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00-72 ヤチネズミ【望み】

過去編(その24)です。

 まともじゃなくとも戦力は戦力だ。ハツカネズミやシチロウネズミのような戦い方は出来なくても逃げるのだけは得意なんだよ。


―頼りにしてますよ、ヤチさん―


 ヤチネズミは上体を倒す。目を開けていることすら苦痛な眩しさに向かって自動二輪を加速する。


「ヒミズぁッ!!」


 子ネズミたちを抱きかかえるようにして蹲っていた後輩が顔をあげた。


(おっせ)ぇよ!!」


 悪い。


 口に出す時間もなく思っただけだった。ヤチネズミが停車させる位置に合わせてヒミズは子ネズミたちを抱えて走って来る。ヒミズに抱えられた子ネズミたちは血みどろという言葉には納まりきらないほどに全身が真っ赤で、殴打のされ過ぎで顔は原形をとどめていなかった。


「生きてんのかこいつら」


 思わず本音がこぼれる。


「ざけんなお前!」


 当然叱られる。


「来るのは遅いし二輪だし、本ッ気で気ぃ利かねえよな!」


「ごちゃごちゃ言ってないでそいつら乗せろ」


「二輪の後部()座席()にどうやって乗せんだよ!」


「なんか縛るもんとか無いのかよ」


「縛るものぉ?」


 言いながら周囲を見回すヒミズの側頭部を女の振り投げた鈍器が命中した。ヤチネズミは喉の奥で息が詰まるが、ヒミズ自身は気にも留めない。気付いていない。


「ヒミズ…」


「これでいいわもう!」


 側頭部をへこませながらもヒミズは上着を脱ぎだした。子ネズミたちを無理矢理自動二輪の後部座席に座らせて、というよりは詰めて積んでその身体を上着でもってヤチネズミに縛り付けようとする。


「長さ足りね! ヤッさん中年太りじゃね? 腹、出過ぎなんだよ」


「標準体形だよ! まだ壮年にもなってないわ! お前の腕が短いだけだろが!」


「うっせえな、おっさんほんとに。はい、ほらこれ持って!」


 ヒミズは子ネズミたちを固定した袖口をヤチネズミに握らせた。ヤチネズミは両手でそれを掴む。


「ばかだなじじい、片手で持てよ。運転できないじゃん!」


 脇腹までしか届いていない左右の袖口を片手で持てだと?


「シチロウ君頑張ってっから俺、行っからね。お前はそいつら運べよ。いいか、絶対落とすなよ」


 言われて見遣るとシチロウネズミはネコたちの中で蹲っていた。袋叩きどころではない、餅つき大会状態だ。

 身を乗り出しかけたヤチネズミの両肩をヒミズが睨みを利かせて押さえつける。


「子どもが先だろ」


 それまでの緊張感を欠いた余裕はどこにも無く、調子の良さを捨て去った調子こきの真面目な顔が真剣に凄んだ。


「絶対死なすなよ。シチロウ君は俺が絶対連れて帰るから」


 後輩の気迫にヤチネズミは無言で頷き返す。ヒミズはそれを見るとまた、いつものちゃらけたにやけ顔に戻って、


「頼むよ、ヤチさん」


 両手でヤチネズミの両肩を二度ほど叩き、最後は突き放すようにして反動のままシチロウネズミのもとに駆けていった。ヤチネズミは顎を引き、ヒミズの上着の袖口をぐっと腹前に手繰り寄せる。背後で潰れた声が聞こえたが、しばしの間我慢してもらうしかない。


 辺りは完全に明るい。朝どころじゃない、もう昼間だろう。日光が刺さる半面が痛い。こんな時間帯に地面を自動二輪で走ることになろうとは思ってもみなかった。だが負傷者を担いだまま砂の中を走ることも出来ない。そもそもこの隊の連中は誰も潜ろうとしないな、などと的外れなことを考えていた自分に気づいて慌てて頭を横に振る。切羽詰まった時こそ全く関係の無いどうでもいい思考が湧いてくるのは何故なのだろうか。


 ようやく見つけた瓦礫のそばに自動二輪を停車させた。他の連中はどこにいったのか、だが探している時間も惜しい。ヤチネズミは子ネズミたちを落とさないように注意深く身を返し、砂の上を引き摺って日陰の中に避難する。


 酷い有様だった。車輪で轢き潰した地下の連中の死体並みの壊れっぷりだ。そこにこの日光。打撲でぼこぼこの皮膚の上には水ぶくれが出来ていて、集合体恐怖症の奴が対面したならば悪寒が止まらなかっただろう。だがまだどちらも生きている。しかし放っておけば死は目に見えている。


 どうする。同時に両方救うにはどこから手を付ければいい。手持ちの水も少ない。応急処置だけで夜まで持つか? とりあえず気道は確保したが、中か外か、どこからやってやればいい? 


「……おい、聞こえるか」


 名前もうろ覚えの子ネズミたちに声をかけた。背の高い方は荒い呼吸のまま答えず、小柄なほうは何かを言いたいのか唇を震わせる。


「お前ら、飲めるか?」


 どちらも何も答えない。ヤチネズミは息を吐いた後で唾を飲み込み、袖を捲り腰帯から短刀を引き抜いた。無傷の自分の腕の腹を見下ろす。


 正直怖い。何せ試したことが無い。ハタネズミが自信を持って言っていたからにはおそらく間違いないのだが、一か八かとも言っていた。もし仮に万が一、上手くいかなかったらこの子ネズミたちはどうなるのだろうか。どうもこうもない、どうにもならないだろう。だがここで黙って見ていてもどうにかなるものでもない。ハタさん、訳もなく元部隊長の名を呼ぶ。ヤチなら出来る、言ってくれた尊敬すべき上官の言葉に賭けてみる。


「……俺の薬、あんまり評判よくないんだけど、運が良ければ助けられるはずだから」


 聞こえているのかも定かではない子ネズミたちに言い聞かす。


「悪いな。承諾も無しに」


 心底申し訳なく思う。だが事態は一刻を争う。

 ヤチネズミは短刀で自らの腕の腹を切り裂いた。ちくりと刺さるような痛みの後で、ずきずきと拍動に沿った痛みが押し寄せてくる。それに伴って切り口から血が滴る。


「頼む」


 トガちゃん。


「効けよ」


 子ネズミの頭を起こしてその口に、自分の薬を流し入れた。

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