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00-67 ハツカネズミ【歓喜】

過去編(その19)です。

 気のせいかと思っていた呼びかけが本物だと気付いてハツカネズミは振り返った。すぐそばまで来ていた同室たちに驚いて悲鳴をあげる。その拍子に四輪駆動車の後輪は不穏に揺れて、車体は見事に砂の上に横倒れになった。


「ハツ!!」


 ヤチネズミが自動二輪の後輪で半円を描いて停まり、車体を固定する手間も惜しんでハツカネズミに駆け寄る。


「ヤチ!? シチロウもどうして…」


「ほんっとに下手くそだな、お前。横転以外でまともに停車できないのかよ」


「あ……、ごめ…」


「ちょちょ! これでもだいぶ上手くなったほうなんだって」


「嘘だろ? って、え! まじで!? ハツそれやばくね?」


「あ、えっと…」


「それよりヤチだって。運転、速くね?」


「まぁ、前の隊での副産物というか…」


「あ、あのさ!」


 ハツカネズミは同室たちの世間話を遮る。シチロウネズミとヤチネズミは揃って片方ずつの眉毛を上げて振り返った。


「なに?」


 真顔でヤチネズミが言った。『なに』? 何って…


「なに?? え? な、なにがなに?」


 混乱する自分に向かってシチロウネズミが吹き出した。腹を抱えて笑っている。シチロウが笑ってる!?


「シチロウ……」


「いいか、ハツ。これは作戦だ」


 突然ヤチネズミの顔が眼前に迫っていてハツカネズミは驚いた。自分の両肩を握りしめて向き直らされていたらしい。そういえば肩に重みを感じる。


「『作戦』?」


 ハツカネズミは首を傾げる。掃除の手順はいつも同じだ。名ばかりの作戦会議だって毎回同じ戦法で、ということで終わるというのに。


「え? ちょっとわかんない」


「多分お前の考えてる方じゃない。ムクゲに対してのだ」


 ヤチネズミは真剣な顔のまま、首を横に振ってみせた。ムクゲに対して? 尚更わからなくなったハツカネズミは、そこではっとしてヤチネズミの両腕を握りしめた。


「なんでヤチたちがこっち来ちっちの?」


 誰かが怪我しないとムクゲネズミは満足しない。誰かが痛がるのをハツカネズミは見たくない。だから自分が怪我をするために単独掃除に挑んでいるのに、他の誰かがこちらに来てしまっては意味がなくなってしまう。規則違反だと言って『かわいがり』が始まってしまう。


「ちょ、『きちっち』って何? 噛み過ぎだって」


 傍らではシチロウネズミがまた笑っている。笑っている。


「だってシチロウ……、……え? でも『かわいがり』…」


「それはもういい、やめだ」


 ヤチネズミに遮られた。『やめだ』?


「なんで? やめだってだってヤチじゃなくてあいつの…」


「させないから」


 また遮られた。


「させない。もうない。今カヤが論破してる。そもそもおかしいんだよ。何? 『規則』って。意味ないだろ理不尽だって。はたから見たらバカみたいだぞ、お前ら。長くいすぎてあのとち狂った部隊長に言いくるめられすぎじゃね?」


 ヤチネズミはどうやら『かわいがり』がなくなると言いたいようだ。散々願ってきたことなのに、唐突過ぎてハツカネズミは受け入れられない。


「でも…」


「ハツ、」


 今度はシチロウネズミ。笑顔は消えていたが、久しぶりに正面から目を見られた気がした。


「一緒にやろう」


「……え?」


「掃除。一緒にやろうっていうかやるし」


「シチロウ、でも…」


「ハツさん!!」


 見ると今度はヒミズだった。ヤマネもワタセもアズマもみんな。


「お前ら…」


「すみませんでしたぁ!!」


 いの一番に掛けよってくるなり滑り込みながら土下座を決めたヤマネが叫んだ。


「おれ、おれらハツさんにばっかり、おれ…!」


 それ以上は言葉が続かなかったのか、ヤマネは唸り声と共に蹲る。ハツカネズミは同室の後輩が言わんとしていることもかけてやる言葉もわからない。でも自分に向けられた精一杯の誠意はその背中から伝わってきた。熱いとか痛いとか、もうずいぶん前にわからなくなった感覚はこんな感じだったかもしれないと思い出した気がした。


「みんな……」


 言いながら子ネズミたちを見回す。それ以上言葉が続かなくて同輩を見上げる。シチロウネズミは照れ臭そうに俯き、ヤチネズミはそっぽを向いて鼻を啜りあげた。


「また泣いてるし」


 すかさずヒミズが半笑いで先輩を揶揄する。


「泣いてねえし!」


 ヤチネズミがむきになって後輩を怒鳴りつけたが、その子どもじみた言い方が年下たちをさらに盛り上げた。


「うっせえぞ! さっきまで下向いてたくそ餓鬼どもが!」


「超怒ってるし」


「出たよ、『鬼のヤッさん』」


 子ネズミたちの口から懐かしいあだ名を聞く。ヤチネズミが後輩たちと一緒にいると何故かいつも自然発生的に鬼ごっこが始まり、そして何故か常にヤチネズミが鬼だった。そこからついたのが『鬼のヤッさん』だ。


「ちょちょ! 今は逃げてる時間じゃないんじゃね?」


 おどけた様子のシチロウネズミが子ネズミたちを窘める。


「ヤチだけじゃなくて全員が『鬼』にならないとって話だろ?」


「シチロウ君のいい方ってえぐいっすよね」


 スナネズミがくっくっと喉の奥を鳴らして言った。


「お前ら、なんでシチロウにも敬語なの?」


 ヤチネズミがまた不服そうに子ネズミたちに突っかかったが、誰にも相手にされなくてさらに怒鳴る。身長だけでなく雰囲気とか貫禄とかそういうものも小物感丸出しの同輩に、ハツカネズミは思わず吹き出してしまった。仮にも掃除前なのにあまりに空気が温か過ぎて、まるで地階にいるみたいな錯覚を覚える。目元を片手で隠しながら何度も頷く。


「わかった。やろう、みんなで」


「だからそう言ってんじゃん」と不機嫌そうにヤチネズミ。


「ヤチぃ、そこはこうじゃね?」とシチロウネズミがヤチネズミにふざけて抱きついた。


「やめろって、おい! 重いんだよ!」


「照れ隠しぃ~」


 長い間ご無沙汰になっていた、見慣れたやり取りにハツカネズミは声をあげて笑った。


 ヤチネズミとシチロウネズミは揃ってハツカネズミ見下ろし、そして目配せした。シチロウネズミを押し退けたヤチネズミが腰に手を当て、「で、」と仕切り直す。


「どういう作戦でいく?」


「「「え?」」」


 ハツカネズミやシチロウネズミを始め、子ネズミたちも全員がきょとんとして丸い目を向けた。ヤチネズミが皆を見回して怪訝そうに、


「だから作戦だよ、掃除の。朝も来るしちゃちゃっと済ませて早いとこカヤのとこ戻んだろ?」


 当然だろう、と言わんばかりだ。ハツカネズミは、なるほど、と納得するが具体策など思いつくはずがない。行き当たりばったりで単独行動しかしてこなかったハツカネズミにそんなものを考える余裕などなかった。そしてそれはシチロウネズミや子ネズミたちも同じだ。ハツカネズミの無事を祈って見ていることしか出来なかった彼らには、薬と知識はあっても経験が極端に少ない。


 ヤチネズミは呆けた様子の隊員たちの様子に気づいて目元に手を当て息を吐く。


「最悪だな、あの部隊長……」


 そう呟くと顔をあげ、子ネズミたちを見回した。


「まず戦力を分散させる。誰がどんな薬なのかお前から順番に説明していけ」


「時間ないんじゃなかったの?」


 偶々そばにいたミズラモグラを指差してヤチネズミが命じたが、ヤマネが相変わらずのため口で揚げ足を取る。ヤチネズミはぐっと肩を竦めた。


「……じゃあ、とりあえずハタさんの薬入ってる奴は先行隊で、それ以外の奴らは前の奴らの援護と女の捕獲…」


「二輪と四輪の組み分けは?」


「ハタネズミさんの薬が入ってても怪我したら?」


「先行の奴は小銃持つの? 轢くだけ?」


 矢継ぎ早に質問が飛ぶ。


「小銃は全員持てばいいだろ…」


 子ネズミたちからの質問にヤチネズミは一つひとつ返答しようと試みたようだが、


「運転してたら小銃なんて使えないじゃん!」


「四輪は女用に空けておいた方がいいんじゃね?」


「俺、先行? 援護?」


「だから組み分けは?」


 別の部隊で前線を見てきたとはいえ、ヤチネズミも部隊の指揮を執ったことなど無いのだろう。後輩たちから敬語を使ってもらえない同輩は方々から責めたてられて、実際の小柄さよりも小さくなっている。


「三つに分かれよう」


 言いながらハツカネズミは立ち上がった。


「ハタネズミさんの薬ある奴が先行するのがいいんでしょ? でもハタネズミさんのだけじゃなくてトガちゃんの薬もあったほうがじゃん? なら俺とヒミズとワタセでやるよ。それでいい?」


 ハツカネズミはヒミズとワタセジネズミに同意を求める。当然のごとく同室の後輩たちは背筋を伸ばして了解した。


「それと戦力分散だっけ? そしたらワタセの援護はアズマがいいかな。タネジ達は後ろから四輪で行きな。ヤマネたちは……」


 何となくだが相性と薬の効能とそれぞれの得意分野が偏らないように面子を分けてみた。自分は援護はいらないから最年少のワタセジネズミの援護を手厚くする。ヤチネズミと組める子ネズミが限られてしまったが、シチロウネズミを間に挟めば皆、それなりに従ってくれるだろう。案の定、ハツカネズミの指示には素直に従う子ネズミたちにヤチネズミは不機嫌さを募らせていたが、シチロウネズミが茶化してくれるお陰で雰囲気もそれほど悪くない。何よりヒミズが嫌がらずにヤチネズミを受け入れてくれたことが予想外で助かった。


「一応、目標は立てときますか?」


 アズマモグラが言う。


「十五、いっときません?」とドブネズミ。「そしたらあいつも何も言えないでしょう」


「いいね。そうしよう」


 ハツカネズミは頷いた。


「じゃあお前らは四ずつお願いね。いけるかな?」


「おいハツ、十五割る三だぞ。お前、こんな計算間違えんなよ」


 呆れ口調でぼやいたヤチネズミに、ハツカネズミは満面の笑みを向ける。


「大丈夫だよ。七くらい余裕だって」


 ヤチネズミがぼやいた口を開けたまま、別の色を混ぜた顔で固まった。

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