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00-86 カヤネズミ【歯噛み】

過去編(その38)です。

「どういう状況ですかと聞いているのですが」


「それはあの、え、…っとぉ……」


「言い方を変えます。何故君は拘束されているのですか?」


「な……んででしょう、ねえ?」


「私が聞いているのです」


「そうでした」


 肩を竦めて笑ったハツカネズミに、


「笑うところではありません」


 オリイジネズミの鋭い視線が刺さる。ハツカネズミは片頬を引き攣らせたまま押し黙るしかない。


「ハツ!」


 ヤチネズミが叫びながら駆けこんできた。その後に子ネズミたちが続く。


「お前、何した。何喋った」


 怒鳴りつけるようにヤチネズミが迫ってきてハツカネズミはさらに肩を竦め、


「ごめん、ヤチ……」


 言いながらヤチネズミが怒っていることに安堵する。泣いていないことが嬉しくなる。


「何笑ってんだよ」


 すかさずヤチネズミにも叱られて、ハツカネズミはさらに小さくなった。


 ハツカネズミは記憶と共に感情も壊れている、カヤネズミにそう聞かされた子ネズミたちは場違いな含み笑いのハツカネズミを見てそれが事実だと思い込む。

 ドブネズミに抱えられて最後尾についていたカヤネズミは、子ネズミたちの微かな表情の変化と視線のやり取りから、その感情の機微を読み取った。カヤネズミはハツカネズミを見遣る。ヤチネズミではないが、何を笑っているのだろうか。何故この状況でそんな愉快そうに笑いを堪えているのか。口からの出まかせだった『感情が壊れた』という症状も、もしかしたら無きにしもあらずかもしれない。ムクゲネズミの薬はやはり既に壊れていてその効能も変化していたのかもしれない、とカヤネズミは考えたりした。


「彼にこの状況の説明を求めたのですが、彼自身が状況を把握していなかったようですね」


 ヤチネズミの質問にオリイジネズミが答える。救援に来てくれた別隊の部隊長を見上げて、ヤチネズミは今気付いたとばかりに慌てて頭を下げた。


「負傷者多数とは聞いていましたが……」


 オリイジネズミはヤチネズミやその後ろの子ネズミたちを見回し、最後にカヤネズミで目を止めた。


「それはネコにやられたものですか?」


 言いながらカヤネズミに歩み寄る。ムクゲネズミ隊は威圧感を撒き散らす別部隊の部隊長に道を譲り、その後ろを救援の部隊員が続いた。


「ネコの襲撃と聞きましたが、」


 言いながらオリイジネズミはカヤネズミの顎に手を当てその顔を覗きこみ、


「奴らは刃物を使いません」


 その一言でカヤネズミははっと目を見開いた。他の連中はまだぽかんとして突っ立っている。ドブネズミも何のことかわかっていない。


「君のこの耳、途中まで裂けていますが何かで切り込みを入れらたものでしょう」


 カヤネズミはオリイジネズミの手の中から逃げるように顔を背けた。


 どうしてこうもついていないのだろう、カヤネズミは動揺を隠せない。昨日から今日にかけてずっと連続で厄日か何かか? 救援は呼んだ。来てくれたことはありがたい。だが来るのが早すぎる。時期が悪すぎる。そして来た奴が厄介だ。

 ムクゲネズミの死については部隊員で口裏合わせをしてある、ハツカネズミを除いて。そしてあの様子を見るとハツカネズミも下手なことは言っていないとは思う。だが上手いことももちろん言うはずがない、何せハツカネズミだ。大方、何と言えばいいのかわからなくてお茶を濁していたのだろう。今もまだ苦笑したまま辺りをちらちらと窺っている。しかし杓子定規で有名なオリイジネズミには逆効果だったようだ。


「……彼ですね」


 オリイジネズミは汚いものでも見る目でハツカネズミを一瞥し、それからカヤネズミを見つめた。


「あそこの彼が暴れて仲間を負傷させて、これ以上被害を広めないために拘束した、ということでいい(・・)です(・・)()?」


 カヤネズミはオリイジネズミをまじまじと見上げる。切れ長の冷めた目が肯定以外は受け付けないと凄んでくる。カヤネズミは理解した。そうか、こいつもか。こいつはムクゲネズミの所業を全て知っている、知りながら敢えて俺に尋ねているのか、と。


 被害者自身が糾弾しなければ罪は露見しない。表立たない罪はあったことにならない。被害者さえいなければ加害者も存在せず、周囲は万事丸く収まるのだ。

 この男はおそらく本当に急いで救援に来てくれたのだろう。それは事実だと思う。だが救助すべき対象がこのムクゲネズミ隊だったとは知らなかった。そして面倒臭くなった。なぜならこの男はムクゲネズミが子ネズミたちで何をしていたか知っていたから。だからきっとムクゲネズミの不在の理由にも気付いている。俺たちの負傷の原因も察している。ただ面倒臭いのだ。(ムク)隊長(ゲネズミ)がいなくなっていて死傷した部隊員たちだけが残っている、こんな面倒臭い状況の後始末をしたがる物好きで善良な奴などいるわけがない。だから全てをネコのせいにしようとしている。しかしネコの奇襲では説明がつかない負傷者がいた、明らかに悪意と凶器を持った者にしか出来ない虐待の痕跡を見つけてしまった。それをハツカネズミのせいにしようとしている。全てに蓋をして無かったことにしようとしている。


 理解した途端に悔しさが腹の底から込み上げてきた。こういう連中にこそ脳天に弾丸をぶちこんでやりたい、失敗したくせにカヤネズミはそんなことを夢見る。

 自分を抱きかかえてくれている傍らの後輩の身体が強張った。見ると歯を食いしばっている。ドブネズミも気付いたのだろう。そうだよな、悔しいよな。体が密接しているせいか痛いほど伝わってくる後輩の無念さをカヤネズミは汲み取った。


 だが全てを白日の下にさらす行為もまた、無意味だということをカヤネズミは理解してしまう。もうムクゲネズミはいない、諸悪の根源は断たれた、『かわいがり』はなくなった。それに全てを語るということはセスジネズミの罪も告白するということだ。それは駄目だ。絶対に駄目だ。カヤネズミはオリイジネズミに隠れて見えないハツカネズミの方を見遣る。そしてドブネズミの背中を擦った。この場合は仕方ないだろう? ドブネズミが見下ろしてくる。小さく頷いて見せる。ハツカネズミにも後でちゃんと詫びなければ。一度瞼を閉じ、息苦しい気道で引きつけじみた深呼吸をしてカヤネズミは顔を上げた。


「これぁ…」


「ハツじゃない」


 オリイジネズミが振り返る。カヤネズミは首を伸ばす。ヤチネズミが怒り狂った目をオリイジネズミに向けて、


「ムクゲだ」


 最大限の怒気を込めて低い声で凄んだ。


 ばか。

 ばかばかばかばか、馬鹿ヤチのバカッ!! カヤネズミは呆れを通り越して憤慨する。正直が常に正しいとでも勘違いしているのだろうか。本気であの馬鹿は何もわかっていない。


「君たちの部隊長が?」


 眉間に皺まで刻んだオリイジネズミが横目でヤチネズミを見遣る。


「そうだよ」


 子ネズミたちと救援の部隊員たちが作った空間を、半裸の馬鹿はオリイジネズミに向かってどすどすと近づいてきた。カヤネズミは必死に訴える。もういい、お前は下がれ、何も言うな、こっち来んな、こっち見ろって、気付けって! しかしカヤネズミの祈りは空しく、ヤチネズミはオリイジネズミを睨みつけたまま真正面から対峙した。


「そいつの怪我は全部ここの部隊長のムクゲネズミにやられたもんだ」


 オリイジネズミは唇を閉じて顎に皺を刻む。


「あいつは子ネズミたちを躾だ指導だって言っていっつも殴る、蹴る、切り刻むしてたんだよ。注意すればした奴が次の的にされて、従わなければ半殺し、そんなことが毎日毎日繰り返されてたんだよってあんたも知ってたんだろ?!」


 およそ上官に対する口調とは思えない言葉遣いでヤチネズミはまくしたてた。「知ってた……?」とヤマネが動揺を口にする。


「そうだよ、こいつらみんな知ってたんだよ。知ってて知らなかったふりしてハツになすりつけるつもりだ。そうだろ? 部隊長格の汚名なんて後処理も面倒臭そうだしなぁ?」


 完全に喧嘩腰のヤチネズミは、助けに来てくれた上官に最大限の敵意を向けた。そしてヤマネやジネズミ、カワネズミたちもそれに似た眼差しをオリイジネズミに向ける。


 お前らもういい、もう下がれ、カヤネズミは言いたくて堪らない。って言うかヤマネとそこら辺! 言われるまで気付かなかったのかよこの流れで。お前らヤチ並みの馬鹿なのか??


「君は……」


 オリイジネズミに見据えられてヤチネズミがふてぶてしく名乗る。


「君があの(・・)


 何かに納得した素振りでヤチネズミを見下ろしたオリイジネズミは、不快そうに顔を顰めた。カヤネズミは訝る。どういう意味だ? 今の。あのバカヤチってそんなに有名なのか?

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