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00-47 迷子と迷子の

「ヤッさ~ん、早いっすよお。待ってくださいよぉ」


「ちんたら歩いてんのはそっちだろ!」


 オオアシトガリネズミは全く急ぐ素振りも見せずに砂など蹴り上げたりしている。ヤチネズミはふざけた後輩に舌打ちし、走りたい気持ちを抑えて足早に歩いた。


「ほんとにこっちであってるんすかぁ~?」


 星でも読もうとするみたいに立ち止まって空を仰いでいる声にヤチネズミも足が止まりかける。指摘されると自信はない。横目で背後を伺い顔を背ける。だが黙って留まっていられる状況でもない。いても立ってもいられない。

 


* * * *



 えせ夜汽車の女をネコに持っていかれた後でヤチネズミが最初に見つけたのは、と言うよりも声をかけられて気付いたのは、動かなくなった自動二輪と四輪駆動車と子ネズミたちの遺体の中からひょっこりと顔を出したオオアシトガリネズミだった。


「オオアシ!!」


 ヤチネズミは全身の痛みもそっちのけで自分以外の唯一の生き残りに駆け寄った。


「おま…、それで生きてんのか?!」


「お互いさまじゃないっすかあ」


 派手にやられましたねぇ、と苦笑してオオアシトガリネズミの瞼が落ちた。脇腹に手を置いて、片脚は皮膚を突き破って飛び出した骨が覗いていた。


「おい、しっかりしろ! こんなとこで終わる奴じゃねえだろ? おい!」


 怒鳴りながらあり合わせのもので応急処置を試みた。もっとも、ヤチネズミが出来るのは応急処置止まりの手技でしかないのだが。


「やっぱりヤッさんっすねぇ」


 にやけ顔が目を瞑ったままへらりと笑って、


「ヤッさんといると絶対ネコに遭うんすよ」


 死なねえなこいつは、とヤチネズミも息を吐き、そして腰を下ろした。


「四、五回だけだろ」


 五、六回だったかもしれないが。


「そんなに!? …見くびっててすんません」


「喧嘩売ってんのか」


 オオアシトガリネズミが声を上げて笑った。


「……全滅だな。お前んとこの子ネズミ」


 処置を一段落させて手を止め、ヤチネズミは言った。


「ヤッさんだって身に覚えありますよねえ? あ、あの時は俺が残りましたっけ」


 オオアシトガリネズミは相変わらずへらへらと減らず口を叩いていた。ヤチネズミはそれには乗らずに顔ごと視線を横に向ける。


「悪いな」


「な~に謝ってんすかぁ。ヤッさん何かしましたあ?」


 そう言われると答えに詰まった。だが自分が関わっているような気がしてならない。


「自意識過剰っすよ」


 そう言われるとさらに返事に窮した。そうかもしれない、そうかもしれないのだが。俯き加減に顔を背けた。


「まあ、数少ない動ける奴らだったのは確かっすけどね。あいつらの下は出来損ないどころか試作段階で放棄決定でしたから」


 俯きながら聞いていたヤチネズミは眉毛をひん曲げて顔を上げた。


「『ほうき』?」


 オオアシトガリネズミは手当をしてもらった箇所を撫でて明後日の方を見ながら、


「先輩たちが出てってから色々あったんすよ」


「いろいろって?」


 『ほうき』って?


「話したら戻ってきてくれますぅ?」


 オオアシトガリネズミがにやりと細めた横目を向けてきた。


 自分の説得を聞かないで義脳の元に留まることを選んだ後輩は、自分の知らないその後の話を淡々と語った。話が進むにつれてヤチネズミの目は見開かれ、血走っていった。



* * * *



「だから早すぎますって。ちょお、せんぱ~い」


 何かを口に含みながら話しているような粘着質な後輩の絡みを無視する。


―大量生産されたんすよ、例の薬―


 心臓がやけにうるさかった。冷や汗が夜の下でさらに体温を奪っていった。


「俺、まだ脚痛いんすけど。めっちゃまだまだちょ~痛いんすけどお」


―まあ、一見良さげに見えますよねえ。でも強すぎたんですわ。初っ端の奴とヤッさんの同室さんたちがたまたま適合者だっただけみたいっすよ?―


 アカ、


「ヤッさんてばぁ」


―それ以外にとっては劇薬です―


 ハツ!


「ヤチ先輩!!」


 オオアシトガリネズミに肘を掴まれた。いつの間に横まで来ていたのか。


「なんだよ。走れんじゃねえかよ、お前」


「走ってませんよ、這ってきたんすよ。脚、痛いって何回も言ってんじゃないすか」


 見ると確かに自分が巻いてやった包帯は赤く染まり、その上に砂がこびりついている。また出血したか。あれからかなり経っているのに。


「悪い」とヤチネズミは横を向き、あまり誠実とは言えない態度で謝った。オオアシトガリネズミが頭の上でため息をつく。


「あんねえ? ヤッさん。何でも急げばいいってもんじゃないっすよ? 『急げば座れ』って言葉もあるくらいだし」


 言うとオオアシトガリネズミは、ヤチネズミの肘を掴んだまま砂の上に腰を下ろした。ヤチネズミは体を傾けながらも座ることを必死に拒む。


「ヤッさ~ん…」


「だったらお前は座ってろ。その傷、塞がったら塔に戻ってちゃんと治してもらえ」


「ヤッさんは?」


「俺は行くから手ぇ離せ」言って腕を振るが払いきれない。


「離せよ!」


「せんぱ~い、本気であいつらと合流する気っすかあ?」


「当たり前だろ」


「通信機もないのに?」


「……落ち合う場所は決めてある」 


「だからあ、通信機なしでその『場所』までどうやって行くんすかって聞いてるんすよお」


 オオアシトガリネズミは呆れ声と共に空を仰いだ。


 そうなのだ。移動手段や武器だけでなく、ネコどもはありとあらゆる物を破壊していった。それはヤチネズミやオオアシトガリネズミの身体だけでなく、ネズミにとってはなくてはならない通信機も含まれていた。


「通信機なしで待ち合わせなんて明日の天気を言い当てるようなもんじゃないすかぁ」


 互いに場所を確認しあわずして集合するのは至難の技だ。


「場所は決めてあるんだ。待ってりゃそのうち会えるだろ」


 ヤチネズミは強がるが、


「目印ってやつすか? 当てになんないでしょ」


 すかさず後輩から冷めた視線を送られた。


「あの吹雪でだいぶ景色も変わったし瓦礫なんて崩れてなんぼっすよ? 昨日見た瓦礫が今日も同じ形って保証は? ないじゃないっすか、ほらあ」


 言い返せないヤチネズミは不機嫌そうに唇を結ぶ。


「そんな奇跡に近い賭けしてないで俺と一緒に帰りましょうって。三食寝床付きの何がそんなに不満なんすかぁ~?」


「だからお前は帰れっつってんだろ」


 帰れるならな、という皮肉を込めて、だれた後輩の腕を振り払うとヤチネズミは再び歩き出した。


 オオアシトガリネズミの言い分は正しい。ヤチネズミ自身、自分たちが今どこにいるのか全く見当がつかないし、通信機がなければ子ネズミたちとも連絡さえ取れない。本線とは伝えておいたから標高が高そうな方を目指しているが、ヤチネズミのその感覚さえも当てにならないのだから向かっている方向が正しいのか否かの確認さえできない。


 最悪なのは足がないことだ。徒歩で移動する羽目になるなんて予想すらしなかった。自動二輪さえあれば間違っていてもぱっと行ってさっと引き返すことも出来るのに。


 だがオオアシトガリネズミだってそれは同じだ。部隊も全滅してヤチネズミ同様丸腰で、塔に戻ろうにもどちらに行けばわからないものだからこうしてついてきているのだろう。


「なんでわかってもらえないんすかねえ」


 ぶつぶつと愚痴を止めない後輩は、再びヤチネズミの横に肩を並べてきた。


「俺がどんなにせんぱいのこと思ってるかわかりませんかあ?」


「気持ち悪いな、あっち行け」


「やや、まーじーめーに!」


「お前の顔じゃ無理だろ」


「辛辣っすねえ」


 馬鹿にされたことさえ受け流してオオアシトガリネズミは心底感心した様子で嘆息した。そして、


「でもそういうところもたまりませんけどね」


 いつも以上にいやらしい笑みを送って寄こす。ヤチネズミは小鼻を引き攣らせて上体を逸らした。


「何なんだよ、お前」


「ヤッさんの味方っすよお」


「裏切り者が何言ってんだよ」


「裏切り者って」


 オオアシトガリネズミは自分事とは捉えていないのだろうか。涼しい顔をして斜め上に白い息を吐くと、いつものにやけ顔から笑みを隠してヤチネズミを見下ろした。ヤチネズミもその視線を受けて口を閉じる。


「戻ってきて下さい、先輩」


「あり得ねえっつってんだろ」


「なんでですかあ!」


「何回言わせんだよ、もう『あそこ』に未来は無いんだよ。わかってんだろ? お前こそあんなところとっとと捨ててこっち来い!」


 言い放つとヤチネズミはもう、後輩の脚の具合も気にせずにずんずん進んだ。自分の進む方向も定かではないのに。

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