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00-96 子ネズミたち【本気】

過去編(その47)です。

 ヤチネズミは通路を走る。どの方向に行くべきか迷い、困り、オオアシトガリネズミの部屋に引き返そうとも思ったが、振り返った先の通路の明かりを見て、停電しているところでなければ自分は動けないと悟った。そして停電している場所を選んで進めばいいことに気付いた。アイのことだ、絶対に止めに来るに決まっている。そしてオオアシトガリネズミのことだ、それを食い止めてくれているに違いない。つい先刻、初めてまともに会話した相手をそこまで信頼するのもいかがなものかと思われるが、シチロウネズミをあれだけ慕っていた男だ、シチロウネズミがかわいがっていた子ネズミだ、だから絶対大丈夫だ。背後や左右から聞こえてくる喧騒と警報音に注意を払いつつ、より暗い方へ突き進む。


「ヤッさん!」


 聞き覚えのある声に足を止めた。同じく暗がりの方に目を凝らし、


「カワ!!」


 病室から顔をのぞかせた同室の後輩に駆け寄った。カワネズミは壁に手をつきながらひょこひょこと歩み寄って来る。


「オオアシが通信寄こして。ヤッさん援護してくれって」


「通信?」


 ヤチネズミは眉毛をひん曲げて首から上を突き出す。


「通信機なんてみんな没収されただろ…」


「アイの回線だよ。乗っ取ってんだって」


 歩けないからという理由で置いてきた部隊員の部屋の方をヤチネズミは見遣った。


「ハツさんたち、助けに行くんでしょ?」


 カワネズミに言われて顔の向きを慌てて戻す。そして力強く頷き、


「聞いただろ? 俺たちの処遇。でもカヤたちの死刑なんてあんまりだ。直談判はするけど今は時間がない。まずは刑を止めに行くぞ」


「どこに?」


 勇んで意気込みを語った後で段取りを問われて、ヤチネズミははっとする。

 そうだ、まずどこからだ? カヤか? セージか? ブッチーも急がないと…。


「決めてないのかよ」


 カワネズミが呆れて呟き、ヤチネズミは一瞬にしていきり立つ。


「うっせーな! どこも切羽詰まってんだよ! 後回しが効かねえんだ…!」


「ジッちゃん! タネジ!」


 怒鳴るヤチネズミを後回しにして、カワネズミは近づいてきた他の仲間たちに駆け寄った。ヤチネズミも振り返る。確かカヤネズミをえらく慕っていた奴らだ。片脚を固定されたジネズミにタネジネズミが肩を貸して、二個一でひょこひょこと歩み寄って来る。


「オオアシ?」


「うん」


「行ける?」


「こいつは無理かも」


 言葉少なに子ネズミたちは、一瞬で互いの状況を理解し合った。


「お前らもオオアシから通信もらったのか?」


 ヤチネズミも歩み寄って尋ねたが、


「そうだって言ってんじゃん」


 カワネズミが嫌そうな表情で吐き捨てた。いや聞いてないし、とヤチネズミは内心舌打ちしつつ、


「お前らのほかは?」


 タネジネズミたちに他の連中のことを尋ねた。


「ここは治療が必要な奴しかいませんよ」


 ジネズミが喧嘩でも売るような口調で言う。


「むしろなんであんたがいるんすか」


 『あんた』とか言われたよ……。ヤチネズミは一瞬で沸き立った頭を横に振り、事態を慮って後輩たちの無礼に目を瞑る。


「だったらこの階にいるのはお前らだけだな? 他の連中はどこに…」


「軽傷の奴らは個別尋問だったんじゃないんすか?」

 タネジネズミが口を挟む。


「個室だったら確か十九階から下だったはず」


 そう言えば自分も地下二七階から面会のために地下()八階()に昇って来たのだ、ヤチネズミが思い至った時、


「オオアシ聞こえる? 十九階より下の個室群! ヤマネとワタセとブッさんは多分そっち」


 カワネズミが自室に向かって怒鳴った。オオアシトガリネズミがアイの回線を使って通信をしているというのは事実らしい。そしてそれが彼らにとっては特段驚くべきことでもなく、日常的に行われていたらしいことは、その反応の薄さから読み取られる。最近の若いのはすごいな、とヤチネズミが子ネズミたちを見回した時、


「カワさん! タネジジさん!」


 ワタセジネズミが駆け寄ってきた。ヤチネズミは二度見する。目を凝らして、少し遅れてやって来たヤマネも見つける。


「略すなよぉ」


 ぼやいたジネズミの背後から、


「ヤマネさんとワタセは見つけました」


 オオアシトガリネズミの声が聞こえた。


「いや、もうここにいるし……」


 感心を通り越して唖然としたヤチネズミを押し退けて、


「カヤさんは!?」


 タネジネズミが怒鳴る。


「セージさんは?」


 ジネズミも続く。


「ブッさんはなんで一緒じゃないんだよ」


 カワネズミがヤマネに向かって声をかけ、


「わかんないよ。でもヤマネさんにしか会えなかったんだよ」


 先に合流したワタセジネズミが代わりに答えた。


「ぶ、ブッさん……、こっちに、こ、……こっちじゃなかったの?」


 息を切らせて膝に手を付き、玉の汗を光らせたヤマネの問いかけに、


「ブッさんは見つかりませんでした」


 オオアシトガリネズミの声が答えた。


「行方不明ってこと?」


 天井を見上げて確認したジネズミの後で、


「ゆくえふめえー?」と息切れした声は情けなく驚いて項垂れた。


「どっちにしろここでたむろってるわけにもいかねぇだろ」


 ヤチネズミは子ネズミたちに言う。しかし、


「どこ行けって言うんだよ」


 カワネズミに吐き捨てられる。


「それは……」


 答えあぐねて口籠ったところで、


地上(そと)は?」


 タネジネズミが思いついた、とばかりに顔を上げた。


「処刑って地上(うえ)の一階って言ってたじゃん。止めるのにもちょうどいいし地上(そと)ならアイも来れないし」


「それだ!」


 ジネズミが叫んでオオアシトガリネズミに伝える。


 ムクゲネズミに怯えていた頃の面影を微塵も感じさせない子ネズミたちは、はきはきと、的確に計画を練り上げて行く。頼もしい奴らだな、とヤチネズミはその背中を見まわしてから、


「決まったなら行くぞ」


 声をかけて駆け出した。しかし誰も後を追ってこない。


「何だよ! とっとと走れよ!」


 勇み足と息の合わなさに苛立ちと恥ずかしさを覚えながら怒鳴り散らすと、


「俺、無理です」


 ジネズミが言った。


「無理って何が!」


「ハツさんに足、撃たれてます。全治四ヶ月」


 あれから二ヶ月弱しか経っていない。


「俺も無理です」


 タネジネズミが言った。「こいつを置いてけません」


 ヤチネズミはジネズミの傍らに目を遣る。


「俺も無理」


 カワネズミも言った。ヤチネズミはひん曲げて固まったままの開いた口と間抜けな顔をそちらに向ける。


「ハツさんに殴られたから」


 言ってカワネズミは腹をさすった。ヤチネズミは憤慨し、


「んなもん気合いで治せ!!」


 首に青筋を立てて怒鳴ったが、


「ちょおヤッさん、無理なもんは無理でしょ。内臓(なか)やばかったんだよ? 縫い目も痒いし抜糸もまだだし。

 大体さあ、その怪我目掛けて突進してきて悪化させたのはヤッさんじゃん」


 反対に軽蔑のまなざしを送られて押し黙るしかない。

 気を取り直してヤマネとワタセジネズミに顔を向けたが、


「カワさん、大丈夫っすか!?」


 いかにもわざとらしくワタセジネズミは目を逸らしてカワネズミに駆け寄った。タネジネズミを真似てその体を支えようと手を貸す。


「お前らッ…!」


「俺が行くわ」


 つい怒鳴りそうになったヤチネズミを遮ってヤマネが声をあげた。振り返りかけたヤチネズミを押し退けてヤマネは前に出ると、


「ワタセ、お前頑張ればジッちゃんとカワくらい担げるよな? タネジがオオアシおんぶすれば一気に全員で出れんじゃね?」


「出るって地上(そと)?」


「他にどこあんだよ」


 ジネズミの質問に憮然と答えるヤマネ。


「お前、」


 カワネズミがヤマネを呼び掛けてからちらりとヤチネズミを見遣り、それから肩を竦めるようにして小声で、


「ヤッさんと行く気? 平気? っつか正気? あいつと組むなんて面倒しかないじゃん」


「聞こえてるぞ、そこ」


 ヤチネズミが小鼻を引き攣らせながら歩み寄りかけたが、ヤマネはそれを片手で遮り、


「ムクゲに反抗した時点で俺ら全員正気じゃなくね?」


 真面目に呟くと鼻で笑った。面食らったカワネズミはしばし真顔でヤマネを見つめていたが、


「確かに」


 心底納得したとばかりに頷いた。


「オオアシ、お前どこにいる?」


 タネジネズミがカワネズミの部屋に向かって声をかける。


「腕は空けときたいんでカワさんたちがしがみ付いてて下さいね」


 ワタセジネズミが負傷中の先輩たちに提案する。


「俺が動いたらすぐにアイちゃん復旧しちゃいますよぉ?」


 オオアシトガリネズミの声にタネジネズミがぐつと顎を引いたが、


「どっちにしろ長時間は無理だろ」


 ヤチネズミが尤もな指摘をした。


「……地上までの最短距離だけ消しときます」


 オオアシトガリネズミの一段低くなった声が言う。


「処刑室と出口が反対方向なんでそこから分かれてください。カワさんたちは向かって右手、道中俺の部屋があります。ヤチ先輩たちはそのまま左手に…」


「何? 『せんぱい』って」


 カワネズミがどうでもいいことに引っ掛かって来た。


「え? オオアシ、ヤッさんのこと『先輩』って呼んでんの?」


 言うと噴き出し、


「いい、いい! こいつそんなたま(・・)じゃないし」


 自分たちが置かれている状況も忘れてカワネズミが笑い転げた。ヤチネズミは無言でその頭に拳を下ろすと、さらにオオアシトガリネズミに注文をつける。


「それと同時進行でブッチーを探してくれ。見つかり次第ブッチーも地上(そと)だ。いいな」


「えぇえ~!?」


「『ええー』じゃねえよ! とっととやれ。頼んだぞ!!」


 無理難題を押し付けられて、「簡単に言ってくれますけどねえ…」とオオアシトガリネズミが愚痴をこぼし始めたが、その声を最後まで聞かずに、


地上うえでな」


 ヤマネが言って駆け出した。


「おい、ヤマネ!」


 慌てて追いかけかけてからヤチネズミは立ち止まり、カワネズミたちに振り返る。


「カワ、ワタセ、タネズミ、ジッちゃん、」


 目を丸くして動きを止めた子ネズミたちと、


「オオアシ!」


 姿は見えないが存在感ある後輩に呼びかける。


「お前ら、絶対死なすなよ!!」


 真剣に怒鳴ってヤチネズミも駆け出した。



* * * *



「『タネズミ』って誰だよ……」


 タネジネズミが呆れてその背中を見遣る。


「俺、いつの間に『ジッちゃん』って呼ばれてたんだろ」


 ジネズミもきょとんとしてヤチネズミが駆けて行った暗がりを見つめる。


「ああいう奴なんだわ、昔から」


 カワネズミが殴られた頭頂部を擦りながら息を吐いた。


「なんて言うか、言ってることは割と間違ってないこともないわけじゃないんだけど、な〜んか腹立つっていうか、『ここで言う?』みたいなところでわざわざ口出してくるとかが絶妙に、」


「「間が悪い」」


 ワタセジネズミが言葉を被せた。


「ああ、……確かに」


 心当たりでもあったのか、ジネズミが納得したように頷く。


「『タネズミ』って誰だよ……」


 タネジネズミはまだ、名前を間違えられたことを根に持っている。


「でも、」


 オオアシトガリネズミの声が割りこんできて、


「『悪い奴じゃない』って、シチロウ君が言ってました」


 その名前に全員が押し黙った。


「ああ、そっか」


 何に思い至ったのか既に見えない姿を探すようにしてカワネズミが頷く。


「何が?」


 ようやく顔を上げたタネジネズミの問いかけに、


「あいつら、昔はとにかく気が合ってたから」


 カワネズミのたどりついた合点にしかし、他の者は首を捻った。


「あのぉ……、……いいっすか?」


 雰囲気を察知しておずおずとオオアシトガリネズミの声が言う。


「急いだ方が、いいと思うんすけどぉ…」


「だな」


 気を取り直してタネジネズミが同意する。


「カワさん、ジさん、捕まってください」


 ワタセジネズミの差し伸べた手を握りながら、


「その呼び方やめろよ」


 ジネズミがぼやく。


「今そっち行くからな、待ってろよ!」


 タネジネズミがオオアシトガリネズミに呼びかけて足を踏み出した時、


「あ!!」


 当のオオアシトガリネズミが大声を張り上げた。急げと言ったくせに足止めんなよ、とタネジネズミが微かに苛立ちを覚えた時、


「楽シゲデスネ?」


 アイの話し方を模した声を背後からかけられて、全員がその場で固まる。


「この停電ってお前らのしわざ?」


 恐る恐る振り返った子ネズミたちの顔から血の気とやる気が消失した。

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