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00-118 タネジネズミ【質問】

過去編(その69)です。

 セスジネズミは固まっていた。何もすることが無いからどこかを動かす必要もない。無駄な動きを省いた結果の姿勢だった。

 処刑台を見つめていた。定刻になったらあの踏み台が外されて、絞首刑にされた後の遺体はそのまま砂中に捨てられると言う。


 意外と地味だな、というのが正直な感想だった。しかし考えてみれば割と理にかなっているとも思う。銃殺は銃弾を消費するし薬殺も薬がもったいない。電気椅子は電気を食うし、転落死も手軽そうだが後始末が大変だ。ならば比較的に簡素で消費熱量も少ない絞首刑は、最も無駄がない方法と言えよう。


「時間です。最期に何か希望されることはありますか?」


 アイに尋ねられる。希望? と少し考えてみて、すぐに考えることをやめた。あと数刻で尽きる命だ。全てが無益ではないだろうか。無駄なことはしない方がいい、セスジネズミの思考はそこに辿り着く。セスジネズミ自身が望む望まないに関わらず、彼の思考は常に無駄のない方を選択をする。


「最期に何か遺言はありますか?」


 遺言、とセスジネズミは考える。何一つ遺せずに直前まで、いや、もしかしたらその瞬間も自分が死ぬと自覚できなかっただろうムクゲネズミを思うと、自分だけ意思を残させてもらうなどおこがましい。


「ムクゲさんには、申し訳ないことをしました」


 尋問以来、必要最低限の自白と証言しかしてこなかったセスジネズミが口にした、最初で最後の思いだった。


「只今の遺言はどなたにお伝えしますか?」


 無粋だな、とセスジネズミは思う。しかし自分も大差無いことに気付いて鼻で笑ってしまった。


「誰にも伝えなくていい」


「刑を施行します。セスジネズミは処刑台まで進んでください。出来ますか? アイがお手伝いしましょうか」


 どこかで聞いた言い回しだな、と思って、検査中だったかもしれない、とセスジネズミは思い出した。


 同室の同輩の中ではいの一番に呼び出され、先輩のヤチネズミさえも追い越したことが嬉しかったのに検査は想像を絶した。薬が合っていたことからムクゲネズミに気に入られて飛び級で副部隊長という役職をもらったけれども、ムクゲネズミの自分に対する態度と他の部隊員への当たりの違いに困惑した。ヒミズやヤマネら同室の面々が入隊しても、ムクゲネズミを止められなかった。ムクゲネズミは自分にだけは優しかったから何を進言しても笑顔でかわされ、上官を咎めることもできない自分に幻滅した。せめて仕事だけはきちんとこなそうと決意したのに結局それさえ叶わなかった。


「セスジネズミは処刑台まで進んでください。出来ますか? アイがお手伝いしましょうか?」


―なんでだよ! セージ!―


―……もういいわ、お前―


 同室たちには悪いことをした。いや、ムクゲネズミ含め、部隊員全員に申し訳が立たない。でもシチロウネズミだけは自分の全てに目を瞑って、塔内にいた時となんら変わらず接してくれた。日は短かったがヤチネズミも。


「セスジネズミを処刑台に運びます」


「自分で歩ける」


 息を吐いてセスジネズミは立ち上がる。


 何を浸っているのだろう。何を思っても全てが手遅れで何一つ変えられないし償えないのに。ならば与えられた罰を全うすることが今の自分に出来る唯一の仕事だろう。


―命令じゃなくて自分で選べ―


 セスジネズミの足が止まる。


 再会直後にヤチネズミにかけられた言葉だ。何の事情も知らないで直情的に動きまわって、シチロウネズミやハツカネズミに迷惑をかけた末に何を言い出すのかと聞き流したものなのになんで今更。


―おつかれさま、セージ―


 シチロウさん。


 セスジネズミは後ずさりする。頭の中では前に進まねばと思うのに、自分に課された義務を全うすることに異論はないのに、身体がそれを拒絶する。


「セスジネズミ? 前に進んでください」


 なんで今更。何を今さら。なんで、なんで、なんで、なんで!


 突然湧き上がってきた感情にセスジネズミ自身が一番信じられなかった。動揺に足がすくむ。暑くも無いのに汗が出る。寒くも無いのに震えが止まらない。


「セスジネズミは…」


「やだ! いやだッ、やだ!!」


 腰が抜けた。尻をついて後ずさりする。やだ、行きたくない。だめだ、行かないと。けど、いや、だめだうごけ。うごかないとむりだ、いやだ、やだ…めだ、けどやだ、やだ!


「セスジネズミをしょ……台にお……」


 アイの声さえ聞き取り難くなってきた。セスジネズミは混乱を極める。恐怖が視野を奪い、両手で頭を抱えてがたがた震えながらその場で蹲る。


「せす……」


 絶叫で遮断した。

 これでは聞きわけの悪い子どもだ、セスジネズミは呆れる。身体は床にへばりつき、声の限りに叫んでいるのに頭のどこかは妙に冷静で無様な自分を嘲笑ってさえいる。


 アイの声が途絶えた。ああ、俺は狂ったのか、とセスジネズミの冷静な部分は思う。聴覚も思考も機能不全だ。強制的に終わらせるまでも無く既に俺は終わっている、と。


「……く…、…お……」


 アイの声が再開した。しかしまだ不明瞭だ。何故なら俺の聴覚が、


「最期に……、な、な…かき……」


 頭を抱えた腕の中でセスジネズミは目を開けた。違和感を覚える。


「最期の……、さい…、……さ、ささささささあーーーー」


 警報音のように途切れることなくアイの声が震えた。セスジネズミは顔を上げる。これも俺の聞き間違いか? と訝った時、ぷつんと音を立ててアイの奇妙な声は途切れた。


 無音。セスジネズミは周囲を見回す。音を立てることも許されないような気がしてその場から動けずにぽつんと座っていると、


「時間です。最期に何か希望されることはありますか?」


「………へ?」



* * * *



「やったか!」


「やりました!」


 カヤネズミとオオアシトガリネズミは互いに向き合い、片手を掲げて固く握りあった。


「さっすがオオちゃん! まじすごすぎるって!!」


 カヤネズミは興奮気味にオオアシトガリネズミを称える。それから真顔に戻って、


「で、どんくらいだ?」


 基盤の中を覗きもうと頭を突き出した。それをかわすようにようにオオアシトガリネズミは上体を反らせ、両手を突いて横に移動し場所を譲る。


「長くても二分弱くらいだと思います」


みじかっ!!」


「そりゃもっと長い方がいいですよ~? でも塔全体の時計ならこれが限界ですよお」


「いっそのこと止めるとか?」


 カヤネズミは基盤に手を突っ込みかけたが、オオアシトガリネズミに腕を掴まれる。


「下手にいじんないでくださいよぉ。やっと設定したのに」


 言い返せなくてカヤネズミは手を引っこめる。


「でも二分じゃ時間稼ぎにもなんない…」


「……と思って細工はしておきました」


 カヤネズミの懸念をオオアシトガリネズミが受け止める。「細工って?」と覗きこんできたカヤネズミにオオアシトガリネズミは基盤を見つめて説明を始める。


「今のアイちゃんは健忘症です、直近二分弱だけですけど。二分経ったら二分前に意識が戻ります。その間の記録はないはずなんで、二分前のことをもう一回やり始めます」


「でも二分だけだろ?」


「その二分を繰り返します」


 カヤネズミは目を丸くして首を突き出す。


「同じ二分間を延々さまよい続ける感じです」


「何回?」


「アイが気付くまで」


「何回目で気付く?」


 オオアシトガリネズミは顎を引いて低く唸ってから、


「十回はもたないと思いますけど…」


「お前、最高!!」


 カヤネズミは頼もしい後輩の背中を叩くと腰を上げた。


「タネジ! 終わったぞ」


 呼びかける声は林立する機械の影に吸い込まれていく。


「タネジ?」


 カヤネズミは周囲を見回すが、どこにもその姿は無い。


「どこ行った? あいつ」


「タネジさんですしそんなに心配要らないと思いますよお?」


 オオアシトガリネズミのもっともな正論に相槌をうちつつ、カヤネズミは後輩を負ぶってやる。


「でも時間もないんだし…」


「カヤさん」


 オオアシトガリネズミを負ぶった背中に声をかけられた。カヤネズミとオオアシトガリネズミはそちらに振り返る。


「どこ行ってたんだよ、お前。近くにいるなら返事しろって…」


「俺らって、」


 自分の注意を最後まで聞かずに、タネジネズミは呆然とした顔で何事かを呟いた。カヤネズミは普段と違い過ぎるその様子に不穏なものを感じ取る。


「どうした?」


 腰を屈めて覗きこんだ顔は蒼白だ。その顔が瞬きもせずに正面から自分を見つめて、


「俺らって、何を守ってるんすか?」


 タネジネズミの質問にカヤネズミは唇を閉じた。


「タネジさん、疲れてますう?」 


 オオアシトガリネズミが不真面目に気遣う。


「精神論語りたくなる奴は大体過労なんすよ。そういう時は腹いっぱい食って寝てってタネジさんはそんなに睡眠必要なかったはずだから…」


 背中越しにオオアシトガリネズミを目だけで咎めて、カヤネズミはタネジネズミをもう一度覗きこむ。


「どうした」


 カヤネズミに尋ねられたタネジネズミは右腕を持ち上げ、部屋の奥を指差した。

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