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00-95 ヤチネズミ【混乱】

過去編(その47)です。

「生産体って数少ないじゃないすか。受容体が米粒なら生産体は真ん中の梅干しみたいな。だから生産()は守られてるし部隊長は前線(まえ)に出てこないでしょう?」


 オオアシトガリネズミは布団を握りしめながら続ける。


「死なせちゃいけないんすよ、生産体は」


「それは……、」


 ヤチネズミだって知っている。


「守らなきゃいけないんですよ、受容体は生産体を。それなのに俺らは、」


 |ムクゲネズミ(生産体)を殺した。


「でも……、でもムクゲがあのまま生きてたら…」


「俺らが死んでました。わかりますよ、そんなこと。でもそうあるべきだったんです。それが塔が求めることだったんです」


 塔が求めること? ヤチネズミはオオアシトガリネズミの話に付いて行けない。


「だって生産体は受容体が束になっても勝てないんすから」


「勝てないって…」


「生きてる価値っすよ。受容体はなんぼ死んでも代替(かえ)がいるけど生産体はなかなか出てこないじゃないすか」


 オオアシトガリネズミは自信たっぷりに力強く言うと「そうでしょ? アイちゃん」と天井を仰いだ。ヤチネズミもつられて見上げる。


「例えば俺が今、ヤチ先輩を殺したら、俺なんて死刑一直線ってことでしょ?」


 ぶっ飛んだ行動を取る年下の、穏やかではない例え話にヤチネズミはぎょっとする。案の定、


「物の例えが非常に暴力的です。オオアシトガリネズミは言葉を慎みましょう」


 アイに注意されている。しかしオオアシトガリネズミはそれでも怯まない。


「ねえ、死刑の前って何するの? 説教? 拷問? それとも心穏やかに逝けるように最後に望みを叶えてくれるとか?」


「お前、何、聞いてんだよ…」


 ヤチネズミは、世間話を始めたオオアシトガリネズミを咎めようとしたが、アイは素直に質問に答える。


「刑が施行されるまでの皆さんには各々個室で過ごしていただきます。説教や拷問等はありませんが、ご希望があれば行われます」


「希望を聞いてくれるってこと?」


「刑の施行が処罰になりますので」


 それ以外の無益な罰は不要ということだろう。


「もしもさぁ、その死刑犯が誰かとの面会を希望したとしたら、それも叶えてくれるの?」


「ご希望があれば」


「けっこう融通きかせてくれんだね」


 オオアシトガリネズミはにこやかに言った。


「んなこと今はどうだって…!」


「もしもさあ、」


 いきり立っているヤチネズミにぎょろりと視線を向け、口元には笑みを湛えたままオオアシトガリネズミはアイと世間話を続ける。


「誰かがその死刑犯に最期に会っておきたいって言ったら、それも叶えてくれる?」


「刑を待つ身の者が受諾し、双方が面会によって精神的および身体的な負担はないと判断された場合においては、可能な場合もあります」


「ですって、ヤチ先輩」


 突然自分に振られたヤチネズミは困惑する。


「カヤさんたち、ヤチ先輩との面会を希望してないってことっすよ」


「……え?」


「今聞いたでしょ? あっちが希望したら先輩は呼ばれるはずなのにアイちゃんがそれ言わないってことはカヤさんたち、ヤチ先輩に会いたくないってことっすよ」


 思ってもいないことを考えてもみなかった方向から投げつけられてヤチネズミは動揺する。


「そうなの? アイ」


 ヤチネズミが質問すると、


「現在、ヤチネズミに対する面会の希望はどこからもありません」


「ほらぁ」


 オオアシトガリネズミが勝ち誇ったように言った。そして、


「俺にはぁ?」


「現在、オオアシトガリネズミに対する面会の希望は、ヤチネズミ以降には出ていません」


「おれら嫌われてますねえ」


 自分は無関係だとでも言うようにオオアシトガリネズミがからからと笑った。


「あいつらに会わせろ、今すぐ!」


「あいつら、とは具体的にどの集団のことを指していますか?」


「カヤたちだよ! わかれよポンコツ! カヤだ、カヤ。カヤネズミに会わせろ!」


 ヤチネズミは自分から面会の希望を出す。アイはしばしの沈黙の後、


「申し訳ありません。ヤチネズミの希望は受領されません」


「なんでだよ!」


「めちゃくちゃ嫌われてますねえ」


 オオアシトガリネズミは楽しげだ。


「ならハツは? ハツカネズミ」


「ハツカネズミは現在どなたとも面会できません」


「なんでだよ!! 話が違うだろ! 刑が施行されるまでは希望がってさっき…」


「死刑の方ですってば、先輩。ハツさんは終身刑だからまた、扱いが違うんですって」


 オオアシトガリネズミが鼻で小バカにしてきた。


「ならセージ、セスジネズミ!」


「セスジネズミは間もなく刑が施行されます」


「はあああ!!?」


「先輩、うっさいっす」


 耳を覆ってオオアシトガリネズミが肩を竦める。


「急すぎんだろ! さっき決まったばっかじゃん!! もう少し猶予ってもんを…」


「死刑囚の不安緩和のため、刑の施行時期は事前にお知らせできません。施行まで数年待つ者もいる一方、数時間で刑が施行される者がいるのはそのためです」


「あちゃあ……」


 オオアシトガリネズミが残念そうに首を横に振る。


「何が『あちゃあ』だよ! なめてんのかてめえ!」


 ヤチネズミの怒りはオオアシトガリネズミにも飛び火する。


「つば、飛ばさないでくっさいよぉ……」


 手の平で汚そうに顔を拭いつつ、オオアシトガリネズミは天井を見上げて、


「死刑ってどこでやってんの? 希望者は見れる?」


「お前ッ!!」


 不謹慎で不躾な質問にヤチネズミが割れた声をさらに粉砕させかけた時、


「刑の施行は地上一階で行われます。見物は出来ません」


「えぇえ~…」


 オオアシトガリネズミは唇を尖らせ、


「じゃあ、死刑囚はどこに収監されてんのお? それも見ちゃ駄目ぇ?」


「当たり前だろ! 見せもんじゃねえんだ!」


 窘めるヤチネズミの横から、


「ヤチネズミの仰る通りです。先ほども申し上げた通り、刑の施行を待つ者への面会は、双方の心身状況を加味したうえで、刑の施行を待つ者が承諾した場合以外は受け入れられません」


「つまんないわあ」


「つまるつまんねえの問題じゃないだろ!」


 何なんだこいつは、ムクゲネズミの薬でも入ってるのか!? ヤチネズミは先ほど打ち解けたばかりの後輩の気持ちが全く理解出来ない。


「だって見たいんだもん」


 『だもん』ってお前……! ヤチネズミは頭が熱くて言葉が出ない。


「せめてどこにいるか教えてよお」


 オオアシトガリネズミは不貞腐れて幼児のように駄々をこねる。


「面会いいよって言われた時にすぐに会いに行けるようにさあ。ね? アイちゃぁん」


 小首を傾げて見せた図体ばかり巨大な子どもに、


「死刑囚は地下四十二階、終身刑の者たちは地下五十階以下の地階に収監されています。通常は進入禁止区域ですが、面会の際はアイがお連れし…」


 言い終える前に再び視界が暗転した。ヤチネズミは驚いて瞬きをし、瞼をこする中でその原因に遅ればせながら気がつく。目を凝らすと、オオアシトガリネズミが先と同様、剥き出しになったままだった導線を引き千切っていた。


「一階と四十二階と五十階っす。覚えました?」


「………え?」


「『え?』ってなんすか、バカっすか?」 


 オオアシトガリネズミの真剣な声色にヤチネズミは動揺する。


「だからなに…」


「カヤさんの言ってた通りだよ」


 オオアシトガリネズミは呆れた声でぼやく。そしてその影がこちらを向き、


「行ってください」


「行くって……」


 どこに? 


「決まってるでしょう! カヤさんたちを助けに行ってきてくださいよ!!」


 大柄な年下に怒鳴られてヤチネズミは縮こまる。縮こまってから考えて、そうか、とようやく納得する。


「お前、そのためにアイにあんなこと……」


「一階と四十二階と五十階。覚えました?」


「い、一階と、四十二階と五十階…」


「刑の施行はいつになるかわかりません。とっとと行ってさっさと助けて来て下さい」


「お前は…?」


「見てわかりませんか? おれ歩けないんすよ。両方の大腿骨が粉砕中です。だからピンピンしてるあんたが行くんでしょ」


 見ろと言われてもこう暗くては何にも。


「けど、こんくらいの停電なんてすぐに復旧するし…」


「なめてもらっちゃ困りますって、先輩。アイちゃんの操作ならおれ、部隊長級ですよ?」


 にやりと音が聞こえてきそうな声だった。


「けど、……どこまで停電させてんだ? 昇降機も電気も点いてないなら…」


「非常灯で足元くらい見えるでしょう。昇降機が無くても階段があるじゃないすか」


「でも……、どこにあいつらがいるかとかわかんな…」


「俺が誘導します。だから早く」


「で、でも、お前がここに残ったらアイが復旧した後で説教とか大変なんじゃ…」


「死刑よりいいでしょう! 早く行く!!」


 後輩にどやされてヤチネズミは背筋を伸ばし、部隊長に向けるような返事を残して通路に飛び出した。

 飛び出してからすぐにまた顔を覗かせ、


「お前はほんとに大丈夫なのか?」


「とっとと行けっつってんだろ!!」


 もう一度どやされてから薄暗い通路を駆け抜けた。



 * * * *



 使えねえ~、なとオオアシトガリネズミは呆れ果て、感心にも似た面持ちで息を吐いた。あいつは無視でいいぞ、言っていたヒミズを思い出して心底賛同する。

 感情の起伏が激しくて頭の回転も遅い。そのくせ年上というだけで妙に偉そうに振る舞ってくるし、暴力を振るわれたし。集団行動は苦手そうなのに単独で動かせば怪我する類の男だろう。関わらないのが一番というヒミズの判断は正しかったと思う。


 だが裏表がないのは確かだろうとオオアシトガリネズミは感じた。シチロウネズミだって言っていた。根はいい奴だ、と。


―ただちょっと天の邪鬼で意地っ張りでかっこつけたがりなくせに決まらないだけで。いっぱいいっぱいになると怒っちゃうし困るとすぐ泣いちゃうけど、でも悪い奴じゃないんだって―


 それってかなり恥ずかしい奴じゃん、一言で言えばバカじゃないの? オオアシトガリネズミがそう尋ねるとシチロウネズミは困った顔で、そうとも言うかも、などと言っていた。


―でも絶対に嘘はつかないから。そこは俺が保証するよ。だから長い目で見てやって―


 嘘を使い分けられるほど賢くはないだろうな、と話していてオオアシトガリネズミも思った。それに、


―お前が生きててくれてよかった―


 オオアシトガリネズミは小さく鼻で笑った。それから両手を床に付いて尻を移動し、壁の中に手を突っ込む。腕の長さだけでは足りなかったのか、頭さえもぐりこませて何やらごそごそと作業を始めた。

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