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00-108 ドブネズミ【猛撃】

過去編(その59)です。

 色気が皆無の野太い声にコジネズミが振り返った時には遅かった。厳つい巨体が指を絡めた両腕を振りかざしていた。コジネズミは咄嗟に巨漢の腹に肘打ちを食らわすがドブネズミが眉をひそめたのはわずか一瞬。自分の打撃が通用しないことに目を見開いたのはコジネズミの方だ。


「『受容体は生産体の劣化版』みたいなこと言ってましたけどぉ、」


 ドブネズミの一撃がコジネズミの頭頂部に炸裂する。


「どーおして受容体(おれら)生産体(もとネタ)を超えないって思ったんですかねえ?」


 カヤネズミが後輩を満足そうに眺めながら言った。


「模造品が本物を越えられるわけねぇだろが!」


 コジネズミがカヤネズミに怒鳴り返しながら、ドブネズミに上段蹴りを食らわす。


「大量生産の劣化品が粋がってんじゃねえよ!」


 しかしドブネズミは倒れない。太い上腕を活かした見事な防御の陰からコジネズミの靴先を見据えたかと思ったら、構えもないまま中段突きを繰り出した。ドブネズミの拳がコジネズミの腹にめり込む。力んで堪えようとしたコジネズミは耐えきれずに口を開いて破裂音を吐く。その直後に頚椎への手刀打ち。コジネズミが膝をついた。


 コジネズミの劣勢にヤチネズミは目を疑う。ドブネズミの圧倒的な強さに瞬きを繰り返す。ドブネズミの薬は何だ? あのコジネズミを凌駕する力なんてどうやって……。


「ブッチーには筋力増加と少食しか入ってない」


 見透かしたようにヤチネズミの疑問にカヤネズミが答えた。


「でも今は俺の薬も入ってる」


 一時的に不眠で動き続けられる能力。


コジネズミ(あいつ)の言う通り、受容体の薬は生産体より効能が弱いけど、」


 コジネズミの拳がドブネズミの腹にめり込む。


「複数の薬を掛け合わせられるのが受容体の強みだ」


 ドブネズミは顔色一つ変えずにコジネズミの手首を取り、器用に小手を返して筋肉の塊をぐりんと回した。コジネズミが背中から床に落ちる。


「……つまり?」


 先を急かしたヤチネズミを見もせずにカヤネズミはにやりと口角を上げ、


「今のブッチーはほぼ無敵だ」


 そんなことありえるのか? ヤチネズミは開いた口が塞がらない。しかしカヤネズミの言う通り、見るからにドブネズミがコジネズミを圧している。コジネズミの腕っぷしに全幅の信頼を寄せていたはずの生産隊もどよめき始めた。


 アズミトガリネズミが仲裁に駆け寄った。ドブネズミを背中から羽交い絞めにする。

 と、次の瞬間、コジネズミの回し蹴りがドブネズミのこめかみを捉えた。


「ブッチー!!」


「騒ぐな、バカ」


 カヤネズミは冷静にヤチネズミを嗜める。いちいち悪口なのが気にかかるがそれよりもなんでそんなに余裕なんだよ、お前の大事な後輩だろ? とヤチネズミは振り返ったが、カヤネズミはドブネズミたちを見もしないで何かの基盤を弄っていた。「いってえ! いてえって」とひとりごちながら火花に顔を顰めつつ導線を繋ぎ合せている。


「カヤ、ブッチーが…!」


「騒ぐなって言ってんだろ」


「でもコージさんの蹴りがもろ入って…」


「うちのブッチーを見くびるなって」


 見るとドブネズミは羽交い締めするアズミトガリネズミを振り払い、何事もなかったかのような顔をしてコジネズミに反撃していた。


「ハタさんの薬も入ってるのか!?」


 疑問が勝手に口をついていた。


「だから腕力と少食だけだって」


 カヤネズミが早口に答える。


「でもブッチーの奴、全然コージさんの攻撃効いてなくね?」


「ブッチーはなぁ、」


 作業を終えたカヤネズミはドブネズミの方に顔を向け、


「めちゃくちゃ打たれ強いんだよ」


 言って上着を脱いだ。


「ブッチー!」


「はい!!」


 カヤネズミの放り投げた上着を掴むとドブネズミはコジネズミの頭から覆いかぶせ、袖でぐるぐるとその身体を縛りあげて行く。


「な…」


「どけ」


 ヤチネズミを押し退けて道を開けさせるカヤネズミ。


「ブッチー!」


「はい!」


「おい!!」


 アズミトガリネズミの声より早く、カヤネズミとドブネズミの連携が生産隊の主戦力を無力化した。視界を奪われ両腕もがんじがらめにされたコジネズミは、脚だけをばたつかせながら高速で動きだした輸送機でどこかに運ばれていく。


「コージぃ!?」


 その呼びかけに返事はない。コジネズミの身体を追いかけて輸送機の先を覗きこむ者、力づくで装置を止めんとする者、生産隊は混乱を極める。アズミトガリネズミは慌てて輸送機の基盤を覗きこんだが、アイを叩き起こした方が早そうだと直感した。


「おら立て、うすのろ」


 呼ばれたヤチネズミは顔を上げる。それと同時に腕を掴まれて無理矢理立たせられる。足が痛い。


「カヤ……」


「行くぞ」


 カヤネズミはヤチネズミの呼びかけに全く応じないで、


「ブッチー!」


「はい!」


「か…」


「足動かせ」


 まるで自分を見ずにカヤネズミが駆けだした。ヤチネズミも続……、きたい気持ちは山々なのだが挫いた足首が邪魔をする。


「おせえな、のろま! とっとと走れって!!」


 カヤネズミが鬼の素顔で怒鳴りつけてきた。聞きたいことも山々なのだがそれよりも、


「足、くじいてて…」


 走れない事実をヤチネズミは打ち明ける。


「はあああ!? こンのくそごみどちび! 本気で使えねえなお前は!!」


 自助努力ではどうすることもできない身体的特徴を揶揄するのは反則だと思う。ヤチネズミは少なからず落ち込みながらも普段と違うカヤネズミに気後れし、


「ごめん……」


 勢いに押されたのか叱られたと身体が勘違いしたのか、つい口をついたのは謝罪の言葉だった。


「ブッチー頼む!」


 カヤネズミは再び前を向くと、何やら壊れた医療機器を両手に抱えて運んでいる最中だった後輩を大声で呼んだ。呼ばれたドブネズミは作業も放り投げて秒でカヤネズミの元に駆けてくる。


「このバカ運んでくれ。足首持って担いで行け」


「はい!」


 ドブネズミは言われた通りにヤチネズミの足首を掴んで肩に担いだ。腹とか耳とか色々痛かったけれども、とりあえず今は足が痛い。


「ちょ、ブッチー、いた…」


「ヤマネぇ!!」


 ヤマネ!? 痛みに顔を顰めていたヤチネズミは驚いて目を見開いた。てっきり他の子ネズミたちと共にとうの昔に脱出済みと思っていた後輩がこちらに向かって走ってくる、両手に子どもの手を握りしめて。


「ヤマネ??」


「何こそこそやってんだよ、タネジたちと一緒に出てろって」


 混乱するヤチネズミをよそに、カヤネズミがヤマネを叱りつける。ヤマネはすまなそうに肩をすくめて、「すいません、すいません」と平身低頭謝罪する。俺に対する態度と全然違うじゃん、ヤチネズミはこんな時でもそんなことに目を向ける。


「そいつらは?」


 カヤネズミの言う『そいつら』を、逆さ吊りにされたままヤチネズミも見遣る。ヤマネは手を握りしめ左右に従えてきた子どもたちを交互に見遣りながら、


「すいません、せめてこいつらだけでも一緒に。かわいそうで見てらんなくて……」


 鼻水を啜り上げながら両手を前に突き出し、子どもたちを紹介するように懇願した。左手の子は落ち着きなく周囲をきょろきょろ見回し、「なに? なに? どこいくの? アイ?」とひたすら声を発している。反対に右手の子は無表情に一点を見つめ、握られている手以外の部分をぴくりとも動かさない。


「連れてってどうすんだよ」 


 カヤネズミが低く早口に尋ねる。


「ネズミに育てます」


 力強くヤマネが言う。


「ネズミじゃないんだって、そいつらは!」


「『ねずみ』? ネズミ! おれネズミ!」と左手の子ども。


「こいつらは動けるんです。他は駄目でした、立てませんでした。でもこいつらは歩けるんです。だから…」


「カヤさん」


 ドブネズミが周囲を見回して急かす。ヤチネズミは生産隊を見遣る。コジネズミの救出に奔走していた元上官たちと目が合い、しまった、と息を呑む。


「置いてこいヤマネ。セージが先だ」


「でも……」


「お前の同室だろ! セージとその子たちとどっちが大事なんだって…!」


「連れてこう」


 カヤネズミの言葉を遮りヤチネズミは言った。「ぁあ!?」と途端にカヤネズミに凄まれる。ヤチネズミは若干肩をすくめつつ、逆さまの同輩の目を見て、


「そいつら連れてこう。頼むカヤ」


「黙れくそちび! バカはすっこんでろ!」


「俺が責任取るから!」


「ヤッさん……」


 ヤマネの懇願の視線に後押しされて、ヤチネズミはさらに説得を試みる。


「ヤマネは俺の後輩だ。後輩の(けつ)は俺が持つ。だから…」


「お前のとれる責任なんて鼻くそくらいだろうが!」


「はな……」


「ああ悪い、間違った! 鼻くそに失礼だったなぁ? この鼻くそどちび!!」


「カヤさん!」


「ヤッさ…」


 物凄い音がしてヤチネズミたちは一瞬で黙った。ヤマネの右手の、無表情で一切言葉を発しなかった子どもが突然、傍らの医療機器を蹴り倒したのだ。唖然としたヤチネズミたちの横で、子どもは無表情のまま倒れた医療機器をなおも蹴り続ける。


「怪我するって」


 ヤマネが右手の子を抱きかかえようとした途端、左手の子どもが大声を張り上げながら駆けだした。慌ててドブネズミが子どもの襟首を掴みあげる。子どもは空を走るように両足をばたつかせる。カヤネズミに睨み上げられたドブネズミは、


「すんません、つい……」

 

 と首を竦めた。


「カヤさん!」


「カヤ」


「カヤさん……」


「駄目だ! セージが先だって何回…」


「おじさん」


 ドブネズミに襟首を持たれていた子どもが指差した。はっとしてヤチネズミたちは振り返る。


「アズミさ…ッ!」


「すいません!!」


 ヤチネズミの横をヤマネの正拳突きが走った。見事にアズミトガリネズミの眉間に入る。狙ったならば上々だ。運だとしたら最高だ。いや、最悪かもしれない。


「ヤ……チ、」


 片膝をついたアズミトガリネズミが呻いた。さすが部隊長、急所を一突きされたくらいでは倒れない。


「ごめんなさいアズミさん!!」


 ヤチネズミは宙吊りされたまま後輩の失態を謝る。しかし、


「いいの?」


「だめ!」


 ドブネズミに抱きあげられていた子どもが、顔を上げかけたアズミトガリネズミの両目を突いた。かわいらしい無垢な拳が中年男の眼窩に見事にはまる。アズミトガリネズミは今度こそ大声をあげて、両目を覆って悶絶した。


「何してんのォッ!? 生産体に向かって!」


 青ざめたヤマネが、ドブネズミから子どもをむしり取って叱りつける。しかし子どもは嬉しそうに暴れている。


「アズミさん!!」


 生産隊の他の面々が部隊長に駆け寄って来る。ヤチネズミは元上官への申し訳なさと心配と、自分たちの今後の処遇への不安に押し潰されて、ヤマネと共に青ざめている。


 カヤネズミが本心をさらけ出した形相でドブネズミに指示を飛ばし、ヤマネが連れてきた子どもたちもろとも通路に押し出す。ドブネズミがかき集めていた壊れた医療機器を蹴散らして生産隊の進行を妨げると、自らも通路を駆け抜けた。

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