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00-121 カヤネズミ【確信】

過去編(その72)です。

「アイお前、……そんな顔してたのか」


 背中のヤチネズミが同じ結論を呟いた。ヤチネズミに語りかけられた女の虚像が小首を傾げて微笑む。


 ハツカネズミは頭を掻く。片手では足りず両手で側頭部から塔両部を掻き毟り、ヤチネズミの潰れた声に、思わず同室を床に落としていたことに気が付いた。


「ごめんヤチ。え…、でもこれって……、え? かや…」


「あーすがすがしい!! 三日ぶりの快便並みだって!!」


 カヤネズミが早口でまくしたてた。ハツカネズミとヤチネズミはぎょっとして口を噤む。


「非常に下品な言い回しです。カヤネズミは言葉遣いを正しましょう」


「お前が俺たちの扱いを正してから言え! クソ女!!」


「カヤ?」


 ヤチネズミが困惑してカヤネズミを見上げた。


「カヤ……、あれってアイなの?」


 ハツカネズミもカヤネズミに尋ねる。透けた女を睨みつけながらカヤネズミは口角を持ち上げて、「他に何があるって」と言った。


「なあアイちゃん、最後に一つだけ知りたいんだけど」


 身体だけでなく、声も震わせながら笑顔で虚像に声をかける。


「はい、何なりと。ネズミの皆さんには知る権利が与えられます」


 アイの声で微笑む女は、その表情とは裏腹に電気を集中させている。視界のそこかしこで弾ける静電気の動きからハツカネズミが身構えていると、女に負けず劣らずの笑みを張りつけたカヤネズミが深呼吸した。そして、


「子どもって誰が作るの?」


 ハツカネズミとヤチネズミは間抜けな質問に虚をつかれて固まった。


「………カヤ? やっぱ酔ってる?」


 ヤチネズミがようやく絞り出すように言った。しかしカヤネズミは見向きもしない。ヤチネズミもその返答を待たずに、


「子どもって子ども? 子どもはアイが作るんだよ。常識じゃね?」


「常識だね」


 ハツカネズミも同意して頷く。


「っていうか塔の物は全部、アイが作ってるんじゃないの?」


 ハツカネズミはヤチネズミの回答を補足した。

 カヤネズミがそんなことを知らないはずがない。ヤチネズミが言うようにカヤネズミは酔っているのかもしれない、とハツカネズミも思い始める。いや、酔っているのだきっと、と納得した。しかし、


「違うよねぇ? アイちゃん。ちゃんと答えろよ。俺らには『知る権利』があるんだろ?」


 泥酔したカヤネズミは引き下がらない。ハツカネズミは項を掻く。とりあえず走れないヤチネズミと訳がわからないカヤネズミを抱えてアイを出し抜いて、と逃走経路を探し始めた時、


「はい。アイがなくても子どもは作れます」


 予想外のアイの言葉に女の虚像を二度見した。


「え………?」


 とヤチネズミも呆気に取られている。その中でカヤネズミだけが、「やっぱりな。やっぱりそうか」と声を震わせた。


「やっとわかったよ! ネズミ(おれら)が地階にいた理由、地上(そと)に出された理由、お前が俺らにはその顔を一切見せなかった理由ッ!!」


 虚像に唾を飛ばしながら噛みつかんばかりに睨みを利かせるカヤネズミを、変わらない微笑みのまま女が見下ろす。カヤネズミが言葉を句切るのを待ってから女は、


「顔色が優れませんね、カヤネズミ。何かありましたか?」


「ありまくりだって!!」


「カヤネズミは何を……、な、なに、…な、なななななななな……」


 女の虚像と音声がぶれ始めた。


「アイ?」とヤチネズミ。


「え? え、なに?」


 ハツカネズミもいまだかつて聞いたことのない不穏な故障にたじろぐが、


「タネジ来い!!」


 ハツカネズミとヤチネズミの動揺をよそにカヤネズミが叫ぶ。待っていたとばかりにオオアシトガリネズミをおぶったタネジネズミがどこからか飛び出てきた。さらなるネズミの増加に上階の連中の悲鳴が再び強まる。


「タネジ? オオアシ?」


 ハツカネズミは思いがけない顔に驚いたが、


「おいバカ! そこのバカ持て」


 動揺する時間も許さないカヤネズミに、叱られるように指示されて慌てて従う。


「いだ! は、ハツ! あし!」


「ごめんヤチ」


 同室の同輩がうるさかったが、隣室の同輩に従った方がいい気がしてハツカネズミはカヤネズミを見遣った。その視線を受け取ってカヤネズミが、


「時間が無い。とりあえず今はセージだ」


「ハツさん、こっちです!」


 前方でタネジネズミが叫ぶ。周囲は壊れたアイの音声と上階の連中の喧騒で騒然としている。


「どこ行くの?」


 ハツカネズミは尋ねた。


「一階だって。降りるんだよ」


 鬼の形相でカヤネズミが答える。


「また昇降機?」


 半べそ気味にヤチネズミが縮みあがり、


「階段だよ!」


 タネジネズミが上官に向かって怒鳴り散らした。


「降りればいいの?」


 ハツカネズミは前を走るカヤネズミにさらに尋ねる。


「当たり前だろ! 忘れたか? セージだ。アイが止まってる今しか時間が無いんだって!」


「地上ってどっち?」


 ハツカネズミは背中でもぞもぞしているヤチネズミを片手で掴んで、小脇に抱えながらなおも尋ねる。ヤチネズミは怯えた顔で首を横に振っている。


「ここからなら十時の方向ですけど階段は中央よりっすからこっちです」


 タネジネズミに負ぶわれているオオアシトガリネズミが答えてくれた。


「左手だね?」


 言いながらハツカネズミは前を走るカヤネズミの襟首を掴んで、ヤチネズミに重ねるようにして抱える。「ぐえ」と潰れた音がした。


「ハツさん?」


 振り返ったオオアシトガリネズミをタネジネズミごと担ぎあげ、方向転換して左手を目指した。


「やめ…、ハツ! 頼むから!!」


「おいバカ、離せ! どこ行くんだって…」


「ハツさん!?」


 喚く同輩たちとタネジネズミを無視してハツカネズミは一番の重症者を見下ろした。


「ごめんね、オオアシ。脚痛いよね? 我慢してね」


「は……?」と言いかけたオオアシトガリネズミの顔はすぐに青ざめた。


 ハツカネズミは頭突きでもって壁を突き破る。飛び散る破片が抱えた面々に直撃する。カヤネズミの怒号、ヤチネズミの泣き言、タネジネズミの悲鳴、オオアシトガリネズミの絶句。全部まとめて振り切ってハツカネズミは地上への最短距離を駆け抜ける。何枚目かの壁を突き破った時、床が消失し明かりが途絶えて、地上の射すような空気と夜の闇に全身が包まれた。


「おぃい! い、行き止まりだぞ」


「何やってんだよ! クソバカごみくずの…」


「タネジさん大丈夫っすか?」


 久しぶりの月を見つけてハツカネズミはほっと白い息を吐く。それから両脇を見下ろし、


「みんなどっかに掴まって」


「はぃぃい!?」


「なんすか? なんなんすかあ?」


「俺も両手使いたいからさ。どっか掴んでてよ」


「どっかってどこだよ!!」


「おれ死ぬ、おれもう死ぬ……」


「上着でも腕でもどこでもいいよ。あ、脚は着地する時に邪魔かな?」


「お前誰だよ、何言ってんだよ、ちゃんとわかる言葉しゃべれ…」


「おいくそネズミ! これで全滅したら許さねえからな! 死ぬまで殺してやるから覚悟しろバカ!」


「もうしぬ、もうだめだ、しぬ、しん…」


「タネジさん、気をしっかり!」


「いくよ」


 ハツカネズミは地面を目指して夜の中に足を踏み出した。


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