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00-110 ドブネズミ【軽蔑】

過去編(その61)です。

「カヤさん! ブッさん!」


 通路の先から馴染みの声が聞こえてきた。見るとタネジネズミたちが揃ってこちらに向かってくる。


「ヤマネぇ!!」


 カワネズミがワタセジネズミに抱えられたまま手足をばたつかせて、同輩の無事を喜んだ。


「お前ら……ッ! セージんとこ行けって言っただろ!!」


 立ち止まってカヤネズミが子ネズミたちを叱責する。


「だってヤマネさんがいなかったから迎えに行こうって……」


 ワタセジネズミが必死に訴え、


「武器も調達してきました」


 タネジネズミが言って、負ぶっていたオオアシトガリネズミに目配せする。オオアシトガリネズミは両腕に抱えていた鉄板やら棒やらを持ち上げてこちらに見せた。


「アイが寝てる場所わかるか?」


 カヤネズミがオオアシトガリネズミに尋ねたが、


「無事で何よりっす」


 オオアシトガリネズミは聞かれたことにも答えないで、上官の息災に破顔した。


「それ誰?」


 カワネズミがヤマネの抱える子どもを指差し、


「ブッさん! めっちゃ怪我してるじゃないすか!」


 タネジネズミがドブネズミに目を見張った時、


「ハツは?」


 ヤチネズミの一言に騒然とした空気が一気に静まった。


「ハツは? 一緒じゃなかったのか?」


 慌ただし過ぎて不在に気づかなかった。


「あいつはまだ地下五十階(ごじゅっかい)より地階(した)の…!」


「ハツさんも一緒に脱獄し()ました」


 声量を上げたヤチネズミを静めるようにドブネズミが静かに言った。


「ならなんでいないんだよ!」


 負ぶわれる身でありながらその背中の主に唾を飛ばしたヤチネズミに、カヤネズミがつかつかと近づいて来た。振り向いたヤチネズミの背中に無言で回し蹴りを食らわす。


「とりあえず叫ぶな」


「いきなり蹴るなよ! 何なんだよさっきから!」


「爪が痛いって言ってんだろ!?」


「だからって…!」


 言い終える前に視界が急降下した。臀部に激痛。ドブネズミに手を離されたと気付いたのは冷たい視線を見上げた時だ。


「『ヤチとヤマネは俺に任せろ。お前はセージを頼む』」


 ドブネズミは抑揚を一切付けずに、コジネズミを睨みつけていた時と同じ視線を向けながらヤチネズミに言い放つ。


「ブッチー」


 面倒くさそうに声をかけたカヤネズミさえ無視してドブネズミは続ける。


「『心配なのはわかる。でもこれ以上騒ぎを大きくするのは無駄だ。お前はセージを助けてやってくれ。ヤチたちは大丈夫だ。絶対にみんなまとめて連れて行くから俺に任せてくれ』」


 カヤネズミが居心地悪そうにそっぽを向いた。


「ハツさんも一緒に出ました。カヤさんの死刑が決まった時点で俺が面会に呼ばれて、その場でアイを黙らせてカヤさんを出しました。

 すぐにハツさんとも合流しました。ハツさんは自分で壁ぶち壊してましたけど。その後、昇降機の壁を登ってたらヤチさんとヤマネが生産隊を引き連れて上がって来ました。


 ヤチさんたちは目立ちすぎです。合流するより泳がせて、下手こいたら助ける方が得策だというカヤさんの提案にハツさんも異論はありませんでした。案の定ヤチさんはアイの前に出て行って騒ぎを起こして生産隊を集合させてましたね。どうやってあの場を納めるつもりだったんですか? 治験体? 俺もあの時初めて知りましたけど、あいつらを全員あの部屋から運び出せると本気で思ってたんですか? もしそうなら救いようのない馬鹿ですね。セージだけでも助けられるかどうかって時に何考え…」


 そこでカヤネズミをちらりと見遣り、


「何も考えていないんでしたね、そう言えば」


 そこまで言ってドブネズミは黙った。


 子ネズミたちは押し黙る。タネジネズミは相変わらずの憤りを込めた視線を寄越し、カワネズミたち同室の後輩たちは下を向き、ヤチネズミは目を見開いて口元を手で覆って俯いた。


「ね、ね、どうしたの? だれかいたいの? アイ? アイ?」


 騒がしい子どもの場違いな明るい声だけが薄暗い通路に響き渡る。

 カヤネズミがこれみよがしに大きく肩を落として息を吐いた。


「あー……、まあ、あれだ。だからとっととセージのところに行けばいいんだって…」


「いや、だめだ」


 カヤネズミに提案を最後まで言わせずに、ヤチネズミが再び出しゃばった。せっかく空気を変えようとしているのにこのバカは! とカヤネズミはヤチネズミを睨みつける。しかしその馬鹿は至って真面目な顔を向けてきた。


「それじゃだめだ。ハツに単独行なんてさせたら…」


「お前よりは問題ねぇよ、ビチクソ」


 顎を上げた凶悪な顔が、すでに悪口ですらない別物の呼称をヤチネズミに投げかける。


「そうっすね。ハツさんは誰かさんと違って頼り甲斐もありますしね」


 タネジネズミも底意地悪く鼻息を吐いたが、


「うん。だめだそれ」


「やばいわ……」


「早く迎えに行かないと」


 ヤマネやカワネズミ、ワタセジネズミが口々にヤチネズミに同意した。ハツカネズミの同室たちの一様に青ざめた顔を見回してカヤネズミは首を傾げる。


「お前らまでなに…」


 カヤネズミがヤマネたちの顔を覗おうとした時、その顔が一斉にカヤネズミを捉えた。そして、


「だからハツは、」


「カヤさん、ハツさんきっと…」


「ハツさんなら、」


「「「絶対迷ってる!!」」」


 異口同音を奏でた。


「迷ってるって……」


 ドブネズミが怪訝そうに尋ねたが、ヤチネズミは口元を手の平で覆って考え事を始め、ヤマネは小脇に子どもを抱えていることさえ忘れてうろうろしだし、カワネズミは頭を掻き毟る。唯一まともに答えられたのは一番年下のワタセジネズミだけだ。


「ハツさんの方向音痴はすごいんです。南って言ったらほぼ確実に北に行っちゃうし、わかんなくなったら引き返せばいいのになぜか自信持って全然別の方に進んじゃうし、」


「一番厄介なのはハツさんが自分の方向音痴を自覚してないことで」


 カワネズミも補足する。


「子どもの頃、部屋のみんなでかくれんぼしたことがあったんですけど、ハツさんが鬼なのに結局みんなでハツさんを探す羽目になって。最終的にはアイに教えてもらって確保しましたけど日付が変わってました」


「でも塔内じゃん」


 タネジネズミが若干引き気味に指摘したが、


塔内(なか)でも迷う。余裕だよ」


 ヤマネが激しく否定した。


「けど一階で別れたんだ。壁沿いに進めば知らない場所なわけじゃないし最悪でも地上(そと)には出られる…」


 動揺しながら言いかけたカヤネズミを遮って、


「ハツさんにそんなこと期待しちゃ駄目です」


 カワネズミが断言した。


「どうします? カヤさん」


 ジネズミがカヤネズミに顔を向け、


「俺、探してきます」


 ヤマネが駆け出そうとする。


「お前はそいつらのお守りだろ」


 カヤネズミが慌ててヤマネの上着を掴んで制止し、


「カヤさん……」


 ドブネズミが気まずそうな視線を寄こした。


「おじさん!」


 騒がしい子どもが背後に向かって手を振る。旧ムクゲネズミ隊ははっとして振り返るが生産隊の姿はない。


「何見えてるの……?」


 ヤマネが恐々と子どもに尋ね、


「で、その子たち何?」


 カワネズミがヤマネに尋ね、


「それよりハツさん…」


 タネジネズミが話題を戻して、


「それよりもセージさん!!」


 もっと重要な本題をジネズミが叫んだ時、床に放置されていたオオアシトガリネズミが、子どもが手を振る先と同じ方向を指差した。


「生産隊の方々来ましたよ」

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