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00-91 ヤチネズミ【完了】

過去編(その43)です。

「『生産体は受容体とは異なり、その身が尽きるまで体内で薬の精製が続きます。年月を追うごとに薬の効能は強まるのが一般的ですが、効能が徐々に変化した例も報告されています。よって全ての生産体は定期検査を義務付けられています。しかしヤチネズミの検査結果は三年ぶりに計っても数値にほぼ変化はありませんでした。つまりヤチネズミの薬を受け継ぐことができる生産体は他になく、加えてほぼ全ての受容体も受け入れられず、ヤチネズミの薬を入れられた者は生産体、受容体の区別なく死亡します』」


「お見事です」


 朗らかにアイが言った。その音声と対照的なヤチネズミの目は鈍く淀み、何も映していない。アイは声の調子を一切変えることなく虚ろに俯くヤチネズミに問いかける。


「薬の効能を把握するのは?」


「生産体の義務」


「生産体に課された他の義務は?」


「薬の効能と強度に変化がないか定期検査を受けること」


「アイのない薬合わせは?」


「危険」


「特にヤチネズミの薬は?」


「毒」


 毒。


 毒。


 毒。


「ヤチネズミは再教育を終えます。これからも記憶を確実に保持してください。お疲れさまでした」


 歌うような軽やかな音声が降り注いだ。泣き尽して黒ずんだ顔に変化は無かった。


「再教育を全うしたヤチネズミには行動規制が緩和されます。何かご希望はありますか」


 ヤチネズミは漫然とした動きで首を回し、干乾びた唇を開くと、


「……ハツに会いたい」


 謝りたい。


「ハツカネズミは現在、事情聴取中です。旧ムクゲネズミ隊の皆さんはお会いできません」


 まだ終わっていないのか。ハツカネズミは一体何を話しているのだろう。口裏合わせも出来なかったし、ムクゲネズミの薬の副作用もあるし、ハツカネズミが心配だ。


「……他の奴らは?」


「他の奴ら、とはどの集団の誰以外を指していますか?」


 言わなくてもわかれよ、とヤチネズミは息を吐く。


「ムクゲネズミ隊の、ハツ以外の連中はどうしてるの?」


「旧ムクゲネズミ隊の皆さんのほとんどは現在、事情聴取中です。旧ムクゲネズミ隊の皆さん同士ではお会いできません」


 他の連中もまだ解放されていないのか、とヤチネズミは肩を落とす。口裏合わせしたのにな。みんな、何喋ってんだよ。そこまで思って、口裏を合わせずに事実を話した自分を思い出した。ああ、俺のせいか、とようやく気付く。


「他の……、旧ムクゲネズミ隊の俺以外の奴らは、何喋ってんの?」


「お答えできません」


 それはそうなのだけれども。


「俺の話したこととは別のこと?」


「お答えできません」


「ムクゲが前線に出てきたって?」


「お答えできません」


「ムクゲは誰が撃ったって?」


「お答えできません」


「なんで言えねえんだよ……」


 ため息と共に吐きだした。


「セージがやったって自白しただろ? 俺も現場にいたのに隠すことなんて…」


「セスジネズミが撃ったという証拠はありません」


「でもセージがやったって言ってんだから…」


「セスジネズミはそう言っています」


 じゃあ何が駄目なんだよ、とヤチネズミは重たい頭を振る。


「セージがそう言ってんならもう決まりじゃん。俺もそう言ったじゃん。でもあれは正当防衛みたいなもんでセージはハツを守るためにムクゲを撃ったんだって」


「あなたは見ましたか?」


「は?」


 ヤチネズミは顔を上げる。


「ヤチネズミ、あなたはセスジネズミがムクゲネズミを撃つ瞬間を見たのですか?」


 それは……。


「だから言ってんじゃん。銃声が聞こえて振り返ったらムクゲが死んでてセージが拳銃持っててって」


「あなたが見たのは死んだ直後のムクゲネズミの遺体と、拳銃を握っていたセスジネズミだけです。それではセスジネズミが撃ったという証明にはなりません」


 言われてみれば、とヤチネズミは納得する。


「でもセージ以外であの時ムクゲを撃てたのなんて…」


 言いかけてヤチネズミは息を飲む。


「……もしかして、カヤが撃ったとか言ってる?」


「お答えできません」


 あいつ何考えてんだ。

 ヤチネズミは隣室の同輩が後輩を庇おうとしていたことを思い出す。どう考えてもあんな大けがで、ドブネズミの介助なしには歩くこともままならなかった男が拳銃の引き金を引くことなど不可能だったろうに、カヤネズミは恐らく自分がやったと主張し続けているのだろう。


「でも、だったとしても、セージとカヤ以外の奴らは無関係だろ? あいつらはもう解放されてもいんじゃね?」


「セスジネズミとカヤネズミ以外の旧ムクゲネズミ隊の皆さんも、それぞれの供述が異なっており、事実確認がとれていません。よって旧ムクゲネズミ隊の皆さんとの面会はできません」


 あいつら……。ヤチネズミはがっくりと項垂れる。そしてはっとする。


「あいつは……?」


 自分の『毒』を飲んでも生きていた唯一の子ネズミ。


「……オオアシ。あいつ、まだ生きてんのか?」


「オオアシトガリネズミは集中治療室から一般病棟に移動しました」


 ヤチネズミははじかれたように立ちあがる。


「オオアシトガリネズミとの面会を希望しますか?」


「でも……、旧ムクゲネズミ隊同士じゃ会わせてくれないって……」


「オオアシトガリネズミの供述は一貫性があり、彼にムクゲネズミの殺害は不可能だったことは他の旧ムクゲネズミ隊の皆さんからの供述でも証明されています。よってオオアシトガリネズミには処罰は課せられていません」


「俺、会ってもいいの?」


「ヤチネズミは再教育を終了しました」


「あいつ今、どこにいる?」


「オオアシトガリネズミとの面会を希望されますね?」


 一から十まで正しい文章で伝えなければ汲み取らない。アイの不便さに苛々しつつヤチネズミは頷いた。そしてもしかしたら、ともう一つの微かな希望も口にする。


「その前に、アカにも会える?」


「アカネズミとの面会はアカネズミの希望により……」


 そこでアイは一旦言葉を切り、数秒後に再び答えた。


「壁越しであればアカネズミとの会話は可能です」

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