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00-120 ハツカネズミ【予感】

過去(その71)です。

「な、なんすか? ハツさんがどしたんすか?」


 背後からタネジネズミに質問されるがカヤネズミには答えられない。そもそもカヤネズミ自身が覗き穴の向こうの状況を理解できていない。


「のびたヤチネズミ先輩をハツさんが負ぶって走りまわってます」


 代わりにオオアシトガリネズミが見たままを説明する。しかしタネジネズミも言葉だけで伝えられたあり得ない情報を素直には受け取れない。


「何言ってんだよ、お前…」


「いや、あってる」


 言ってカヤネズミは子ネズミたちに振り返った。タネジネズミが眉をひん曲げて顔を突き出す。

 オオアシトガリネズミの説明が極めて正確であることを、カヤネズミは視覚情報を譲ることでタネジネズミに訴えた。受け取ったタネジネズミの驚嘆の声は、オオアシトガリネズミと共同で口を押さえて消音する。


「な……、どういう状況すか?」


 声を顰めたタネジネズミが改めて質問してきたが、やはりカヤネズミには答えようがない。


「っていうか、あれ(・・)、放置でいいんすか?」


 タネジネズミにさらに尋ねられて、カヤネズミは手の平で目元を覆う。良い訳がないがどうしろというのだ。


「っていうかあ、急いだ方がいいと思うんすけどお……」


 オオアシトガリネズミも反対側から意見してくる。それはそうだ、時間稼ぎと言っても制限付きだ。何よりもセスジネズミの元に急ぐべきなのだが、


「でもあの組み合わせって放っておいたら何しでかすか…」


「ああそおだよなあばかヤチ(あいつ)を行かせた俺の責任だよなあ!!」


 タネジネズミがびくりとして口を噤み、オオアシトガリネズミが「あちゃあ……」と肩を竦めた。


「タネジぃ!」


「はい!」


「もう体力回復したよな? こいつもっかいおぶれるよな?」


 有無を言わさず頷かせる。


「オオアシ!」


「………はい」


 オオアシトガリネズミは目も合わせずに服従を示した。


 カヤネズミは深呼吸する。少しでも苛立ちを静めようと笑える部分を探してみる。が、何も見つからない。なんにもないって、と笑えない状況を笑ってから小さな扉を蹴り開けた。



* * * *



「ハツカネズミは止まってください。ここはあなたのいる場所ではありません」


「だからここ何階?」


「ハツカネズミは地下五二階に向かってください。出来ますか? アイがお手伝いしましょうか」


「行かないしいらないって。じゃなくてここ何階!?」


 ハツカネズミは出口を探して走りまわる。周囲の男女が逃げ回る。見たことも無い景色にハツカネズミ混乱し、体験したことのない暖かさに汗腺が反応して水分を噴出していた。


 違和感に振り返るとヤチネズミが引っ張られていた。慌ててハツカネズミはアイからヤチネズミを奪い返す。


「ネズミだ!」


「なんでこんなところに?」


「やだ汚い……」


「アイ、早く捕まえて!」


 アイの警報音に紛れて浴びせられる罵声と悲鳴。圧縮空気とは異なる、目に見える妨害の数々も頭の上から降って来る。茶碗に土鍋に家具の類。痛くはないけれども視界を遮られるのは厄介だ。ヤチネズミにも当たっているかもしれないが死ぬことは無いだろうから引き続き我慢してもらうことにする。片手でヤチネズミを背中に担ぎ、片手で視界の障害物を払いのけながらハツカネズミは周囲を見回す。探しても見つからない出口の代わりに飛び込んでくるのは、好奇と畏怖嫌厭の視線の数々。どうやら自分は、自分たちネズミは、上階の者たちに相当嫌われているらしい。汚れとも捉えられているようだ、同じ塔に住む者なのに。


「ハツカネズミは止まってください」


「だからいやだって!」


 何度断わっても纏わりついて来るアイに怒鳴り返しながらハツカネズミは強行突破を試みた。あの壁辺りが丁度いい。このまま突っ込もう、とした時、


「ハツッ!!」


 呼ばれて立ち止まり振り返ると、


「カヤ!?」


 木々が立ち並ぶ草の群れの陰からカヤネズミが顔を出した。しかし、


「カヤネズミを発見しました。直ちに収監します」


 すかさずアイに見つかって、死刑囚は土が敷き詰められた床に押し付けられている。


「カヤ!!」


 ハツカネズミは方向転換してカヤネズミを目指した。再び沸き起こる悲鳴の合唱。


「カヤなんでここに? っていうかここどこ?」


「じ……、じゅうは、ちか…」


 圧縮空気に覆いかぶされたカヤネズミが答えて、ハツカネズミは驚嘆した。素っ頓狂な声を上げて半歩退く。十八階? なんで十八階!?


「非常口がないはずだよ」


「……じゃ、なく…て……」


 カヤネズミが歯を食いしばりながら腕を持ち上げ何かを指差す。ハツカネズミはカヤネズミの指示通りに直近の支柱を破壊した。途端にカヤネズミが飛び起きる。


「おいバカ! どこほっつき歩いてんだよ!!」


「だって……」


「ヤチ並みのバカだなお前も! って背中のバカは?」


「気絶中」


「なんで!」


「アイが離してくれなくて。圧縮空気の中で酸欠しちゃったみたい。ちゃんと息止めてって言ったのに」


 言いながらハツカネズミはすまなそうに耳の後ろを掻く。カヤネズミが何か言いたげに唇を戦慄かせた後でがっくりと項垂れた。


「ここは保管体の居住階です。ネズミの皆さんは速やかに退出してください」


 アイが再三の忠告を繰り返す。掃除機や介助機なども集まり始めてハツカネズミたちはアイの包囲網の中で孤立する。


「止まったらこれだよ……」


 ハツカネズミはうんざりして息を吐いた。


「あと少しの辛抱だ」


 カヤネズミが意味深なことを言う。


「あと少しって?」


「その前に」


 尋ねたハツカネズミを押し退けて、カヤネズミが木陰から明るい広間に歩み出た。ハツカネズミも首を傾げながら続く。背中にぶら下げていたヤチネズミも目を覚まして「いてぇ」と呟いた。その声にハツカネズミは振り返る。


「おはよう、ヤチ」


「ハツ?」


 呟いたヤチネズミは辺りを見回して我に帰り、腹筋で起き上がるとハツカネズミの肩に手をかけた。


「どこだ? ここ」


「十八階みたいだよ」ハツカネズミが答える。


「じゅ……! おまッ、ハツ! どんだけ上ってんだよ上がり過ぎだ!!」


「そんなこと言ったって…」


「アイちゃん、ちょっと話さない?」


 宙空を見上げるカヤネズミは満面の笑みだ。その仮面の下から怒りが見え隠れしてハツカネズミはまた首を傾げる。その顔を後ろからヤチネズミに掴まれて、ハツカネズミは正面を向かせられた。


「先ほども多くの時間を割きましたが、まだ話し足りませんか? カヤネズミ」


 見上げるような角度で、ハツカネズミとヤチネズミは同じ顔のまま固まる。カヤネズミだけが血管を千切る音を響かせんばかりの形相だ。


「……誰?」


 ヤチネズミが呟く。


「……いい」


 ハツカネズミが言う。


「こんな時にお前…」


 ハツカネズミを見もしないでヤチネズミが呆れると、


「女なら何でもいいじゃん」


 同じくそちらを見向きもしないでハツカネズミが答えた。そのやりとりを半分透けた女が見守るようにして微笑む。


「そういうことかよ。よーくわかった」


 ひとりごちたカヤネズミに、ハツカネズミとヤチネズミが同時に振り向いた。


「何がわかったのですか? カヤネズミ」


 虚像の女がアイの声で言った。ハツカネズミの直感が一つの可能性にたどり着いた時、


「アイお前、……そんな顔してたのか」


 背中のヤチネズミが同じ結論を呟いた。

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