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00-111 ハツカネズミ【告白】

過去編(その62)です。

「生産隊の方々来ましたよ」


 床に放置されていたオオアシトガリネズミが、子どもが手を振る先と同じ方向を指して報告した。

 ヤチネズミたちは再度通路の先に目を凝らす。そして、


「足止め弱かったか!」


 カヤネズミが舌打ちした。


「どどど、どうしよカヤさん!」


 涙目のヤマネがカヤネズミを急かす。


「めちゃくちゃ視力いいな」


 ワタセジネズミが場違いにも子どもの能力に感心し、


「もう謝っちゃいましょうよぉ」


 というオオアシトガリネズミの提案は流された。


「ハツ探してくる。見つけて地上(そと)に出ればいいんだな?」


 言ってヤチネズミは膝に手を置き立ち上がった、挫いた足首を気にしながら。


「お前が見つけられるって保証は?」


 カヤネズミが苛立ちながら言う。


「俺はハツの同室だ。何年一緒にいたと思ってんだよ」


 挫いた足首を床に何度か下ろしつつヤチネズミは答える。歩けないことはない。


「心当たりは?」


 訝るカヤネズミにヤチネズミは、


「お前が行かせようとした方と真逆に行けばいるはずだ」


 カヤネズミがむっとして唇を閉じた。


「ヤッさんだけで大丈夫?」


 ヤマネがまた同行を言いだしかけたが、


「お前はお守り!」


 カヤネズミに怒鳴られて縮こまる。


「生産隊来てます!!」


 カワネズミがあわあわと報告し、


「もう降参しちゃうってのはなしですかあ?」


 というオオアシトガリネズミの提案は無言で却下され、


「おじさ~ん!」


 騒がしい子どもがこちらの状況など知りもしないで生産隊に居場所を知らせて、無表情な子どもの独特な発声法が再開された。


「ブッチー…」


「俺はカヤさんのそばにいます」


 ドブネズミをヤチネズミに同行させようとしたカヤネズミの目論見は案の定、その重すぎる忠誠心によって退けられる。


「カヤさぁん……」


 迫りくる生産隊をちらちら見ながらヤマネが指示を促してくる。カヤネズミは舌打ちと共に決断した。


「鼻くそ野郎!」


 もはや何の特徴も捉えていない悪口でカヤネズミはヤチネズミを呼ぶ。


「一つだけ覚えろ。お前がなんか思ったり感じたりしても三十秒だけ(こら)えろ。三十秒考え直してから行動に移せ」


「長くね?」


「黙れ(やく)ネズミ! 本当は三分って言ってやりたいところを譲歩しまくってやってんだよ。理解できないだろうししなくていいからせめて暗記しろ」


「いや、でもそんなに待ってたら大体のことは大抵終わってる…」


「自分を疑うことを覚えろ!!」


 カヤネズミの本気の叱咤が子どもたちさえも静まらせた。


「いいか、お前は自分の感覚を信じ過ぎだ。お前の感覚で物事を計るな。お前が正しいと思った瞬間にお前は間違え始めてるってことを肝に銘じろ」


 自分を信じたことなどない。期待もとうの昔に捨てている。それなのにカヤネズミは何を言い出すのかとヤチネズミは押し黙ったが、


「三十秒!!」


 さらに念押しされた。


「カヤさん!」


 ドブネズミがいよいよ迫ってきた生産隊の脅威に身構える。


「お前ら走れ! 二番目の角を左!」


「「「はい!!」」」


「もう少し頼めるか」


「どれだけでも」


「ハツには何て言った」


 子ネズミたちに指示を出し、ドブネズミには再び足止め工作を頼み込むカヤネズミにヤチネズミは尋ねる。


「さっきの昇降機を出て正面の通路をしばらく行ったら階段昇って一旦中二階、踊り場の扉出て右手に進めば非常口が見えるから、そこから地上に出て壁伝いに降りろ」


 それは俺でも迷うよ、という本音は伝えずにヤチネズミは頷いて背を向けかけたが、


「カヤ!」


 天井や壁板を剥ぎ取るドブネズミの横で何やら始めていたカヤネズミを呼びとめた。


「セージを頼む」


「任せろって」


 カヤネズミが怒ったまま答える。それから、


「バカヤチ!」


 久方ぶりに名前を呼ばれた。


地上(そと)だ」


「すぐ行く」


 互いに背を向け駆けだした。



* * * *



 ハツカネズミは途方に暮れていた。薄暗い通路を見回しため息を吐く。非常口なんてどこにもないじゃん……。


 中二階と言われたから階段を昇った。そこまではよかった。踊り場から外に出て左に進んで非常口を探したけれども、行けども行けども何も無い。仕方ないから一旦降りてもう一度もやり直してみようと、目についた階段を下りてみた。心なしか先よりも若干長めに降りていた気がしなくもないけれども、とりあえず踊り場が見えたからそこでもう一度通路に出た。と近道になりそうな扉を開けて進んでみたら行き止まりだった。そこからはもう、右とか左とか思い出せない。降り過ぎたのかな? と階段を探したが上階に続く梯子しかなく、ならば一度上がってから下り階段を探そうと昇ってみれば今度はいつまで経っても上が見えない。ようやくたどり着いた何階か知れない場所で昇降機があったから、扉をこじ開けて降りてみたりした。そこで一階っぽい場所に至ったから再び歩き始めたが、先とは似ているようで全然違う景色のような気もする。


 おかしい。感覚的には地上一階のはずなのに非常口がない。面倒臭くなって何度か行き止まりを強行突破して近道臭い方に進んでみてもどこにも辿りつかない。アイに聞ければいいのだけれども、今のハツカネズミならば強制連行されるのが目に見えている。


 鼻の奥で唸りながら頭を掻いた。「どっちかな……」と十字路で行くべき方向に迷っていた時、


「ハツ?」


 背後から声をかけられた。振り返ると信じられない顔があった。


「アカ!」


「ひさしぶり。ってハツって今独房(したのほう)にいるんじゃなかったの?」


「あ、うん、さっきまで。出てきたんだ」


「出てきたんだ……」


 アカネズミは困ったように失笑した。ハツカネズミも一緒になって笑う。


「アカはここで何してるの? っていうかなんで上、裸? っていうかここどこ? おれ、地上(そと)に行かなきゃいけないんだけど上の中二階にいたはずなのにどこかわかんなくなっちゃって」


「地下三階だよ」


 アカネズミの答えにハツカネズミは驚いた。素っ頓狂な声を上げて半歩退く。三階? しかも地下の! なんで地下三階!?


「俺は呼び出し食らって出てきたところ。アイは寝てるけど昇降機って動いてた? 上着(うえ)着てないのは仕事中だったからだよ」


 動揺するハツカネズミを見つめながらアカネズミは尋ねられたことに対して淡々と答えていった。それから噴き出すと、下を向いて楽しそうに肩を揺する。


「また迷ってたんだろ」


「え……?」


「迷子の時はアイを呼べって言ってるじゃん。あ、停電中だっけ」


「今は事情があって俺、アイに頼れなくて」


 ハツカネズミは恥ずかしげに後頭部を掻いていたが、やがて口角を下ろし、腕も下ろして脱力した。


「あのね、アカ。話さなきゃいけないことがあるんだけど」


「……なに?」


「シチロウ、死んじゃった」

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