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00-103 アズミトガリネズミ【叱責】

過去編(その54)です。

「馬鹿野郎!! どんだけ死なせれば気が済むんだ、お前は!!」


「アズミさ……?」


「そんなに仲間(おれたち)が疎ましいか? 自分が何したかわかってんのか! あんなに壊して受容体ども焚き付けて」


 アズミトガリネズミが怒っている。いや、叱っている俺を。なんで? 何に対して? 何を考えているってそんなの、


「だってセージが……、はやく止めないと…」


「アイの復旧にどんだけ電気がかかると思って、……わかってないな、その顔は。お前はいつもそうだ。なんッにもわかっちゃいない」


 なんでアズミトガリネズミはこれほどまでも激怒しているのだろう、ヤチネズミにはわからない。むしろわかっていないのはアズミトガリネズミの方だ。


「だからセージが…!」


「生産体は定期検査中だった」


 アズミトガリネズミが努めて静かに語りだした。


生産隊(おれたち)だけじゃない。他の部隊の部隊長たちも戻ってきて検査を受けてた、」


「それよりアズミさん…!」


「地下八階で!!」


 ヤチネズミは口を噤む。


「……検査中に突然の停電、何が起こったかわかるな?」


 ヤチネズミは目を見開いたまま動きを止める。


「幸い、うちの隊に被害はなかった。でもエチゴさんが巻き込まれた」


 ヤチネズミは口元を手で覆う。


「アイの誤作動も怖かった。その場にいた奴らで処置するしかなかった」


「エチゴさんは……」


「まだ意識が戻ってない」


 ヤチネズミは口元に手を当てたまま俯く。アズミトガリネズミは大きく息を吐いて項垂れる。


「……あの若い副隊長だろ」


 アズミトガリネズミが言った。ヤチネズミは下を向いたまま目線だけを動かし、弱々しく頷く。


「……セスジネズミです。俺らの…、旧ムクゲネズミ隊の副部隊長です。セージはムクゲを殺しました。けど、あれは正当防衛なんです。セージが撃ってなかったらハツや俺がやられてました。セージは当然のことをしただけなんです。なのに死刑なんて間違ってます。ムクゲが死んだのはあいつ自身のせいだ、当然の報いだ。部隊員全員、みんな同じ気持ちです。だってムクゲは部隊長だからってだけで俺ら部隊員を…」


「知ってる」


 ヤチネズミは口を噤んだ。聞き間違いかと思った。


「……『知ってる』?」


「ああ、知ってる」


 聞き間違いではなかったらしい。


「知ってるってどういう…」


「あいつが子ネズミたちで何をしてたかだ」


「………なんで…」


「俺がムクゲネズミ隊出身だからだ」


―俺らよりも年長(うえ)のネズミもいたみたい。そいつらは出世して自分の部隊持ったりとかしてムクゲネズミ隊(ここ)から脱出したって―


 あれはアズミトガリネズミのことを言っていたのか。気付かされた事実にヤチネズミは呆然とする。何を約束した訳でもないのに大切な何かを裏切られたような気分に陥る。


「あの下衆がしてたことは褒められたことじゃない。塔に逃げ戻って部屋から出られなくなった奴もいる。でもなヤチ、あの非道はネズミの風上にも置けないようなうんこだったけどな、でも戦績は良かった」


 戦績? 戦績って……、戦績って!! 


 脱力していた手を握りしめた。奥歯を噛みしめ眉を吊り上げて前のめりに憤る。


「そんなの…!」


「受容体だけで編成した部隊で、あれだけ地下を掃除しまくったところは後にも先にも他にない。現にムクゲネズミ隊を経験した奴は他の部隊の比にならないくらい洗練された」


「それは……」


 過酷な環境が個々の成長を促す事は否めない。


「でも…!」


「部隊長としての仕事も卒なくこなした。部隊員が負傷したら塔に連れ帰って回復するまで治療に専念させた。そもそもムクゲネズミ隊で治療が必要なほど負傷する部隊員はほとんど出なかった」


「だからそれは…ッ!」


 自分が負わせた虐待の痕を露見させないためだ、とヤチネズミは言いかけたが、


「ムクゲネズミ隊は絶対に部隊員を死なせないことで有名だった」


 返す言葉を失って押し黙った。


 アズミトガリネズミは静かになった元部下から目を逸らし、不快そうに息を吐いた。ヤチネズミはまだ何も言えない。その点に関してはあまりに負い目があり過ぎる。


「……加えてあのくずは生産体だった。今後あいつの薬を再生産できる子ネズミが確実に育つとも限らないのにお前らはムクゲを殺したんだ、貴重な薬の持ち主を。


 わかってるのか? 同じ薬を再現するのにどんだけ治験体を消費するか、どんだけ受容体が投入されるか」


 消費。投入。


「不平等? そりゃそうだろ。生産体と治験体が同じ価値のはずないだろ。治験体が薬を増やせるか? 無理だろ。そりゃ生産体の特権だ。


 でも反対にお前は一生病床で身体中弄られることに耐えられるか? 出来ないよな。お前みたいな最後まで話も聞かない、じっとしてられない奴は特にな。でもこいつらはそれが出来るんだよ。治験体は俺らに出来ないことが出来るんだよだからやるんだよ塔のためにそれが治験体(こいつら)の仕事だから!」


 塔のために。仕事だから。


「受容体ならこいつらの存在そのものを知らない奴もいるだろ。どこまで検査に耐えられるかも知れない奴は自分以外の連中のことなんて考えてられないだろうしな」


 アズミトガリネズミが目を細めたから、その視線を追ってヤチネズミも背後を振り返った。鼻水と涙を垂れ流すヤマネがトクノシマトゲネズミに腕を固められて連行されてきていた。


「でもお前は曲がりなりにも生産体だろ。生産体なら薬の仕組みくらい把握しておけ。こいつらに同情してる暇があるならアイの説教から逃げ回るな。生産体の価値くらい理解しろ。検査の間、何を聞いてきたんだお前は」


 言われて思い起こすが、アイが何かを言っていたことしか覚えていない。身体の負担が重すぎて、頭を使うことを放棄していたから。


「……ムクゲの下につけば、お前も少しはまし(・・)になると思ったんだけどな」


 アズミトガリネズミがため息まじりに呟いた。移動は数合わせの兼ね合いだと言っていたくせに、ヤチネズミは顎を引く。あれも嘘だったのだろう、と確認せずとも確定している予想を飲みこむ。


「悔い改めなくてもせめて身の程をわきまえるくらいはするだろうと思ってたら、まさかムクゲまで殺してくるとはな」


 俺は殺してない、口に出さずにヤチネズミは反発する。その場にいたけれども殺したのは俺じゃない、と。


「そういうことだ」


 アズミトガリネズミが静かに言った。


「どういうことですか」


 ヤチネズミは睨みつけるようにアズミトガリネズミを見上げる。

 アズミトガリネズミは元部下の憤りをため息でかわして、


「屑だろうとうんこだろうと生産体殺しの罪は重い。あの受容体たちの刑は覆らない」


「……だからですか?」


 アズミトガリネズミはヤチネズミの呟きを聞き取れずに眉根を顰めた。


「受容体だからですか? セージが受容体だから? もしカヤが生産体だったら、セージは死刑のままでカヤはお咎め無しだったんですか!!」


 アズミトガリネズミは眉根を顰めてヤチネズミを見下ろした。一言で済ませられる回答を敢えてせずに、手に負えない問題児の視線から顔を背ける。


「……俺はハタさんを支持してたし今でもそれは変わらない。ハタさんが白だと言ったら黒い物も白くしてきた。でもこの件に関しては、ハタさんは間違ってたと言いたい」


 ヤチネズミは顔を上げる。


「お前の『薬』に関して、」


 びくりとして視線が泳ぐ。


「ハタさんはずっとお前を庇ってた。『どんな効能だろうと薬は薬だ、ヤチは生産体だ』って」


―すごいと思うけど―


「他の部隊長はみんなお前を敬遠する中で、ハタさんだけはお前をずっと庇い続けた」


―ヤチはいい子だ―


「ムクゲはお前に興味を持ってたよ。『かわいがる』正当な理由を持った奴なんてそうそう見つからないだろうしな。嬉々としてお前を迎え入れた。お前を生産体として扱うべきか否かを見極めるにはちょうどいいと踏んだんだろう、誰も反対しなかった」


「……何が言いたいんですか」


 ヤチネズミが口を開いた。アズミトガリネズミは唇を結ぶ。


「結局アズミさんは何が言いたいんですか! ハタさんの何が間違ってたって言うんすか!」


 手癖の悪さ以外でハタネズミを愚弄することは許せない。


「ハタさんを尊敬してたんならハタさんの…」


「だめっすよアズミさん。ちゃんと言ってやらないとそいつは理解しませんて」


 場違いに陽気な声がアズミトガリネズミの後ろから聞こえた。コジネズミだった。タネジネズミたちを鞄のように後ろ手に吊るし上げて、たらたらと入ってくる。見るとオオアシトガリネズミやジネズミたちも生産隊の面々に捕捉されていた。長年世話を見てくれていた前部隊と、密度の濃い直近の時間を共有した現部隊の対立をヤチネズミは見比べる。吊りあげられたワタセジネズミが筋肉を盛り上げさせた上腕で抵抗しているが、それを担ぐコジネズミにはどこ吹く風だ。カワネズミがすまなそうに上目遣いの視線を寄こす。


「ひさしぶり、ヤチ」


 コジネズミがにっこりと笑った。「おひさしぶりです……」とヤチネズミも顔を突き出すように会釈する。


「アズミさんは優しいから遠回しにしか言わないじゃん。でもお前はそれじゃあわかんないだろ? だから俺から教えてやるよ」


 何を? とヤチネズミが訝った時、


「お前がハタさんを殺したんだよ」


 満面の笑みが真顔を垣間見せて、隣の部隊長が横を向いた。

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