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00-68 ヤチネズミ【胸騒ぎ】

過去編(その20)です。

 ハツカネズミの指示に従ってヤチネズミたちは向かって右手に待機した。ハツカネズミが最初に跳び出し、散り散りになったところをワタセジネズミとヒミズが狙う。ヤチネズミたちはさらにその後ろに続き、ヒミズたちの援護と掃除と女の捕獲を担う。ありきたりだが確実な方法だろう。それにしても、


―七くらい余裕だって―


 自分たちに課した目標数の、およそ二倍もの数を余裕と言い切ったハツカネズミにヤチネズミは絶句した。あの戦い方を見ていれば事実なのだろうとも思う。だが。

 以前シチロウネズミが吐露した本音を、ヤチネズミは唾と共に飲み込んだ。


「まだ吐いてんの?」


 助手席のヒミズが軽口を叩く。さすがに子ネズミたちを焚きつけた自分が安全地帯にいたのでは示しがつかないだろうと、ヒミズを運ぶ四輪駆動車の運転をヤチネズミは買って出ていた。


「全部出し切ったよ」


 ヤチネズミは悪態を返してから前を見る。今は掃除だ、集中せねば。


「ヤッさんが緊張してる」


 にやけた後輩に小バカにされてヤチネズミは「ぁあ?」と凄んだ。ほとんど条件反射だった。しかしいつかの業務前の風景を思い出して、浮かしかけた尻を下ろす。

 すぐに熱くなるな、と叱ってくれたのはアズミトガリネズミだった。その後すぐに、怒っているヤチもいい、と迫って来たのはハタネズミで、自動二輪で逃げ回りながら悪癖は身を滅ぼすと自分に言い聞かせたものだ。


「カヤさんが言ってたんだけどさ、この作戦の言いだしっぺってヤッさんなんだろ?」


 ヒミズが言った。やたら話しかけてくる後輩を斜め下から見つめて、ヤチネズミは「作戦?」と聞く。ヒミズは呆れた視線を寄こすと、「ムクゲを出し抜くやつだよ」とため息を吐いた。


「だったらなんだよ」


 もっと上手く指揮を取れとか、考えがなさすぎるとか、そんなことを言われるのだろうと思った。ところが、


「ありがとな」


 予想外に同室の後輩がそんなことを言ったものだからヤチネズミは目を見張る。


「……協力が大事って、ほんとそうだよ。そんな当たり前のことみんなすっかり忘れてた。忘れてた? ……や、忘れてないけど出来てなかったからだからさ、」


 そこまで言うとヒミズはすっかり顔を背けた。ヤチネズミからは後輩の後頭部しか見えない。


「きっかけ作ってくれてっていうか思い出させ……、やる気にさせてくれたこと? にはちゃんと礼、言っておいたほうがいいかな~なんて」


 後頭部しか見えないが、鼻頭を指先で掻いている仕草は見える。


「あとはその……、あれだよだから…」


「どれだよ」


 回りくどい後輩を急かす。ヒミズは鼻頭を掻くのをやめて後頭部をがりがりと掻き毟ると、


「だから! その……、いろいろごめんね!」


 まるで喧嘩の後に、泣きながらおもちゃを返す幼児のような言い方だった。嬉しさと照れ臭さと、ヒミズの幼いバカっぽさに笑いが込み上げてくる。だがここで笑ってしまってはこの後輩の小っ恥ずかしさを増大させてしまうと思い、平静を装った。


「俺こそ悪かったな。お前らの事情も知らないで」


 途端にヒミズが振り返る。


「……なんだよ」


「きもっ」


「ああ?」


「何、真面目に格好つけてるの。え? やだ、きもいって」


 気を利かせた真面目さが裏目に出た。この不遜で憎たらしいくそ餓鬼は予想と反対の反応を示し、寒そうに肩を竦めて二の腕を擦ったりしている。ヤチネズミは顔を真っ赤にして結局尻を浮かせた。


「うっせえな、わざとだよ! んなこともわかんねえのかよ、くそ餓鬼! くそヒミズ!」


「『くそくそ』言うなよ、臭ってくるわ」


 ヒミズが鼻の穴を塞いで上体を逸らす。ヤチネズミはさらに頭に血が上るが、


「わかってっから礼、言ってんじゃん。そっちこそわかれよ、くそじじい」


「何をだよ!」


 ヤチネズミは何もわらずそのまま尋ねる。ヒミズは呆れかえって軽蔑さえしていると言わんばかりの視線でヤチネズミを頭の先から爪先までねめまわすと、「だいじょうぶかなあ、このおっさんで」とぼやいた。


「何つった今、ああ!?」


「何も言ってねえよ」


「言っただろ! 聞こえてんだよ!」


「うっさいなあ、もう~」


「おい、ヒミズ!」


「はいはい、」


 返事をさらに二回繰り返し、ヒミズはヤチネズミから視線を逸らした。


「カヤさんにあんだけ言わせたんだ。もうみんな認めてますって」


「ああ!?」


 怒鳴ってばかりの真っ赤な顔の先輩を、横目で見てヒミズが小さく鼻で笑う。その態度がヤチネズミをさらに熱くしたが、


「頼りにしてますよ、ヤチさん」


 ぼそりと聞こえた確かな敬語に、ヤチネズミは口を噤んだ。


 ヤチネズミがどう反応すべきか逡巡しているうちにヒミズは彼方を見遣り、双眼鏡を手にする。


「十時の方向にでかい集団……、女がいっぱい!」


 語尾の方は浮かれていた。ヤチネズミも言われた方に目を凝らす。確かに影がうようよしている。


「あれが全部、女?」


 多すぎやしないか?


「女装じゃなければ本物っすよ。ってやばい! まじであれ全部かぁ~」


 ヒミズは声だけでなく全身ではしゃいでいる。その興奮のままハツカネズミやヤマネたちに合図を送る。


「なあヒミズ、なんかおかしくね?」


 ヤチネズミは後輩に意見を求めた。


「こんな時間にあんな集団で駅から出てくるか? もう寝る時間だろ。寝なくてもそろそろ日陰(かげ)探す時間だろ」


 自分たちだってあんな不測の事態が起こらなければ、本来ならばとうの昔に掃除など終わらせている頃合いなのに。


「なあおかしいって。おい、ヒミズ…」


「この状況で興奮しないヤッさんの方がおかしいんじゃん。玉、ついてんの? ほら行くよ! 早く出して」


 盛りのついた後輩はまるで聞く耳を持たない。見るとハツカネズミとワタセジネズミたちも既に飛び出している。ヤチネズミは言い表せない嫌な予感を抱いたまま、原動機を起動し発車させた。


「脇から近付いてね。俺、掃除より女行くわ」


「いや、駄目だろ。俺らは先行じゃん」


「いいって。ハツさんが大体やってくれるんだから」


 協力が大事とかぬかした口が。依存体質はそうそう簡単には改善しないらしい。


「おいヒミズ、お前、自分のやるべきことを…」


 ヤチネズミは四輪駆動車を急停止させた。興奮して身を乗り出していたヒミズは胸部を強打し首が後ろに振れる。


「ちょお、ヤッさん! 何すんだよ…」


 痛がるそぶりも見せずに文句を垂れるヒミズの頭を台にして、ヤチネズミは運転席上で立ち上がった。首巻きに手をかけ口元をさらし声の限りに叫ぶ。


「ネコだ! 戻れぇ!!」


 助手席の中で体勢を崩したヒミズが、先輩の怒鳴り声に目を見張った。

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