00-87 ヤチネズミ【馬鹿】
過去編(その39)です。
オリイジネズミは完全にヤチネズミに背を向けると、再びカヤネズミを見下ろした。手間を増やしてくれましたね、とでも言わんばかりに。
「あ、あのぉ……」
ハツカネズミが思い出したように声を上げた。カヤネズミは顔を上げ、オリイジネズミも振り返る。
「多分……かな? うん、もしかしたらカヤのけがは、俺のせいじゃないかな~なんて……」
遅い! 言うならもっと早く言え。カヤネズミは間が悪すぎる使えない同輩を白眼視する。
「お前じゃないって言ってんだろ!」
ヤチネズミが怒鳴る。
「でも俺、なんか意識もうろう? と、してた……かなあ? とか。うん、してた! してたよ、きっと。だからさ…」
「もういい、喋んなハツ! 黙ってろ!」
お前が黙ってろ、カヤネズミはヤチネズミを殴りたくて仕方ない。
「ヤチさんも黙ってください」
ドブネズミが自戒するように長い息を吐きながらヤチネズミの暴走を止めようとしたが、
「黙ってられないって言ってんだよ!!」
理不尽に八つ当たりされてぶち切れた。ブッチー、やめて…
「出来る出来ないじゃなくてやるかやらないかでしょうがあッ!!」
妙な精神論を叫んだ巨体はその拍子に抱えていた先輩を床に落とした。上手く手を付けなかったカヤネズミは肘から落ちて悶絶する。
「カヤさん!」
ジネズミたちが駆け寄ってきたが、カヤネズミは首を横に振る。俺じゃなくてドブネズミを止めてくれ、と訴える。しかし付き合いの短い後輩には届かない。
「え? どこ痛いんすか? 大丈夫ですか?」
違う!!
うろたえる子ネズミたちの向こうでヤチネズミとドブネズミが怒鳴り合っている。カワネズミたちには止められなくて、救援部隊の面々は白けて身を引いている。
「ヤチ! ブッチー!」
ハツカネズミが言いながら、当たり前のように拘束を引き千切ってヤチネズミたちに駆け寄った。驚いたのはムクゲネズミ隊の面々だ。お前、あれを解けるのかよ……、カヤネズミも絶句する。
オリイジネズミがため息をついて首を振った。「まったく」という呟きは明らかにこの場に対しての憤りだ。
「ムクゲネズミさんの墓はどれですか?」
口を開けて立ち尽くしていたヤマネが尋ねられて、一番右端だと答えていた。タネジネズミたちに支えられて立ち上がったカヤネズミの制止は間に合わなくて、
「掘り返してください」
自らの部隊員に命令を出してからオリイジネズミはカヤネズミを見下ろした。
「これで満足ですか」
カヤネズミは何も言えない。
「おい! 何してんだよ!!」
ドブネズミと取っ組み合いをしていたヤチネズミが廃屋の外に向かって駆け出したが、オリイジネズミの部隊員に羽交い絞めにされる。それをハツカネズミが腕力で解かせて、別の救援部隊員がハツカネズミを怒鳴りつける。すでに救援要請を出した側と救助に来た側ではなく、ムクゲネズミ隊対オリイジネズミ隊の様相を呈した廃屋の中は、カヤネズミの頭の中と同じくらい混沌と化していた。
「暴力はよしなさい」
本来であれば生前のムクゲネズミに向けられるべき言葉を残してオリイジネズミは廃屋を出る。カヤネズミは喉の奥で叫んで引きとめようと努力した。だがオリイジネズミはカヤネズミなど見向きもしない。すでに自らの部隊員たちが待つ地面の上だ。オリイジネズミ隊の部隊員を突き飛ばしてヤチネズミが走る。ハツカネズミもヤマネもドブネズミも、タネジネズミたちに支えられながらカヤネズミも。
「部隊長、これは……」
掘り出されたムクゲネズミの遺体を見下ろして、救援部隊の隊員が息を飲んだ。オリイジネズミは心底嫌そうに息を吐く。
「これは流石にネコの仕業とは報告できません」
その言葉を聞いて、ヤチネズミはようやく自分の仕出かしたことに気付いたようだ。動揺を全面に出して視線を右往左往させている。もう何も言うことが無くなってカヤネズミは項垂れた。最後の仕事がこれって、と自分にがっかりする。がっかりしていても仕方がないから息を吸って顔を上げ、ジネズミたちの手を振りほどいて前に出た。
「おぇです」
「カヤ?」
ヤチネズミの動揺にカヤネズミは本気で心底腹が立った。うざい、消えろ、バカチビクソカスボケゴミどチビの風船頭が。お前は一生そうやって先走って後悔しながら勝手にとっとと昇天しろ、この××××野郎。言葉が自由だったら三日は寝込んで立ち直れないくらいに罵倒してやるところだが、それが出来ない今のカヤネズミには底辺の馬鹿を一瞥するのが精一杯だ。
「君がムクゲネズミさんを?」
言葉を濁したオリイジネズミに、項垂れるようにして答える。
嘘は言っていない。本来ならばそうなるはずだったし結果的にムクゲネズミは死んだのだから。それにどうせ……、
「俺です」
カヤネズミは振り返った。首を横に振る。駄目だ、と訴える。けれどもセスジネズミは相変わらずの無表情でカヤネズミを横目でちらりと見たきりだった。そして、
「俺がムクゲさんを殺しました」
「副部隊長はああ言っていますが?」
オリイジネズミの質問にムクゲネズミ隊は誰も答えられない。オリイジネズミはセスジネズミを見遣り、目を細めて確認した。
「副部隊長が部隊長を撃ったのですか?」
言うな、セージ。
「はい、俺が撃ちました。ムクゲさんの部隊員たちに対する折檻があまりに度を越していたのでこれ以上は見ていられませんでした」
「セージさん……」
ジネズミが呼ぶ。
「セージ? え? え、そうなの!?」
とハツカネズミ。ヤチネズミは答えあぐねて下を向く。完全に肯定しているようにしか見えないその態度に、オリイジネズミも納得する。ハツの奴、本当に記憶を失くしてるのか? と頭のどこかで驚きながらもカヤネズミはセスジネズミに歩み寄った。
「へえじ…」
「俺が撃ちました。事実です」
それはそうなのだが。
「わかりました」
オリイジネズミは頷くと部隊員に指示を出した。ムクゲネズミの遺体は回収され、セスジネズミが拘束される。
「へーじ!」
「『へーじ』って誰ですか」
カヤネズミの呼びかけに無表情のまま軽口で返したセスジネズミが振り返った。そして、
「仕事ですから」
微かに持ちあがったその口元に、誰もが目を疑った。
カヤネズミも連行……、搬送される。しかし落ちないようにという名目上の拘束はどう見ても連行だ。
ヤチネズミも拘束される。うるさいからという理由で。
オオアシトガリネズミが最優先で搬送され、他の子ネズミたちもやはり別々に運ばれ、そしてハツカネズミは収監されて運搬された。暴れると厄介だからという理由で。
「ハツを出せ! 獣扱いしてんじゃねえよ!!」
ヤチネズミが喚き散らながら砂の上を遠ざかって行く。カヤネズミは抵抗も反論もできずにただただ仲間たちを見送ることしか出来ない。
「すぇーじぃ…」
辛うじて呼んだ後輩は、手枷を付けられたまま前だけを見つめて去って行った。
「ええじ……」
お前、自分さえも無駄と判断したのか?