の腹で頭を掻きながら、


「っていうか『子ども』って…」


 もう一度質問しかけたが、


「知らないだろうな」

 

 カヤネズミが後輩の懸念に即答する。


「どうせ何にも考えないで突っ走ってったんだろ。ブッチーじゃ止められなかったか」


「よくわかんないけど、」

 

 ハツカネズミは腕を下ろしてカヤネズミに向き直り、


「みんなばらばらってこと?」


「一言で言えば」


 カワネズミが頷いた時、


「がーやざーん゛!!」


 野太い声が目の前を過ぎ去ってカヤネズミに抱きついた。


「ブッさ…!」


「がやざんよかっだばだいぎで…」


「落ち着けブッチー」


 むさ苦しいドブネズミの抱擁を、心底うざったいと言わんばかりにカヤネズミは必死に拒む。俺もあれやられたらやだな、とハツカネズミは思いつつ、ドブネズミの背中に括り付けられている見慣れない子どもに気付いた。目が合い微笑みかけると、子どもは顔いっぱいに白い歯を見せてきた。ハツカネズミも負けじと口を横に開いて顔を突き出す。子どもはに堪えきれなかったと言わんばかりに手足をばたつかせて、今度は全身を使って嬉しさを表現した。ハツカネズミは生えかけのまばらな指しかない手首で子どもの頭をくしゃくしゃに撫で下ろしながら、


「で、誰?」


 誰にともなく尋ねる。


「ヤマネが拾ってきた治験体の子ども」


 貞腐れたように目を伏せたまま答えたヤチネズミと子どもを交互に見たが、


「ハツさん~……」


 別方向からまた名を呼ばれた。ワタセジネズミだ。少し離れた砂の上からこちらを恨めしそうに見上げている。


「ワタセ」


 ハツカネズミはカワネズミを引き離してワタセジネズミに駆け寄った。少し離れたところには、ひどい格好のまま眠りこけたジネズミ。


「すんません、力尽きちゃって」


 ワタセジネズミが上目遣いで申し訳なさげに肩を竦めた。


「投げんなよ」


 カヤネズミがドブネズミを睨み上げて、


「すんません、つい……」


 巨体を縮めてドブネズミが、子ネズミたちにでなく先輩に頭を下げた。


「ひとまず集まりましたねえ」


 オオアシトガリネズミが部外者ぶってへらへらと笑う。


「ヤマネともう片っぽの子ども以外はな」


 相変わらず斜め下を見つめて答えたヤチネズミに、


「あっちの無愛想はヤマネについていきました」


 ドブネズミが言った。


「まだいるの?」


 ハツカネズミは目を丸くして驚いたが、


「あいつらは置いておいてセージが先じゃね?」


 ヤチネズミが腰を上げる。しかし、


「そこのデカいバカのおかげであと十分は余裕がある」


 カヤネズミが腕を組んだままハツカネズミを顎で指した。


「セージの余裕って?」


 ワタセジネズミとジネズミを抱えあげながらハツカネズミはカヤネズミに尋ねると、オオアシトガリネズミが代わりに答えた。オオアシトガリネズミたちが施したアイの足止めの話を聞いていたヤチネズミは目を見開き、おもむろにその肩に掴みかかる。ハツカネズミもワタセジネズミたちをカワネズミに押しつけてオオアシトガリネズミに詰め寄る。


「ちょっと待て! それって今、塔ならどこでも時計が行ったり来たりしてるってことか!?」


「時計の『()が』行ったり来たりだ」


 ヤチネズミの言葉足らずをすかさず訂正したカヤネズミの足元で、


「ヤチ先輩の想像してるので多分合ってます」


 オオアシトガリネズミが頷いた。血みどろの顔から血の気が引く。真っ青になったヤチネズミはオオアシトガリネズミの両肩を握りしめて揺さぶる。


「今すぐそれ戻せ」


 驚いたのはカヤネズミだ。「おいバカ!」と駆け寄るが、


「頼むオオアシ、今すぐアイを元に戻してくれ!」


「やめろって…」


「アイを戻してくれ!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ