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00-113 ハツカネズミ【ばか○○】

過去編(その64)です。

―死ぬべきなんだよ、こいつらは―


―ハタさんはこの件に関してだけは間違っていたと言いたい―


「アカ………」


「わかってるよ、トガちゃんの頼みだろ? わかってるって。でも思っちゃったんだから仕方ないじゃん」


「アカ、」


「だってシチロウが死んだのだってあいつのせいって聞いて」


 『あいつ』。


「なんでシチロウが死ぬんだよって、なんでシチロウが死ななきゃいけなかったんだよって、だったらヤッちゃんが死ねばよかったのにって思ってきちゃって」


 ヤチネズミはその場で腰を落とした。


 何故気付けなかったのだろう、アカネズミが自分に対して抱え込んでいた気持ちを。何故わからなかったのだろう、ハツカネズミの笑顔の下の顔を。シチロウネズミはどんな思いで自分の傍らにいてくれていたのだろう。ヒミズは何故、あんな言葉を遺していったのだろう。トガリネズミはどんな思いで自分を見ていたのだろう。そういえばアズミトガリネズミの本音も言われるまで知らなかった。そうだ、今に始まったことではない。いつだって誰に対してもそうだった。昔からだ。カヤネズミの言うとおりだ。


 俺がずっと間違っていた。



「シチロウ死ぬ時ね、」


 一通りまくしたてた後で呼吸を整えていたアカネズミに向かって、ハツカネズミが語り始めた。ヤチネズミはアカネズミと同時に視線を少しだけ上げる。


「ヤチに謝ってた」


―ごめん、ヤチ―


 言っていた。だがヤチネズミはいまだにそれが何に対しての謝罪なのかわからずにいる。


「俺もそばにいたのに、俺じゃなくてヤチに最期に声かけてた。なんでかな」


「知らないよ」


 アカネズミが不貞腐れたように言う。


「だよね、俺もわかんない。教えてほしい」


 ハツカネズミが俯いて苦笑する。それから、


「でもね、」


 床の一点を見つめて泣きそうな顔になりながら、


「シチロウ、笑ってた」


 アカネズミが怪訝そうな顔を向ける。


「……死ぬ時に?」


「その時じゃない」


 ハツカネズミは慌てて否定して、


「ヤチと一緒にいる時」


 言い直した。


「それはいつものことじゃん。シチロウはヤッちゃんを笑わせるために…」


「違うんだよ。そうじゃなくて、」


 アカネズミの言葉を遮るようにして、ハツカネズミは身を乗り出す。


「俺を止めに来た時に、シチロウ笑ってたんだって」


 アカネズミが怪訝そうな顔のまま唇を閉じた。


「アカは知らないだろうけど、俺らのところの部隊長だったムクゲってごみでさ、部隊内の子ネズミたちに権力振りかざしてやりたい放題してたんだよね」


「え……?」

 

 と言ってアカネズミが固まる。


「地下掃除でも難癖つけて上手くいっても失敗しても体罰だ何だって殴る蹴るの好き放題で、上手く行かないように掃除の方法に条件つけてきたりしてて。俺はハタネズミさんの薬も入ってるじゃん? トガちゃんのも。だからあいつ、俺には精神的に攻めてきて」


「精神的?」とアカネズミ。


「うん。俺が失敗したら俺の代わりに子ネズミたちに体罰するの」


 アカネズミが目に見えて動揺する。


「ヤマネとかタネジ……、同じ部隊の子ネズミなんだけどとにかく誰でもよかったみたい。だから俺は失敗しないように掃除して、でも何だかんだ因縁つけてきて、シチロウやカヤが子ネズミたち庇って、っていうのがムクゲネズミ隊だった」


「ムクゲさんが……?」


 アカネズミは目を見張り、どこかを見つめて思案顔になる。


 ヤチネズミは腰を下ろしたまま項垂れる。その状況を許せなかった。何とかしたいと足掻いた。結果、事態は打開されたが状況は凄惨を極めた。良かれと思ってしたことだったはずなのに残ったのは後悔と被害だけだった。あれに関しても自分は間違っていたのだろう。自分が出しゃばらなければムクゲネズミの蛮行は今も続いていたかもしれないが、少なくともシチロウネズミたちが死ぬこともなかったのだろう。


「そんな部隊だったから、みんな委縮して暗い顔で。地下の連中よりも自分のとこの部隊長に一番警戒してて、」


 ハツカネズミは失笑する。笑うところではないのに。やはりハツカネズミは感情と記憶が壊れているのだろうか、とヤチネズミはぼんやり思ったりする。


「シチロウも全然笑わなくって、俺が話しかけてもびくっとすることとかあって」


 それはハツカネズミの掃除方法のせいだ、とヤチネズミは心中呟く。シチロウネズミが言っていた、ハツが怖い、と。


「なのにそのシチロウがだよ? ヤチが来てから笑うようになったんだよ!」


 ハツカネズミは身を乗り出すだけでは抑えきれず、足も踏み出してアカネズミに告げた。


「あの隊に入ってからずっと暗い顔して全然笑わなくなっていっつもびくついてばっかりだったシチロウが、ヤチが来てから笑ってたんだよ。冗談言ってちゃらけて子ネズミたちの前でもしゃんとして。

 本当にびっくりした。俺がどんなに頑張って掃除しても、どんなにムクゲに反抗してもずっと下ばっかり向いてたシチロウが笑ってたんだもん」


 ハツカネズミはまるでアイに昨日のことを報告する子ネズミのように、嬉しそうに目を輝かせて興奮気味に思い出話を続ける。


「嬉しくて、シチロウが元気になってくれて舞い上がっちゃって。一緒にムクゲを出し抜こうっていうヤチの計画に乗ったんだけど、」


 そこでハツカネズミは下を向き、


「ネコが出た」


 非常灯のか細い明かりしかない薄暗闇の中でハツカネズミは俯く。一段と明度が落ちたかのように暗くなる。


「もうほんと、何この運の悪さって笑っちゃった。俺たちを何が何でも失敗させるためにムクゲがネコを呼んだのかなって本気で思ったりして」


「それはないだろ」


 真面目にアカネズミが否定する。


「それはないよね、さすがに」


 ハツカネズミも頷いた。


「でも、だから何が言いたいかって言うと、ヤチってそういうとこあるじゃん? 何て言うか、何て言うんだろう……」


 ハツカネズミは言葉が見つけられないのか、がしがしと頭を掻く。アカネズミは辛抱強く待っていたが、やがて待ちくたびれたのだろう。


「……周りを笑わせる?」


「みたいな!」


 ハツカネズミがぱっと顔を上げた。


「ヤチは確かに腹立つよ。アカの言うとおりわがままだし怒りの沸点氷点下だしすぐ泣くし面倒臭い。自分の落ち度を認めないし怒鳴るし暴力的だし後先考えないし意思疎通ができないし正直言って褒める点を見つける方が難しい」


 今のハツカネズミはおそらく演技中ではない。その証拠にヤチネズミの知るハツカネズミと違って驚くほど流暢な早口だ。本心だ。自分に向けられたアカネズミの感情も苦しかったがこれはこれで傷つく。ヤチネズミは膝を抱えて蹲る。


「でもそれでこそヤチじゃん!」


 ハツカネズミの明るい声にヤチネズミは少しだけ顔を上げる。


「ヤチの悪いところなんて数え上げればきりないけどいいところも無くはないじゃん、多くはないけど。でもそのおかげで俺たち結束してたと思わない? ヤチをアイに渡さないってトガちゃんが言ってからずっとみんなで隠してきたけど、秘密を守るって楽しかった部分もあったじゃん。ヒミズたちに気付かれないように先回りしたり、アイに治験体認定されないように裏工作したり、上手くいったら目配せして喜んで、上手くいかなかったときは取り繕って走りまわって。


 大変じゃなかったって言ったら嘘になるよ。めちゃくちゃ大変だった。俺もしんどかった。アカにはもっと嫌な思いさせてたかもしれない、ごめんね。でも楽しくなかった? 少しも? 一回も? 俺は楽しかったよ。大変だったけど嫌なこともむっちゃくちゃあったけどトガちゃんに怒鳴り散らしたこともあったけどでも、うちの部屋って濃かったと思わない?」


 アカネズミは唇を固く結んで俯いている。


「性格悪くても仕事できなくてもそれを助けるのって、苦労だけど嬉しくもない?」


 肯定も否定も返ってこない。ハツカネズミはさらに前に踏み出し、


「俺はヤチが同室で良かったと思うよ」


 白い歯を見せた。



 誰だよ、お前。ヤチネズミは両手で目元を覆った。ハツ、お前バカだろ。絶対そうだ、究極のバカだ。


 そして何なんだよ、俺。どんだけ迷惑かけてきたんだよ、どんだけ大荷物なんだよ。迷惑かけることが存在意義って、それを補填してもらってたことに気付かないって。かけられる迷惑が喜びって、何だよそれ。バカだよ俺。ごみじゃん、いらなくね? 不要だよ。アカが正しいよ。俺が死ねばよかったのに、なのにハツ、


―ヤチにはまだある―


 激しく同意する。涙を拭いながら何度も何度も頷く。ハタネズミは正しかった。しかし、


―反対の見解も持つようにしろ―


 アカネズミも間違っていない。


「ハツはいい奴だよね」


 俯いたままのアカネズミが呟いた。ハツカネズミは「え?」と戸惑う。


「助ける喜びって」


 言いながら小さく笑い、


「俺には無いわ」


 真顔を上げた。


「アカ……」


「確かに楽しかったよ、トガちゃんがいた頃は。シチロウとハツとみんなでヤッちゃんのやらかしを尻拭いして『ばれなかった~』ってみんなで成功を喜んで。


 でもトガちゃんもシチロウもいたからできたことだよ。手が足りまくってたんだよ。みんなでやってたから上手くいってたし負担も少なかったんじゃん。

 けどトガちゃんもういないんだよ? シチロウまで死んじゃって俺とハツだけで出来ると思う?」


「やってみないとわかんないじゃん…」


「やってみて出来なかったら?」


 ハツカネズミの迷いを許さずにアカネズミは続ける。


「出来なかった時どうするの。『がんばったけど支えきれませんでしたー、ごめんねー、ヤッちゃんお前は本当は治験体なんだよ上階(うえ)行けよー』って言うの? 言えるの? そんなこと」


 ハツカネズミが口籠る。


「俺は言えないよ。俺からは言わない、無理。だからアイにやってもらおうって言ってんの」


「アカ……」


「なんでも楽観主義で物事進めるのは迂闊だって。危険予知は必要だし最悪の事態を避けるためなら多少の犠牲は仕方ないんじゃないの?」


「ヤチは犠牲なの?」


「俺らがヤッちゃんの犠牲だったんじゃん!」


 アカネズミの剣幕にハツカネズも怯む。


「ハツ頼むよ。俺の話に乗って。ヤッちゃんはアイに預けてハツはこっちに戻ってきて」


「……え?」


「いいじゃん別に。散々迷惑かけられてきたんだから俺らだって少しくらい楽しようよ」


「アカ、何の話?」


「トガちゃんだって許してくれるって。仕方ないんだよ、それしか道はないんだって」


「アカ、ちょっ…!」


「俺の言うこと聞いて」


 どういう流れだ? 一変した空気をようやく察知してヤチネズミは振り返った。


「アカ!?」


「終身刑なんて嫌だろ?」


 ヤチネズミは目を疑う。アカネズミがハツカネズミの額に向けて拳銃をかまえていた。


「え? アカ、何? わかんない」


 動揺するハツカネズミ。呆気に取られるヤチネズミ。冷静なアカネズミだけが話を進める。


「俺さっき『呼び出し食らった』って言ったじゃん。どこからだと思う?」


 アイは眠っている。アカネズミは塔から出たことが無い。何故なら彼は、受容体から変異した非常に希少な、


「俺、生産隊なの」


 ヤチネズミは足の痛みも忘れて飛び出した。

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