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00-117 タネジネズミ【好奇心】

過去編(その68)です。

「ジャコウさんのあれ、お前いけるか?」


 カヤネズミに呼びかけられたオオアシトガリネズミはきょとんとして数秒固まっていたが、その意味に気付くと顔を上げ、開いてきた口を固く閉じて頷いた。


「ブッチー」


 カヤネズミは次に、隣を走る巨体に顔を向ける。


「俺とオオアシは一旦離れる。お前はヤマネたちを頼む」


 常に従順で暑苦しいほど自分を慕ってくれる、信頼の置ける後輩はしかし、この時ばかりは即答で拒否の意向を見せた。


「俺はカヤさんのそばにいます」


「ブッチー…」


「嫌です! 絶対離れません!!」


 先を行く子ネズミたちが振り返るほどの大声だった。


「何度言われても駄目です。それだけは聞けません」


 カワネズミやワタセジネズミにちらちらと振り返られる中で、ドブネズミは隠そうともせずに鼻水を啜り上げて鼻声で言う。


「お願いします。せめて今くらい……」


 泣き出してしまった。お前、身体は打たれ強いのに精神面は砂山並みにもろいのな、とカヤネズミは息を吐く。そして息を吸いながら上げた顔は、激怒した時のムクゲネズミのような色のない能面だった。


「甘ったれるな。お前のわがままが通せる場合か」


 カワネズミが息を潜めて振り返る。


「お前以外にいないだろ」


 ドブネズミがぐっと顎を引く。


 カヤネズミは走りながらドブネズミに近づくと背と首を伸ばし、自分より上背のある後輩の耳元に囁いた。


「………はい」


 先輩の耳打ちにドブネズミが俯いたまま、身体に似合わない小さな声で頷いた。


地上(そと)だ! 出てから一階にまわれ!」


 カヤネズミの指示に子ネズミたちが振り返る。その視線を遮るようにドブネズミが前に出た。


「走れ!!」


「「はい!」」


 ドブネズミの野太い大声に子ネズミたちは事情を察し、カヤネズミたちを置いて先を急ぐ。ヤマネが追い抜いていくのを確認してからドブネズミが、


地上(そと)で待ってます」


 涙目の後輩を笑顔で見送ってカヤネズミは立ち止まった。皆から大分遅れてタネジネズミがやって来る。長身のオオアシトガリネズミをおぶる小柄な子ネズミは、風呂上がりかと見紛うほどの汗を流していた。


「か、カヤさ……」


 自分の鈍足が足手まといだったかと申し訳なさげに肩をすくめたタネジネズミは、カヤネズミの微笑みに汗だくの顔を上げる。


「カヤさん…?」


 タネジネズミの傍らをすり抜けて、カヤネズミは腕一杯に抱えていたがらくたを階段にぶちまける。その中から手近な棒を引き抜くと、壁板の隙間に差し込んだ。


「お前の選択、最高!」


 オオアシトガリネズミに目配せしてにやりと片頬を持ち上げると、勢いよく壁板を引き剥がした。狭い非常階段を塞ぐには程よい瓦礫の山の完成だ。


 瓦礫の向こうでたたらを踏んだ生産隊の喚き声を聞きながら、カヤネズミはタネジネズミの背中からオオアシトガリネズミを一度床に下ろした。


「指……、手の爪まだ痛いんじゃないんですか?」


 自分の体力の限界を棚に上げて上官の心配をするタネジネズミの頭を、カヤネズミは手の平で軽く叩いてやる。


「ありがとな、タネジ。こっからは交代だ」


「もっと優しくお願いしますよぉ」


 カヤネズミがおぶろうとした途端にオオアシトガリネズミが騒ぎ出した。


「少しくらい我慢しろって。散々砕けてんだからそれ以上悪化することもないだろ」


「ちょっとぉカヤさ~ん」


 すかさず口を尖らせたオオアシトガリネズミに、「死にはしないって」と軽口で応じながらカヤネズミは踊り場の扉の取っ手に手をかけた。


「タネジ!」 


 呼ばれてタネジネズミははっとする。ジネズミたちが降りていった階下とカヤネズミを見比べて、カヤネズミの方に駆け出した。



「あの……、カヤさんとオオアシって……」


 タネジネズミは身軽になった身体でカヤネズミたちに追い付き尋ねる。オオアシトガリネズミはてっきりシチロウネズミ派だと思っていたし、カヤネズミはドブネズミのものだ。しかし目の前を走る背中は同室かと見間違うほどの仲睦まじさで、部隊内のそういうことには詳しいつもりでいたタネジネズミは少々面食らっている。


「俺らが何?」


 カヤネズミに振り返れてタネジネズミは言い淀む。付き合ってるんですか? とは聞きにくい。


「……なんか、意外な組み合わせだな〜と思って…」


「意外ってなんすかぁ」とオオアシトガリネズミ。


「組み合わせって?」とカヤネズミも眉をひん曲げる。


「だから……、その…」


 タネジネズミは視線を泳がせながら、


「どういう関係なのかなぁ〜……って」


部屋の先輩(ほごしゃ)同士が仲良かったんだよ」


 カヤネズミが平然と答えた。


「うちのクマネズミとこいつんとこのジャコウネズミさんが仲良くって。俺とブッチーはしょっちゅうこいつんとこに連れてかれてたんだって」


「マッさんはジャコウさんを笑わせられる唯一のネズミでした」


 オオアシトガリネズミも言う。


「俺のアイに関する知識はだいたい全部ジャコウさん仕込みだよな」


「俺の方がアイを使いこなせますよお。仕込まれた時間なら俺の方が長いです」


「でもおんなじように教わったのにブッチーだけは覚えが悪くてさ」


「そんな言い方したらブッさんかわいそうじゃないですかぁ。向き不向きですってば」


「いーや! あれは逃げだって。『話についていけない』っつって途中で投げ出したじゃん」


「そう言えばブッさんが俺に厳しいのってなんでですかねぇ〜」


 それはお前とカヤさんの仲に嫉妬しているからだろう、とタネジネズミはこっそり突っ込む。そしてオオアシトガリネズミはそのこと気づいている、とも確信する。こいつ本気で性格悪いな、などと思いながら、


「なんで二手に別れたんですか?」


 楽しげに思い出話に花を咲かせるカヤネズミたちの会話を遮った。カヤネズミとオオアシトガリネズミは揃って口を閉じて顔を見合わせ、それから同時にしたり顔を向けてきた。


「ジャコウさんってまじで凄くてさ、塔の見取り図まで作っちゃったんだよ」


 カヤネズミが含みを持たせた言い方をすると、


「ブッさんもそこまでは参加してたんで、地上(そと)までの経路はわかってるはずです」


 オオアシトガリネズミが補足する。


「そん時に面白いものも見つけちゃったんだって」


 カヤネズミが楽しげに言って、背後のオオアシトガリネズミと示し合せたようにほくそ笑むと、「お?」と言って立ち止まった。


「ここじゃね?」


「ここっすね」


「何がっすか?」


 答えられる前にタネジネズミは腕を引かれ、暗がりの中に引きこまれた。



* * * *



 タネジネズミは部屋の中をうろうろしながら辺りを見回す。見慣れない機械、機械、機械。見上げてばかりいて足元が疎かになっていたら、「踏むな!」とカヤネズミに怒鳴られたから、今度は足元にも注意するようにした。言われてみれば壁と天井だけでなく、床も一面に導線が張り巡らされている。太さも質感も様々な無数の管が折り重なって不規則に、しかしそのどれもが明確な接続先に向かって走っていた。全てに電気が流れているのだろう、踏みはせずとも靴裏でそっと触れてみた管は微かに熱を帯びていた。タネジネズミにはそれが脈動のように感じて慌てて足を引き上げる。自分の手の甲のうっすらと青みがかった血管と見比べ、その類似性に唾を飲み込んだ。


「これじゃね?」


 カヤネズミがオオアシトガリネズミに声をかけた。


「俺の記憶だとこっちだと思うんすけどお……」


 オオアシトガリネズミは床に腰を下ろして壁に腕を突っ込んでいる。


 自分に出来ることは何も無いから、やはりタネジネズミは部屋の中を徘徊する以外にない。



 生産隊を撒いてカヤネズミたちに連れられて向かった先は、塔の中央部にほど近い場所だった。『きかん室』とカヤネズミは言っていた。『機関室』か『器官室』か。タネジネズミが質問しようとした時にはカヤネズミたちは既に作業に取り掛かっていたし、口を挟むのも手を貸すのも邪魔になりそうだったから、黙ってこうして見学している。


「カヤさーん!」 


 オオアシトガリネズミが声を張り上げて、カヤネズミが駆けつける。専門用語を連呼する二つの背中を横目に、タネジネズミはさらに奥へ奥へと進んでみた。


 各階にあるらしい。どこかが地震か何かで崩れても、こうして何らかの災害(・・)によって停電が起こされても、全ての階で独立した電気系統があれば損害は最小限に留められるからだ。同じ階でもあっちとこっちで部分停電や再起動を行っていたアイを思えば、もしかしたらカヤネズミたちも知らないだけで、網状組織はもっともっと細分化されているのではないかとタネジネズミは想像する。


「これだと思うんすけどぉ」


「ここだけじゃ意味無いって」


「塔全体ってことすか?」


「できればっていうかやってくれ」


「カヤさんも考えてくださいよぉ~」


「俺よりも得意だって豪語してたのはどこのどいつだよ」


「うーわ~、なすりつけぇ~」


「違うって。お前を信じてるって言ってんだって」


「うーわ~、丸投げぇ~」


 いちゃつく会話に背を向けて、細心の注意を払いながら足を進めたタネジネズミは小さな扉を見つけた。子どもさえも立って通るのは難しそうな、屈めば辛うじて細身の奴が通ることができそうな扉。部屋中に乱立する機械にも同じような扉はあったし、この部屋に自分たちみたいな者も入り込んでいることを加味すれば、何ら不思議なことではない。アイ自身でも復旧が難しそうな不具合は、誰かがこうして中に入り込んで操作することもあるだろう。しかしタネジネズミたちが侵入した扉は後方だ。普通の大きさの扉だった。これほど小さく、目立たないことを目的としたような扉の作りにタネジネズミの興味は引かれる。案の定、施錠されていたが腰帯の金具で螺子を捻り、取っ手を解体して中を覗いていたら割りと簡単に解錠した。


 開いちゃった……。


 タネジネズミは迷う。開けたからには捻りたい。だが開けた途端にアイに見つかる可能性は十分ある。ここまで生産隊を撒いてアイに見つからないように移動してきたのに、自分の軽率な行動でカヤネズミたちの努力を潰すことは避けるべきだ。


 でも見たい。


 散々逡巡した後でタネジネズミは名案を思いついた。開けなければいいのだ。もう少しだけ中をいじって覗き穴を開ければ外の様子が窺えるだろう、と。取るに足らない、むしろ普段のタネジネズミならば素通りするような好奇心だったが、時間を持て余していたその時だけは格好の暇潰しとなった。

 タネジネズミは取っ手の中を嬉々としていじる。カヤネズミやオオアシトガリネズミのようなことは出来なくても、これくらいなら俺だって、と粋がった部分があったかもしれない。見事中芯を抜いて鍵穴を注意深く広げると、向こう側から射しこむ光の束が太くなった。タネジネズミは自分が穿った穴を覗きこむ。


 何が見えると思っていただろうか、タネジネズミにもわからない。何かを予測していた? いや、何も考えていなかったというのが正しい。


 暇潰しで始めた、取るに足らない好奇心に持ち上がっていた口角は徐々に下がり、連動するように下顎も重力に引かれていく。アイに気付かれないように、生産隊に居場所を見つけられないようにと静かさを保っていた呼吸の音が激しくなっていって、タネジネズミはその場で固まった。

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