00-66 子ネズミたち【決起】
過去編(その18)です。
「ミズラぁ、お前の仕事ってなんだっけ?」
首を傾げたムクゲネズミが子ネズミたちの間を悠然と歩く。ミズラモグラはあぶら汗で額を湿らせ、口からは不規則な息遣いしか出せていない。その怯えた様子がさらにムクゲネズミを喜ばせ、もっともっととうずうずさせる。
「ヤチ君ってえ、前の部隊でも上官の言うこと聞かないで仲間を死なせちゃってたんだって。困った子だよねえ? そんなヤチ君に武器を持たせたら危ないってわかんない?」
「す……すい、ませ…」
「シチロウもなんかあったあ? なあにぃ、さっきの。誰か知らなあい?」
誰も答えない。
「あとでたっぷりお話きかないとねえ?」
同意を求められたセスジネズミは顔を背け目を伏せる。
「ちょっとぉ、ミズラ! 返事も無いのお? ズ~ラのお口は飾りかなあ? ヅ〜ラとおんなじ飾りかなあ?」
「すみません……」
「飾りならいらないよねえ? あ! なら閉じちゃおっか…」
突然ドブネズミが巨漢を震わせて雄叫びをあげた。他の子ネズミたちはもちろん、ムクゲネズミまでがびくりとして振り返る。
「ブッチー! 落ちつけって、ブッチー!」
ドブネズミはカヤネズミの制止を振り切ってどすどすと走り出した。仲間たちも動揺を口に出す。
「お前ら止めてくれ! ブッチーが危険にやばめだ!」
カヤネズミがわたわたと事情を説明しながら四輪駆動車の運転席にいたタネジネズミを助手席に移動させる。
「カヤさん…?」
戸惑うタネジネズミの両肩を握りしめたカヤネズミは、
「タネジも手伝えって! おい、ジッちゃん!」
「はい?」
突然呼ばれてジネズミもたじろぐ。
「なに勝手に動いてるの〜?」
ムクゲネズミが訝しげにカヤネズミを窘めるが、カヤネズミは全く聞かずに、
「ヒミズ! お前の同期だろ、責任とれって」
「お、おれ?」
ぽかんとしている子ネズミたちを次々とけしかける。
「ちょっと、カヤぁ…」
「お前ら早く乗れ!」
慌てた様子を全面に出しながらもカヤネズミは手際よく子ネズミたちを自動二輪と四輪駆動車に座らせていく。子ネズミたちは訳もわからず戸惑いながらも、確実に全員が臨戦態勢に整っていく。子ネズミで未だに乗車していないのはセスジネズミだけだ。セスジネズミは傍らの部隊長を見つめ、そして無言で仲間たちを見た。
「止まれって言ってるでしょ! カヤ!」
ムクゲネズミがついに怒鳴った。全員がびくりとして瞬間、その場の空気が張り詰める。
「なに勝手してるの」
語尾を伸ばすことを忘れた部隊長が、真剣な眼差しで子ネズミたちに近寄ってくる。おもちゃが勝手に遊び始めたのだ、腹も立つだろう。子ネズミたちは完全に委縮する。特に怯えているのはその日の標的にされかけていたミズラモグラだ。カヤネズミは四輪駆動車の車輪に片足をかけた状態で、震える肩に手をおいた。見上げた涙目に満面の笑みを送ってその肩を揺する。ミズラモグラは不思議そうにカヤネズミを見つめ、しかし明らかに恐怖心を和らげた。
「動くなって言ってるの聞こえなかった? 耳ないの? いらないなら落としてあけようか」
本気で怒ったムクゲネズミは怖い。いつもの笑顔も気色悪くて不気味に怖いが、滅多に怒らない顔の憤怒はやはり破壊力がある。カヤネズミは仮面を脱ぐ。子ネズミたちを困惑させた不審な挙動もやめて、四輪駆動車の車輪から地面に降り立った。
「すみません、ムクゲさん。全部俺の責任なんですけどね。ヤチのバカに感化されたのかうちのドブネズミも元気になっちゃって」
普段なら笑顔で接してくるカヤネズミの、ふてぶてしくさえ思える真面目な態度にムクゲネズミは斜に構える。
「せっかく毎回、どんな作戦でいくか協議してから掃除するのにこれじゃ水の泡ですよね」
皮肉にも程がある。子ネズミたちは想像するまでもなく目に浮かぶ後の状況に恐怖し、震え、居竦まる。
「でも考えてみれば目的は地下掃除っすよね。つうことは目的さえ果たせれば作戦なんてあってもなくてもってことにもなりません?」
訝るジネズミの隣で、タネジネズミがカヤネズミの暗に発する指示を受け取った。
「別にハツだけに業務を押し付ける必要もないんすよ」
ヤマネがはっとして顔を上げる。
「って言ってもこれ全部、あのバカヤチの受け売りなんすけど、」
カヤネズミはそこで子ネズミたちに振り返り、
「掃除には仲間の連携が一番大事だって」
最初に自動二輪を走らせたのはヒミズだった。ヤマネがその後を追う。タネジネズミにせっつかれたジネズミも慌てて四輪駆動車を発車させ、息を切らせて走っていたドブネズミを荷台に回収した。部隊長から一定の距離をとった子ネズミたちは、我先にとヤチネズミたちとの合流を目指す。意気揚々とその先のハツカネズミを目指す。
「全部お前の仕込みね」
原動機の生み出す砂埃と轟音の中で、白目を剥かんばかりに睨みを利かせたムクゲネズミが言った。
「はい。全部俺です」
笑みさえ湛えてカヤネズミは応じる。
「部隊長の命令は絶対って習ってこなかった?」
「『かわいがる』って元の意味は知ってます?」
「隊員を死なせないことが部隊長の仕事なの。そのために必要な教育っていうのがあるの」
「だったら教育する教育でも受け直してこいよ」
言うとカヤネズミは上官に対して拳銃を向けた。ムクゲネズミは目を見張って腰帯をまさぐる。
「すんません」
カヤネズミは指先に力を込める。
「自分でも呆れるくらい俺、姑息なんです」