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00-88 ヤチネズミ【毒】

過去編(その40)です。

「アイ無しで『入れた』んですか?」


 オリイジネズミに驚かれたのは、アイを使わずに薬合わせをしたことへの非難とばかり思っていた。だが話を進めるうちに事の様相は一変した。


「君はあの(・・)ヤチネズミ君ですよね?」


 『あの(・・)』ってどういう意味だよ、……ですか。

 搬送中の自動四輪の上では、反抗的態度に徹するのもなかなか難しかった。ムクゲネズミ隊が自分以外に誰もいない車両はまさに四面楚歌。つい先刻まで怒鳴り合い、殴り付けそうになっていた連中の視線の中では、流石のヤチネズミも態度を軟化せざるを得ない。


 何日かかるかもわからない道中、互いに無言と険悪な雰囲気は避けたかったのだろう。オリイジネズミが気を利かせて話しかけてきた。というよりもあの状況の説明を促された、というのが本当のところなのだが。他の皆は何と説明するだろうとヤチネズミも容積の少ない頭の中で勘繰ったりしたが、セスジネズミが自首した後だ。下手に取り繕って墓穴を掘るよりも正直に全てを打ち明けた方が賢明だろうと判断した。ムクゲネズミのこれまでの悪行の数々も、ヤチネズミが知っている分は余すところなく全て報告してやった。生きている間に散々子ネズミたちを苦しめてきたのだ、死んだあとは不名誉にまみれて滅多くそに蔑まれればいいのだ、あんな奴。しかしオリイジネズミが反応したのはムクゲネズミの行いではなく、ヤチネズミが塔の外で薬合わせをしたことに対してだった。


「……いやでも、割りとみんなやってるんすよね?」


 そうハタネズミも言っていたし。


「君はもともとアズミ君のところでしたか」


「『ハタネズミ隊』でした」


 今はアズミトガリネズミ隊だが、あの頃はハタネズミ隊だった。


「ああ、はい」


 それまで言葉遣いだけは丁寧だったオリイジネズミが、その時だけはやけにぶっきらぼうに吐き捨てる。ヤチネズミは訝り、


「ハタさんとなんかあったんすか?」


 聞かなくてもいいことを口にした。

 全くもって聞かなくていいことだった。むしろ尋ねるべきではなかった。だがそこはヤチネズミだ。その後の展開を予想するなどといった高等技術を持ち合わせているはずもなく、その時その場で思ったことを何の考えもなく行動に移す。その幼さで大切な後輩を断罪の場に引きずり出させたことさえ忘れて。


「『何か』?」


 オリイジネズミの纏う空気が一変したのを、ヤチネズミ始め同乗していた救援部隊員の面々も同時に感じとった。オリイジネズミは表情だけでなく顔つきさえも変えて、


「何もありません! ある訳ないでしょう!!」


 ヤチネズミは目の前の男が突如見せた剥き出しの感情に唖然とし、そして「あ」と思い至る。


―深いのがいいか―


 ハタネズミが怨みを買うことなんて一つしかない。

 オリイジネズミは細面の、どちらかと言えば華奢な体つきだった。部隊長としてはかなり若い。そして背も低い。ハタネズミが好みそうな要素を多分に持っている。


「なんか……、……その、すんません」


 他に言い方もあるだろうに、むしろ何も言わなければ良かったのに、また要らぬ言葉を口にしたヤチネズミにオリイジネズミの怒りは燃え上がる。


「どういう意味ですか、それは」


「え?」


 意味って……。


「『なにかすみません』? 君が私に何か済ませられないことをしましたか」


「いや、俺は特に……」


「ならば(こうべ)を垂れる必要など無いでしょう。何もしていないなら謝らないでしょう」


「いや、でも…」


「『でも』何ですか?」


 面倒臭いことになってきた、ヤチネズミさえもそう感じた。見ると同乗するオリイジネズミ隊の面々は皆、完全に顔を背けている。運転手以外はすることもないはずなのに忙しなく動き回り、聞いていない風を装っている。


「ヤチネズミ君」


「はい」


 背筋を伸ばしたヤチネズミに、


「『何ですか』と聞いたのですが」と繰り返すオリイジネズミ。


「何でもありません」


 ごめんなさい、この言葉はこういう時に使うのだな、とヤチネズミはつくづく思った。本当に悪いことをしたと反省の意を表するためではなく、もう許してほしい、勘弁してほしいという懇願の意を伝えるためのものなのだな、と。


「『何でもありません』? 何もないのに『何か』とか『でも』とか、君はその口から何を駄々漏れさせているのですか。一体君はその年齢になるまで何を学んできたのですか。つくづく出来そこないですね、全く!」


「『出来そこない』……」


―薬だけじゃなくて存在そのものが出来損ないだね―


―生産体でも出来そこないは受容体扱いということです―


 ムクゲネズミにも同じことを言われた。そしてセスジネズミにも。ヤチネズミは顔を上げる。オリイジネズミはまだ憤慨していたがしかし、


「あの……、『出来そこない』って何ですか?」


 部隊長格がこぞって自分に投げつける、その言葉の真意が気になった。


「君の薬ですよ」


 当然のようにオリイジネズミは答える。俺の薬? とヤチネズミの眉間の皺が濃くなった時、


「君のは薬ではなくて『毒』だという意味です」


 助けに来てくれた上官がつき離すように言い放った。

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