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00-65 カヤネズミ【覚悟】

過去編(その17)です。

 あれは調子こいたな、とカヤネズミは息を吐く。シチロウネズミを止めるとか言った癖に同じ穴に嵌まりやがって。何だよ、あの顔。バカにしか見えないって。


「何? あれ」


「さあ……」


 案の定、子ネズミたちにも馬鹿にされている。全くもって隣室の連中ときたら、アカネズミ以外は揃いも揃って三者三様の馬鹿っぷりだ。三者揃って特攻隊長だ。それぞれに別々の方向に向かって突っ走って行くものだから、隊員たちはこうして呆気に取れて取り残されるしかない。


 だがアカネズミの底知れぬ万能さに薄気味悪さを感じていたカヤネズミとしては、むしろこちらの馬鹿ばっかりの三馬鹿ネズミの方が共感するし好感を持っていた。そして完全に共闘した手前、自分も同じ馬鹿だと自覚する。馬鹿に使われるなんて不幸以外の何物でもないが、子ネズミたちには動いてもらわねばならない。悪いな、お前ら、とカヤネズミは心中後輩たちに頭を下げた。 


 ムクゲネズミが動いた。自動二輪をヤチネズミに奪われたミズラモグラが今日の標的だろう。毎度恒例の『かわいがり』。些細な失敗を見つけ出しては、『正当な躾』とか『体でしか覚えられない』とかもっともらしいことを口実にして自分の欲求を満たすのだ。

 だが今日はさせない。後で自分に倍返しで降り掛かってくるのは目に見えているが、それも踏まえての作戦だ。



 クマネズミの死を知らせに来てくれた、妙に距離感が近くて目つきのいやらしい中年が教えてくれた。自分の体に入れられた薬は短い寿命が特典だったらしい。

 怖くないと言えば嘘になる。だが半ば諦めていたのも事実だ。大して面白くもない半生だったが、余生くらいは嫌なことから遠ざかろうとカヤネズミは思った。生産体にはなれないし、こんな部隊に入れられてしまうし。


 でも子ネズミたちはかわいかった。そして不憫だった。何もしてやれない自分の不甲斐なさに嫌気が差していた時だったから、久しぶりに会ったヤチネズミの熱血に当てられた。馬鹿だな俺、と思いながらも寿命までを静かにやり過ごすことを放棄した。そして自分よりも長生きしそうという理由だけで、馬鹿が服を着て歩いているような男に懸念材料を託した。あの(ヤチ)馬鹿(ネズミ)は仲間だけは多いから、きっと馬鹿じゃない奴の耳にも届いていつか誰かが止めてくれるだろう。そう祈る。薬に苦しむのは自分とクマネズミで終いにしてくれと切に願う。


 幸いにも同じ系統の薬が入っているジネズミたちは完全な無睡ではなかったから、突然死は免れてくれるだろう。ドブネズミも頼もしくなった。むしろ戦力としてだけなら自分などよりも数倍上だ。ならばもう十分だろう? そうだ、もう十分だ。大して面白くもない半生だったがそれなりに笑えることだって無かったわけじゃない。昨日だってあんなに酒が美味かったし現に今、とても清々しい。


 もし仮に万事手筈通りに進んでいたならば、ここまで覚悟はできなかったかもしれない。もし仮にあのままスズメの駅の掃除になっていたならば、自分は被害を最小限に食い止めることに奔走するあまり、作戦は不完全燃焼に終わっていただろうとはカヤネズミも思う。

 頭の回転がそれなりに速いことは多くの利益をもたらすが、反対に失敗時の予測に尻込みしてしまうという臆病さも内在する。それさえも加味した上で不測の事態に難なく対処できるほどの明晰さには及ばず、程々の中途半端な頭脳だからこそ、賢明な選択ばかりして大博打には出られないのがカヤネズミだった。


 ヤチネズミたちにはムクゲネズミを「ぎゃふん」と言わせてやる作戦だと伝えてある。無論、作戦を練っている最中はカヤネズミ自身もそのつもりだった。だが後になって冷静に考えてみれば、上手く行くはずがないことは明らかだった。


 「ぎゃふん」と言わせられたとして、「ぎゃふん」と言ったムクゲネズミがそれで悔い改めるはずがないのだ。今までがそうだったじゃないか。どれほど自分が舌の枚数を増やしてその場を収めてみたところで、今度は別の理由をつけてさらなる陰湿な『かわいがり』を始める、それがムクゲネズミだ。理不尽な暴力を前に正論や理屈は敵わない。


 だからハツカネズミは自分を差し出したのだ、子ネズミたちを守るために。ハツカネズミでさえその事実に気づいていたというのに、あの時の自分は作戦会議が楽しくなってしまって肝腎なムクゲネズミの性格を失念していた。


 だからこの作戦は確実に失敗する。ムクゲネズミに「ぎゃふん」と言わせることが目的ならばそれは叶うかもしれないが、その後の事態は確実に悪化する。ハツカネズミを助けるどころか、今までのあいつの努力を無駄にする。カヤネズミはそこに気がついたから作戦を見送ると言ったのだ。掃除場所の変更が無かったとしても見送らざるを得ない作戦だった。


 しかしシチロウネズミの先走りを止められなかった。恐らくシチロウネズミは自分やヤチネズミ以上の覚悟をもって今夜に挑んでいた。その本気に気づけなかったのがカヤネズミの誤算だ。ヤチネズミはすぐに周りに流されるから、シチロウネズミが覚悟を決めた時点でそれに乗っかるのは必然だった。


 実行に移した時点で失敗が決まっていた作戦だ、それを練り上げた自分の責任は重い。ならばどんな手を使っても『成功』させるのが責任者としての義務だろう。そのためには作戦の目的をすげ替える必要があった。ムクゲネズミを黙らせるだけでは足りない。ムクゲネズミには未来永劫、お喋りだけでなく心肺機能も停止してもらう。それを願い出るのは自分の役割だ。特攻隊長にもその隊員にも向かないカヤネズミは、敵の背後から仕掛けることにした。


 全員が特攻隊長の同輩たちに、特攻以外の業務が務まるかが心残りではある。しかしあの三馬鹿が協力すれば、それなりのまとまりはできるのではなかろうか、という期待もある。いや、期待している、させてくれ。だから後は任せる。そして待ってろよ、みんな。カヤさん、やってやるからな。

 カヤネズミは顔をあげた。最後になるかもしれない見慣れた景色を目に焼き付けるために。


 どうせ終わる先の短い命、最期くらい派手に暴れてやる。



「ブッチー」


 従順な同室の後輩に耳打ちする。ドブネズミは面積の広い顔の中で細い目を力いっぱい見開いた。


「頼むって」


「けどそんなことしたらカヤさんが…」


「お前、俺を誰だと思ってんの?」


 自信に満ちた仮面は嘘臭い。こういう時は悪戯っぽく言った方が本物感が上がる。


「わかりましたよ」


 ドブネズミはつられたように苦笑した。使い勝手だけでなく、本気で心根のいい後輩を持ったと思う。


「さすがブッさん。話がわかって助かるって」


「やめてくださいよ」と照れてからドブネズミは真顔になり、


「でも撃たせないでくださいね、まじで」


 と、念を押した。

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